学生領主
連休初日、王城へ赴いた。
「此処に何用だ?」
「デュラント・フォン・ワルキューレと申します。今日は陛下の馬車を改良しに参りました」
「デュラント、デュラント、デュラント、あったあった。それでは身分証の提出と身体検査を行います」
「身分証はこれですね」
「では確認させて頂きます。はい、大丈夫ですね。身体検査をします」
「はい」
「大丈夫です。入城を許可致します」
「ありがとうございます」
初めての王城に恐る恐るといった感じで歩いていくと、見知った顔の人物が待っていた。
「ち、父上、どうして王城にいるのですか?」
「馬車の件を聞いた。初めての王城はド緊張だろ?陛下からも王城の案内をしてやれと普段入れない場所の通行を許可されている」
「本当ですか?」
「あぁ、だが、先ずは馬車だな」
「はい」
陛下の馬車は他国の王が乗る馬車にしては質素というか地味だ。
と言うか金を掛ける所、場所を見極められる陛下なのだろう。
馬車に金を掛けるなら貧民層への炊き出しを行うと言うような人である。
今回は中のスペースを80畳程、ベッドや家具は陛下が用意すると言うことだ。
事前に簡単な図面を作成してもらっており、それに沿って作成する。
外装と内装は白を基調にし、縁起のいい朱を入れた。
勿論、足回りも完璧だ。
いつも通り独立架線式という車と同じ方式を取った。
手伝いの兵士達のお陰で2日である程度の工程が終了した。
時間に余裕が出来たのでオマケを作成する。
馬鎧の作成だ。
王の馬車は6頭引き、6頭の馬に白を基調とした馬鎧と先頭の2頭の兜には鋭いスパイクを付けた。
最終日、王を乗せ王都内を回る事になった。
まだ馬鎧のことは内緒である。
「デュラント、完成したのか?」
「はい、お貸し頂いた兵士のお陰もあって全て完了しております」
「そうか。それで早く見せてくれぬか?」
「今ご用意致します」
6頭の馬を先頭に馬車が到着する。
「ほぉこれ程とは・・・。しかも馬鎧もか?おーこれが儂の馬車か」
「どうぞ中へ」
そう言って扉を開ける。
「ほぉー広い、広いぞ」
「はい、頂いた図面通りの寸法になっています」
「これは凄い。だが一番大事な事があるな。さぁ王都を巡ろう」
動き出す馬車、王城から貴族街は整備された道があるとはいえ、以前の馬車なら轍や石等ダイレクトにお尻に衝撃を与えた。
それが今はホワンホワンと揺れはするが以前のとは別格の心地よさ。
貴族街を抜けると道は撓み、砂利道続く。
「これはこれは。全く衝撃が来ないぞ。これなら長旅も尻を労りながら進むことは無くなるな」
「はい。これから王都を出てぐるりと回る予定です」
街道や畦道を進む。今までの馬車ではゆっくりと進む他なかった。
「陛下、外をご覧ください」
「なんだ?えーこんなは早く走っていたのか?族や魔獣が出た時くらいの速さではないか。全く気づかなかったぞ」
「はい。多少の揺れは衝撃を吸収した事によって生まれます」
「この揺れは心地が良い」
「ありがとうございます」
王城へと戻ると、陛下は絶賛した。
その後もう一周、王の家族と共に回る事になった。
「デュラント素晴らしい。やっぱり結婚しよ」
「シャルベール、もう諦めなさい」
「はーい」
「ごめんなさいね、この子は学園で迷惑掛けていないかしら?」
「そんな事はありませんよ」
「ならいいのだけど」
一周が終わる頃には全員分の馬車を改造する事が決まった。
休みの度に王城へ通う事になるとは。
陛下は貴族達に自分の馬車を自慢して回った。
父の所に貴族が殺到し、その報告を受けたのは王妃、殿下達の馬車を完成させてからだった。
馬車の改造は学園を卒業してからワルキューレ領で店を出す事に決まった。
改造には2日〜3日掛かる、貴族が泊まれる宿を建てその間泊まって領地にお金を落として貰おうとなった。
その間に父の方で予約を取ったくれるそうだ。
勿論、上位貴族で父にとって優位に働いてくれそうな家から順に予約を取っていく。
父も店の開店までに領の特産品を作りに着手するそうだ。
