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あーんとはなんだ(ダール視点)

感想、評価等ありがとうございます。

いつもありがたく拝見しております。





「私のいたところのリヨウシツはね、髪を切ったり、髪色を染めたり、パーマをあてたりしてくれる専門の人がいるお店なの。トコヤとかも、微妙な違いはあるけど髪の毛のことを専門にしてるお店って感じかな」

「髪染めのことは分かるのですが、パーマをあてる?とは…」

「ああ、なんというのか…髪をふわふわにするの。うねらせるって言えばいいのかな?なんかもっと良い言い方があるような気もするけど」


(髪をうねらせる?何故わざわざそんなことを?もしかして変装して密偵でもするのか?)


 スミレの説明を聞きながら、ダールは内心首を傾げる。まっすぐな髪の方がさらさらで、肌触りも良く人受けしやすい。それを敢えて変えようというのが、ダールには理解できなかった。髪染めにしてもそうだ。髪染めが出来る魔道具も存在はしているが、高価だし何より髪の細胞を破壊することで染色するので、使用後は髪が酷く痛むらしい。髪色よりも髪の艶の方が重視されるので、余程のこと――罪を犯して逃げている等――でなければ使用する者は殆どいない。

 その点、スミレの黒髪は艶があり美しく、そして髪質も滑らかそうだ。恐らく髪染めはしていないのだろうし、まっすぐだからパーマをあてるということもしていないだろう。ダールの髪は藍色で色はそれ程悪くはないが、一本一本の主張が強く伸ばせばすぐぼさぼさになってしまう。幼い頃母が短髪にしたときなどは、ツンツンと反ってしまい目も当てられなかった。流石に母も悪いと思ったようで、それからはある程度の長さを保って散髪してくれたが。


「まあとにかく、私が探したかったのは髪を切ってくれる専門の人なんだよね」

「ああ、整容師のことですね」


 毛染めやパーマをあてるのはともかく、髪を切る専門の職業といえば整容師だ。とはいえ整容師は余程の貴族でなければ雇わないので、ダールは勿論整容師に依頼したことはないし会ったこともない。スミレの口振りだと、スミレのいた国ではもっと身近な職業だったのだろう。

 スミレにこの国における整容師という職業について説明し、伝手等がなければ整容師と接触するのは難しいこと、一般の家庭では家族が散髪するのが通例であることを伝える。


「それじゃあ、奴隷の人は誰が切るの?」

「奴隷商人か、奴隷同士で散髪します。奴隷商人が命じて、奴隷同士で散髪させることが多かったです」

「そうなんだ。…あれ?でも、ダールは伸ばしっぱなしだったよね」

「はい。……奴隷商人から、髪で顔を隠すようにとの命令がありましたので」


 ふうん、とダールの説明を真剣に聞いていたスミレは、不思議そうな顔で「なんで顔なんか隠そうとするんだろうねえ」と呟いた。思わず口に出た、といったようなそれに言葉を返すべきか分からず、一瞬躊躇する。けれどもスミレが疑問に抱いたのであればそれは解決すべきだと考えたダールは、覚悟を決めるようにゆっくりと息を呑む。

 自身で分かっていることとはいえ、それを改めて口に出すとなると、どうにも嫌な緊張感があるものだ。この醜さで一丁前に、と自嘲してしまう。


「私は醜いので、顔を見るのが嫌だったのでしょう」


 そう言うと、スミレは一瞬目を見開いた後、何かを長考しだした。スミレ自身はその心の綺麗さ故か醜いダールに対して明らかに態度を変えるようなことはしないけれども、一奴隷として客観的な価値がないことにがっかりしたのだろうか。もしかしたら、食べさせて身体を豊かにさせれば仕入れ値よりも高く売れると考えていたのかもしれない。多少太ったところでダールが売れるとは思えないし食事代の方が高くついてしまいそうだが、そもそもが買った理由も分からないので、そのような意図で買ったかもしれないという一つの説も否定しきれなかった。


「もしかしたら、顔が見られさえしなければ売れる可能性があると考えていたのかもしれません。……スミレ様からしてみれば、騙されたようなものですよね。ここまでとは、お思いではなかったでしょう」


 スミレがダールを買うことを決めたとき、ダールは奴隷商人の言う通り髪を伸ばし顔を隠していた。大柄で恐ろしいと怒鳴られたので出来る限り身体を縮め、邪魔にならないようにと端の方でひっそりと存在していたのだ。きっと買った後に思ったよりも大きく顔も醜いことを知ったことだろう。――こんなのは、詐欺だ。奴隷商人に命じられたとはいえ、ダールも同罪である。


