第二回 神話 シベリアの太陽
みなさんは、口承文学と言う言葉をご存知ですか?
文字にたよらず、口頭のみで後世に伝えられる形態(口承)の文学。 文字を持たない民族に伝わった物語、あるいは、宗教的、呪術的な理由などにより、文字(書物等)として伝えられる文芸。
今からお伝えするお話は、私が留学中、シベリアの先住民族の住むサハ共和国の奥地、ケト族のご老人が知る、99の物語(口承文学)その一つです。
さて、雪と氷の大地には、【ヤヌイ】と言う白い狼の皮を被った子供の神様がいらっしゃいました。
この神様は、普段は新雪に足跡を付け、氷の上を滑って遊ぶ無邪気な神様でした。
ヤヌイ様は、特に何をするでもなく、毎日遊んで暮らして居ます。
ある日、百年を経て魔物となった蛇が、ヤヌイ様の住む山野の付近の村に現れました。
人々は恐れ、ヤヌイ様に助けを求めました。
すると、ヤヌイ様は、人々に問い掛けます。
「何を助けるのだ?」
すると、人々は、答えます。
「私達をです。蛇の魔物から、どうかお救い下さい」
すると、ヤヌイ様は問い掛けます。
「誰かが、襲われたのか?」
すると、人々は顔を見合わせ、
「いいえ、誰も襲われて居ません」
と答えました。
と、そこへ、牛飼いの娘が言いました。
「大切な牛が襲われました」
するとヤヌイ様は言いました。
「魔物は、それが家畜だとは知らないのだ。何故なら、命が命を飼うという発想が無いからだ」
ヤヌイ様は、人々が特殊なのだと伝えたのち、
その蛇の魔物の元に赴きます。
そして、人間の住む場所と魔物は住み分ける事。という、約束を魔物と取りつけました。
人間の方は、近くに魔物が居ると言うだけで恐れて居たので、あまりその約束を良くは思って居ませんでした。
ある日の事です。
お名前も忘れられるほどの古い神様が目を覚ましました。
その神様は火の神様で、目を開けられた瞬間から、大地が揺れ、山が火を噴き始めました。
人々は怯えました。
けれど、怯えるだけで、ヤヌイ様にはお願いせず、期待もしてませんでした。
しかし、ヤヌイ様は、人々に頼まれたわけでも無く、火の神の元へ赴き、
「名も失せた古い火の神よ、どうか鎮まってくれ」
と、お願いなさいました。
しかし、火の神は聞く耳を持ってくださいません。
そうこうしている内に、溶岩が流れ、人々の村に迫って行きました。
其れを見たヤヌイ様は、自分のかぶった狼の皮で溶岩をせき止めます。
それでも漏れた溶岩を、手と足でせき止めます。
それでも溶岩が漏れました。
其処へ、蛇の魔物が現れ、漏れた溶岩を大きな口でせき止めました。
古い火の神は、やがて鎮まり、地の底へ戻って行きました。
そして一部始終を見て居た人々は、蛇の魔物に問い掛けます。
「何故、助けてくれたのか?」
しかし、蛇は溶岩を飲んだため、もう話す事は出来ませんでした。
人々は、今度はヤヌイ様に問い掛けます。
すると、ヤヌイ様は答えました。
「お前たちを救うためじゃ無く、好きな世界を守っただけだ。駆けまわる野を、山を、湖を。その世界に、お前たちが居ただけだ」
と、ボロボロの毛皮を被りながらヤヌイ様は言いました。
そしてヤヌイ様は、ボロボロの毛皮が悲しいのか、泣きだしてしまいました。
このお話は、此処で終わりです。
その後が有るわけでも無く、口伝とて残る伝承は、教訓を解くでも無く終わります。
これを聞きどう思うのか、それを問い掛ける様なこのお話。
私は、この伝承を聞き、山野を駆けるヤヌイ様を夢想しました。
シベリアの山野を、蛇と一緒に遊ぶヤヌイ様。
あ、そうそう、ご老人は、最後に、
何処の言葉かもう分からないけれど、と前置きされたうえで、ヤヌイは、【太陽】を指す言葉なのだと教えてくれました。
無邪気に遊ぶ子供の神様に、明るく暖かい太陽を重ねて見たのかも知れません。
其れでは、またお会いしましょう。