これで雇用が生まれ、人が来て買い物をする。
ワルキューレ領が少しでも潤えばいいなと思う。
そして数日後、俺と父は陛下に呼ばれまた王城へと入った。
部屋で待つと執事に呼ばれ謁見の間に通される。
絨毯の切れ目の手前に片膝を付き下を向いて待つ。
「顔を上げて構わぬ」
「はっ、失礼致します」
父と同じように立った。
「今回、馬車の事で大変世話になった。臀部や腰の痛みが解消され、目的地にも早く着いた。礼を言う」
「ありがたきお言葉に御座います」
「まぁ堅苦しいのは此処までじゃ、先ずは此処に呼んだ事について宰相から言葉がある」
「えー、この度の働きの礼に付いて、陛下から礼金と陞爵が妥当だとありました。付いてはミスリル金貨10枚とガゼフ・フォン・ワルキューレ子爵の1階級陞爵が正式に決定致しました」
「と言う事だ。これからもよらしく頼むぞワルキューレ伯爵」
「はっ、身命を賭して職務に邁進致します」
「そしてデュラントには改造費としてミスリル金貨5枚を贈呈する。卒業後、店を開くのに使うといい」
「あ、ありがとうございます」
「以上を持って謁見を終了とする」
その後、別室に案内された。
「お待たせ。いいからいいから座って座って」
陛下はONとOFFの振り幅が大きいらしい。
「で、此処に呼んだのは報奨の支払いと、婚約についてだ。勿論無理にとは言わない、命令でも無い。これは1人の父としての願いだ。デュラント、シャルベールを貰ってくれんか」
「一度、そのお話をシャルベール殿下から頂きました。ただ、あれから直ぐにルミナスとの婚約が正式決定しました。勿論、正妻としてです。私はルミナスを裏切ることは出来ません」
「わかった。今は諦めよう」
今は・・・か。
その後は父の拝領についての説明があった。
「ガゼフよ。伯爵となった事から今の領地を変えて今より大きな街や地方都市を排領する事が出来る。勿論、今の領地を広げる事も可能だが。開拓の必要がある土地となるぞ」
「今の領地はワルキューレの祖先が代々守り継いできた街です。私が陞爵したからと身勝手に手放す事は出来ません。開拓は息子の代までに終わらせますのでどうか今の領地を広げる方向でお願い致します」
「うむ、よく言った。最近の貴族は代々守ってきた領地などより大きな都市を選ぶ傾向にあるのだ。やはり儂は祖先の土地を民を守り抜いてもらいたいと思うのだ。それでは領地拡張についてだ」
「お褒め頂きありがとうございます」
「ヘリテイジ伯爵領との空白の土地、ガルゴン男爵領との空白の土地、ヘルマン子爵領と伯爵の空白の土地を、それぞれ拝領させることとする。開拓には多大な金と人員が必要になるだろう。アダマンタイト金貨4枚を開拓資金として与えよう」
「ありがとうございます。至急開拓の準備をし開拓を始めます」
俺は学園に、父は領地に戻る事になった。
忙しくなるであろう父を見送り夏休みには帰省して父の開拓を手伝うことを誓ったデュラントであった。
それから数週間後、忘れもしない学科免除試験の最終科目ももうすぐ終わる頃だ。
「試験中失礼致します。デュラント君、至急学園長室へ来てください」
「今試験中ですが?」
「直ぐに来て下さい」
「わかりました。途中ですが退席します。回答用紙です」
「わかった。退席を認めます」
学園長室のドアを開けると深妙な面持ちで待ち受ける学園長。
「デュラント君かね?」
「はい」
「落ち着いて聞いて欲しい。君の父上が作業中に事故に遭って亡くなったそうだ。直ぐに自宅へ帰りなさい。10日間の公休を認める」
目の前が真っ白になった。
前世の記憶を持ち転生したとは言え、俺自身の事を覚えていなかった、それは勿論両親の事もだ。
だから父の事を俺の本当父と思っていた。
突然知らされた父の訃報に俺の心は深くそれは深く心を抉る。
「馬車なんて作らなければよかった」
馬車に揺られながら抉られた傷に更に爪を立てる。
だが、その馬車はデュラントを最短の1日半で到着させる。
急いで屋敷に入ると母は「おかえり」と告げる。