「申し訳ありません、スミレ様」


 罵られることを覚悟して謝罪したというのに、嫌われるかもしれないという恐怖――本来なら好かれる筈もないのに烏滸がましいことだ――で目に涙が溜まる。こんな醜男の涙など見るに堪えない悍ましさだろうに、自分の意志では止めることが出来なかった。なんて脆弱で、情けないのか。

 それでも、そんなダールに、スミレは慈悲深かった。

 気付けば、ダールの両頬は温かいなにかに包まれていた。それがスミレの両手なのだと気付くよりも先に、スミレの美し過ぎる(かんばせ)が眼前へと迫る。ダールが驚いたがために固まるのも気に留めず、スミレはじっとダールの瞳を覗き込んだ。


「あのね、ダール。私って、すごく常識がないと思わない?」

「……はい……?」


 つい「はい」と答えてしまったものの、突然の質問の意図が微塵も分からずきょとりとしてしまう。あまりの唐突のなさにひとまず先程までのやりとりを思い返してみたが、ダールの醜悪さ(当然のこと)について改めて謝罪をしていただけで、スミレの言う「常識のなさ」には何一つ結びつかず、謎が深まるばかりであった。


「ダールもなんとなく分かってるかもしれないけど、私、すごく遠い国から来たの。だから、この国の当たり前もよく分からなくって」

「…はい」


 確かに、スミレには驚かされることが多々あった。買ったばかりのダールに何故か敬語を使っていたのもそうだし、ダールの顔面の造形や身体について非難も恐怖もしなかったのもそうだ。だから、スミレは奴隷があまり出回っておらず、人の美醜への差別が比較的少ない国から来たのではないか、と薄々勘付いてはいた。自分に都合が良すぎるので、あまり期待を持ちたくないのも相まって考えないようにしていたけれども。

 それに、宿屋を探すときの様子や、奴隷に宿の一室や食事――しかも洋菓子のような高級な嗜好品まで――を与えようとするような常識のなさもあった。風呂の準備も何故か申し訳なさそうに申し付けるし、しかも折角準備した風呂をダールに先に使わせ、あまつさえその後の湯をそのまま使おうともした。服だって、普通のものを数着も用意してくれた。どれも、この国の奴隷であればあり得ない待遇だった。


「それでね、何が言いたいかっていうと」


 ――漸く、スミレの意図を聞くことが出来る。脈絡のない話をしたのは何故なのか。もしかしたら、ダールを買った理由も知ることが出来るかもしれない。ダールはごくりと息を呑んだ。


「ダールって、本当にかっこいいの」

「……………は?」

「輪郭もシュッとしてて綺麗だし、瞳だってクールで見つめられるとドキドキしちゃうし、鼻筋だってスッと通ってて芸術品みたい。身体だって筋肉がたっぷりついてて見惚れちゃうし、なんていうか守ってもらえそうな安心感があるっていうか。でもそれだけじゃなくて、いつもは凛々しい眉が困ったみたいに下がるのは可愛いし、甘いもの好きで美味しそうに食べるところはいつまでも見てたくなる。というか、もっと食べて欲しいし食べさせたいなって思う。ついでにあーんとかさせてもらえたら役得って感じだけど」

「え、は、……な…?」


 あまりの情報量とその内容に、ダールは何一つちゃんとした言葉を発することが出来なかった。スミレの言葉は何一つ逃さぬようしっかりと聞こうと気持ちを整えていたので幸い(と言って良いのかどうか分からないが)全てを聞き取ることができたのだが、いかんせんどれを取っても言葉は理解できても意味が理解できなかった。

 輪郭もシュッとしてて綺麗?――肉がついておらず貧相なこの輪郭のどこが綺麗だというのか。女であれば許される豊かな肉のない顔も、男になると気味が悪いだけだ。

 瞳がクールで見つめられるとドキドキする?――どう努力したところで消えない不要な二重線がつき、目が合えば睨まれているようだと恐れられ嫌悪されるこの瞳のどこにドキドキする要素がある?もしかして、恐ろしくてドキドキするという意味だろうか。

 鼻筋がスッと通ってて芸術品みたい?――こんな芸術品、誰にも買われずに売れ残るに決まっている。誰の目にも留まらない芸術品など存在しないし意味がない。まだ道端の石の方が存在意義がある。

 身体に筋肉がたっぷりついてて見惚れる?守ってもらえそうな安心感がある?――たっぷりついてて良い肉は豊かさを象徴する贅肉であって、悍ましい筋肉ではない。確かにスミレを守れるくらいの強さはあるだろうが、これ程の筋肉では安心感などよりも恐怖感を与えてしまうだろう。

 凛々しい眉が困ったみたいに下がるのは可愛い?――可愛いなんて、幼い頃でさえ母以外に言われたことなどなかった。母のそれだって我が子にだからこそ言った台詞であって、客観的にそうという話ではないのだ。

