終わりの後に、甘いお話は如何ですか?
魔王討伐の旅を終えて、王都に帰還してから一か月が経った。帰還直後は凱旋パレードや、討伐記念の祭りなどに引っ張りだこで身体も精神も休めない日々ばかり。それでも仲間と一緒だったから、一時の楽しみが生まれていたのも事実。
「お嬢様。こちらが本日届けられたお見合いの招待状です」
一時の楽しみは本当にあっという間に終わってしまい、実家に戻ってきた私に待っていたのはどことも知らぬ貴族たちから送られてくる見合い話。気分が晴れた矢先に、暗雲立ち込めるとはこれ如何に。
「今まで見向きもしなかった癖に、魔王討伐の名声を得たら蝗の様に群れてきたわね」
「お嬢様の努力の成果です」
「別に私だけの成果じゃないわよ。剣士も聖女も守り手もいたからこそ、私は無事に帰ってこれたの」
誰か一人でも欠けていたら私は旅路の最中に命を落としていただろう。魔法使いとして採用された私だけど、旅路の始まりで実力不足を痛感した。威力も精度も、何より警戒心や観察眼が足りなかった。
「早々に魔物たちの奇襲で攫われた時は生きた心地がしなかったわ」
「ご、ご無事だったのですよね?」
「多少の怪我は負ったけど掠り傷程度よ。守り手の彼が運よく来てくれなかったら危なかったわね」
あのままだったら、一緒に攫われた聖女共々、魔物たちの慰み者になっていただろうけど。本当に彼がやってきて良かったと思えるわ。そういえば、その時だったかしら。私にとっての初めては。
「初恋というものも、あの旅で経験できたわね」
「恋、ですか」
「たった一日だけの恋心だったけれど」
守り手としてパーティーに加入してくれた彼は元々冒険者として魔物討伐の依頼を受けていた。そして、私達を攫った魔物の親玉がその対象で、彼はそのアジトを突き止めた。だからこそ、私達は救われたのよ。
「所詮は吊り橋効果だったのよ」
私達を守ってくれた背中が格好良く、振り向いた彼の顔に恋をした自覚はある。それは隣にいた聖女も同じだった。だから、らしくもなく聖女に嫉妬したりもした。彼は私のものだと。
「寝て起きたら、恋なんて覚めていたわ」
「お嬢様らしいというか、何と言いますか」
吊り橋効果だと気づいたときはあまりの恥ずかしさにベットの上でのた打ち回ったわよ。ただ、彼の背中を見ていると安心できていたのだけは、ずっと変わらない。それは仲間としての信頼だったのだろう。
「それに彼女のあんな表情を見たら、応援したくなる気持ちの方が大きくなったわ」
「聖女様、ですよね?」
「そうよ。あんな恋する乙女の表情は中々見られないわよ」
会った時から自信なさげで、頼りない印象しかなかった聖女。いえ、聖女候補だったわね。今は魔王討伐の功績が認められて聖女になったのだけど。本当にこんな子が過酷な旅に付いてこれるのかと思ったわね。
「超奥手な聖女と、朴念仁な守り手の二人を間近で見てみなさい。こっちがやきもきしてくるわよ」
最初の頃は俯きがちで、自分の意見も話さなかった聖女。そんな彼女が顔を上げ、自分から話すようになったのは守り手が加入して暫く経ってから。そして、私達にとっての転換点であるあの事件が何よりも彼女の気持ちを固めたのだろうとは思っている。
「でも、今のままだったら進展もしないだろうし、今生の別れにもなってしまうわね。さて、どうしようかしら」
「お嬢様。聖女様よりも、まずはご自身の問題を片付けては如何でしょうか」
「こんなもの。こうよ」
炎の魔法で山のように積まれている招待状を消し炭に変える。もちろん、招待状以外に燃え広がることも、テーブルが焼け焦げることもない。あの旅で私も成長したのだから。それでも、まだ欲しい物は手に入れられないでいる。
「あとで奥様から叱られますよ」
「別にお母様だって私の縁談に口を出してこないわよ。家の繁栄を願っているわけでもないのだから」
この家はすでに兄が継いでいる。そして、すでに婚姻を結んでいる有力貴族の女性がいる。その時点で我が家は安泰な未来を手にしているのよ。今更、私の婚約で株を上げようとは思っていないわ。
「誰も彼もが我が家に嫁いでほしいと言っているのよ。私は物じゃないの」
貴族の連中が欲しがっているのは魔王討伐の名声を得た魔法使い。私という個人を一切見ていない。そんな場所に嫁いだとしてもつまらない未来しか待っていないのは分かっている。我儘を言えるだけの力があるのだから、それを利用しない手はない。
「お嬢様は、愛のある結婚をお望みなのですか?」
「愛というか、自分にとっての幸せを望んでいるわね。あの厳しい旅路を終えたのだから、その位のご褒美を望んでも罰は当たらないわ」
なら、自分にとって愛する人はいるのかと聞かれたら、今なら迷わずに「はい」と答えるだろう。それは勇者パーティーの中にはいない人物。むしろ、旅を終えた後に私は自分にとっての大切な存在に気付いた。
「私の為に本気で泣いてくれるような人を私は好きなのかもしれないわ」
旅路を終えて、実家に帰ってきたとき。目の前の執事は満面の笑顔で出迎えてくれ、そしてその後に号泣してしまった。本人は何とか泣き止もうとしていたのだが、それでも止まらない。そんな彼を愛おしく思った。
「いの一番に現れて、号泣されるとは思わなかったわ」
「あれは、その。ご無事に帰ってきたお嬢様の姿を見て、本当に嬉しくて涙が止まらなかったのです」
だからこそ、彼をそっと抱き寄せて泣き止むまで頭を撫でてあげた。主人と執事の関係ではなく、長年連れ添った男女としての関係を求めていると気付いたのはこの時。私と執事との関係は子供の頃から続いているのに、今更彼が好きだと気付くなんてね。
でも、気恥ずかしさとプライドで自分から彼に告白することができない。そんな自分に自己嫌悪するのだけれど、それでも私は彼を信頼している。
「お嬢様。お願いがあります。僕を執事としてではなく、一人の男性として貰ってくれませんか?」
「嘘や冗談だったとしても訂正できないわよ? 執事としての立場を捨てる覚悟はあるのよね?」
「構いません。もし、お嬢様に拒否されましたら潔くここから去ります」
「そんな必要はないわ。ティレンは私の物よ」
ティレンは私の欲しい言葉をいつだって言ってくれる。童顔で、私よりも小さな身体。そんなティレンをもう逃がさないとばかりに抱き締める。たとえ両親が許さなくても、家を出ればいいだけ。ティレンなら間違いなくそんな立場になってもついてきてくれる。
「自分を物扱いされるのは嫌なのに、ティレンを物扱いしてゴメンね。こんな我儘な私でもいいのよね?」
「はい。そんなカミラだからこそ、僕は支えたいのです」
その言葉が何よりも嬉しくて、抱き締めている腕に力が入る。痛いだろうに、それでも声を我慢しているティレンが益々愛おしく思ってしまう。ついでに頭も撫でてあげようかしら。
「カミラの幸せのために、僕は頑張ります」
「えぇ、頑張って私を世界一の幸せ者にして頂戴」
そして、その幸せがティレンにも伝わってほしい。一人ではなく、二人にとっての幸せを紡ぎたいの。
読んでいた漫画に感化されて、恋愛物が書きたくなる衝動に襲われました。
ただただ、砂糖をぶちまけたかのような甘い話になったのはあれですけど。
ここまで甘い話は初めてですが、何事も挑戦は大事ですよね。