「ただいっ・・・ま」
母を見て緊張の糸が切れた。
母を抱きしめて泣いた。
落ち着いてから父の所へと案内された。
祭壇の中心に安置された棺の中に、ドライアイスの無いこの世界では、氷魔法で遺体を凍らせる。
その為父の遺体は凄く冷たく凍っていた。
「ガゼフはデュラント君が自分を責めるだろう。だが、お前のせいでは無いと伝えて欲しいと最後に言ったわ。張り切り過ぎたのね。デュラント君に大きな街にしてからこの職を譲りたいとお酒を飲むと上機嫌で話していたわよ。デュラント、だからお願い自分を責めるのはもうお終いよ」
「は、はい母上」
母の言葉が抉られた心を癒す。
こちらの世界の葬儀は日本の仏教と似ていて煌びやかな祭壇に遺体を安置し神父が祈りを捧げる。
その後埋葬されるのだ。
領民が総出で祈りを捧げてくれる。
他にも貴族の参加や弔辞、そして陛下からの弔辞も読まれた。
その後、丘の上にあるワルキューレ家の墓で遺体を埋葬した。
参加者が帰った後、1人の領民だけが残っていた。
「どうかしましたか?」
「ワルキューレ家の皆様、申し訳ありません。私のせいでデュラント様は・・・私を庇い事故に遭ったのです」
「そうだったのですね。でもその後悔と懺悔で私たち家族は貴方を許します」
「そうはいきません」
「母上の言う通りですよ。父上が領民の盾になるなんて当たり前じゃないですか。そして俺もこれからは領主として貴方達領民の矛であり盾で有りたいと思います」
「ありがとうございます。本当に申し訳ありませんでした」
後日、王城に呼ばれ貴族が集まる中、陛下の前に片膝を付き待つ。
「この度の事、本当に残念に思う。武人としても領主としても本当に惜しい友を亡くした。そしてその跡は未だ幼い其方にどれ程重くのし掛かるかと思うとやはり亡くなるのが早過ぎたな。今日これより、デュラント・フォン・ワルキューレを故人であるガゼフの跡を継ぎ伯爵位を授ける。そしてワルキューレ領をガゼフ以上に発展させよ」
「はい。父に笑われぬよう一生懸命に精進致します」
「よく言った。だが、学業は疎かにするな、しっかりと卒業する事だ。それまでは母に任せると良い。あの子は其方の祖父の仕事を学びいつしか祖父以上の仕事をする女傑などと持て囃されていたのだぞ」
「わかりました。ですが信じられません。あんなにおっとりとした母上にそんな過去があったなんて」
「あはは。かなりのお転婆じゃったぞ。それではこれから頼むぞ」
「はい。ありがたきお言葉ありがとうございます」
「うむ」
陛下が戻った後、貴族全員に挨拶をした。
特に近くの領主達とは交流を深めたかった。
ルミナスの父も葬儀から今日まで本当によくしてもらった。
いくら感謝しても仕切れない。
「ありがとうございました」
「なにを言う。ルミナスの婚約者なんだもう1人の父も当然だ。ガゼフはいい奴だった。最高の友だった。そんな奴の息子だ。俺はいつだって助けてやる。いつでも声を掛けてくれよ」
「はい。ありがとうございます」
学園に戻り、休暇の延長を願い出た。
直ぐに許可を得て領へとトンボ帰りする。
屋敷に戻ると母に卒業まで任せる事、長期休みには戻ってくる事などを説明する。
そんな中、陛下から思いもやらない話が舞い込んだ。
妹アリシアの縁談だ。
陛下の三男であるアルトメア殿下との縁談である。
年も近く王位継承権第三位の殿下との婚約は破格の利を生むだけではなく妹にとっても、これ以上ない相手である。
「アリシアへの縁談の話があった」
「はい。お相手は?」
「アルトメア第三王子殿下だ」
「ほ、本当ですの?私達世代の憧れのお人ですわよ」
「あぁ、本当だ。いずれ顔合わせがある。勿論、こちらからはお断り出来ないが殿下からのお断りはあるかもしれない。」
「はい。私頑張ります」
ずっと塞ぎ込んでいた妹の久しぶりの笑顔を見る事が出来た。
次の日、領民の前で就任挨拶を行った。
今は開拓が最優先である事、そして学業の為、暫く母が代行となる事などを話した。
学園に戻ったのは試験から15日後であった。