 甘い物好きで美味しそうに食べるところはいつまでも見たくなる?もっと食べて欲しいし食べさせたい?あーんとかさせてもらえたら?――甘い物が好きだなんてことは、スミレに洋菓子を与えられて初めて知ったことだ。ダールはそれまで甘味など食べたことはなかった。ダールのような醜悪な男があんなにふわふわと綺麗で甘やかなものを食べている姿など見たところで、良くて勿体ない、普通は気持ち悪いと思うところだ。確かにもう一度食べたいと思うくらい美味しかったが、ダールは既に贅沢にも二回も与えてもらった。これ以上だなんて罰が当たる。…そして、あーんとはなんだ。流れからすると洋菓子に関係するものなのかもしれないが、分からない。勿論スミレが命じてくれるのであればなんでもしたいし何かをされるのも構わないが。


「もう一回言うと、ダールは私にとって本当にかっこいい理想の男性だよ。他の人にどう見えてるかは知らないけど、少なくとも私はそう思ってる。見た目も、私の知る限りでは中身も、何一つ醜くない」

「……、スミレ様」

「私の言うこと、信じられない?」

「………そんなことは、ない、です」


 理解できないなりに、それでも主人であるスミレの言葉を否定するわけにはいかないと絞り出すように言葉を発する。すると、ダールの瞳に向いていた筈のスミレの視線が、首元に移動した。何事かと思いダールも自身の首に目を向けると、そこには発光する首輪。奴隷の証たる首輪が発光するとき――それは、奴隷が契約に違反したときだ。どうやら、先の発言が「嘘」となり契約違反と判断されたらしい。

 契約違反は、いわば奴隷の「裏切り行為」だ。ダールにその心算はなかったけれど、そんなことスミレには関係ない。


「すみません」

「大丈夫。いきなりそんなこと言われてもびっくりするだろうし、信じられないよね」


 優しいダールの主人は、奴隷の裏切りを許してくれるらしい。ダールは奴隷商人に躾けられている最中、何度も契約違反が元の折檻――到底耐え切れない心臓を潰されるが如き痛み――を受けてきた。それを受けずに済むことに、心底安心する。


「正直、私もこの国の人がダールのことを醜いと思ってるなんて、全然信じられないもん。こんなに凛々しくて素敵な人なのに、皆見る目がないなって思っちゃう」

「……りりしくてすてき……?」

「そう!だから、私の価値観をすぐに理解してもらうのは難しいかもしれないけど…。私がダールに酷いことをしようなんて思ってないことだけ、分かってて」

「……はい」


 見る目がないのはスミレの方だと、ダールは思った。思ったし、スミレの考えはダールには分からない。けれども、スミレはダールに酷いことをしようとは思っていない――その言葉だけは、すんなりと落とし込むことが出来た。何しろ、ダールは一度だってスミレに酷いことをされた記憶はないのだから。









 ◇










「おお……。かっこいい…」

「……このような髪型は久しぶりで、落ち着かないです」


 ダールは、短くなったばかりの前髪や後ろ髪を指先で弄る。先程までスミレが一つの失敗も許されないとばかりに真剣な表情で触れ、丁寧に、まるで宝物を扱うかのように散髪してくれた髪。短くなったところで価値など発生することはないし、醜い顔面を晒すだけなのに、スミレが介入した事実だけで何故か価値のあるものに感じられてしまう。それに、スミレは臆面もなく、そんな筈はないのに「かっこいい」とダールを手放しに褒めるのだ。

 一度短髪にしたのは幼い頃で、そのときは明らかに()()だった。母だって申し訳なさそうにしていたし、ダール自身も暫くの期間その髪型で生活しなくてはならないことに軽い絶望を感じたのを覚えている。けれども、目の前のスミレはやり切ったとばかりに達成感に満ちた表情をし、満足気にダールを見つめるのである。言われずとも、スミレが成功したと思っているのが分かった。それが、ダールには嬉しかった。

 他者に自分の悍ましい顔を晒すのは恐ろしい。それなのに一方で、スミレが整えてくれた髪を自慢したいような気持ちが芽生える。初めての気持ちに翻弄されながら、ダールは幸福感に笑みを浮かべたのだった。








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― 新着の感想 ―
[良い点] とっても面白くて、一気読みしてしまいました! 他の方も言われているように、文章力も高くキャラクターも魅力的で読んでいて温かい気持ちになります。 これから2人がどうなっていくのか楽しみです♪…
[一言] スミレは純粋に良い子だしダールがただ幸せになれるだろうと思える安心感!!何度も読み返しながら幸せを噛み締めてます。
[一言] 更新ありがとうございます( ; ; )♡ ダール視点でお話が読めるのが嬉しいです!文章力が高くてとても読みやすいです˚✧沢山更新して下さりありがとうございます!
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