三十話『目を覚ましたモノ』
「…………お。憑依できたみたいだな」
少し時間が経って、倒れたペルフェは目を覚ます。
どうやら、示杞はペルフェに憑依できたようだ。
「…………ゴビ…………なのか?」
「…………どうだろうな。そうとも言えるし、そうでないとも言えるな」
ペルフェの体を乗っとった示杞は、体を起こして南陽と話し始める。
「とにかくだ。コイツはこの通り生きたまま確保できた。もう、ここにいる意味はないんじゃないか?」
『そんな馬鹿な……』
ペルフェの敗北。
それを悟った黒荻も声で動揺していることがわかる。
「黒荻、終わりらしいな。ゴビについては後で聞くとして、約束通りペルフェと一緒にここを去らせてもらうぞ」
『…………』
黒荻は何も言うことはできなかった。
ペルフェは彼の最高傑作。
彼女が敗北したのであれば、彼には何をしても無駄なのだから。
「行こう、二人とも」
南陽は何も喋らない黒荻をおいて、コルウスと、ペルフェに憑依した示杞と共にその場を去る。
こうして、南陽たちの一件は解決した。
「――――がッ!?」
誰しもがそう思った時だった。
示杞が突然苦しみだす。
「なん…………だ…………これ、は!?」
「ゴビ!? どうした!?」
「マズ、い。この、ままじゃ。押し、ださ…………れる」
「どういうことだ!?」
「っ…………」
「ゴビッ!」
そして、気絶する。
憑依の無効化。
それは、依然コルウスに”彼”が憑依した際にも起こった。
だが、今回はしっかりとペルフェを弱らせてから憑依した。
ペルフェによる憑依の無効化はできないはずだ。
「一体、何が…………」
『ははは、そうじゃ! 抗え!』
「お前は黙ってろ!」
状況を理解できない中。
ペルフェの瞼がゆっくりと開かれる。
「…………」
「大丈夫か、ゴビ!?」
目覚めたペルフェに近づく南陽。
「離れろ!!」
「ゴビ!? 憑依してたんじゃなかったのか!?」
だが、そんな南陽をペルフェに憑依していたはずの示杞の体が止める。
「体から追い出されたんだ!」
「!? じゃあまた、ペルフェの意識が!?」
起き上がるペルフェ。
南陽は彼女と距離を取って様子を窺う。
「待てって!」
「ハア、ハア。退くんじゃ!」
ペルフェが行動をとる前に二人の男が走ってきた。
黒荻と彼を追う30代ほどの男。
「ッ! 黒荻!? 何でここに!?」
黒荻が南陽を押しのける。
「いくらペルフェでも体に限界が来てるんじゃ。撤退させてもらうぞ」
「約束は!?」
「ほら、ペルフェはまだ負けておらん。まだ抵抗しておる。だから、ペルフェは渡せないのう?」
「黒荻…………!」
「さあ、一緒に行くのじゃ、ペルフェ。もっと強くしてあげるからのう?」
黒荻はペルフェに手を差し伸べ、ペルフェはその手を掴む。
そして、ペルフェを引っ張ってその場から去る。
「――――――――あ?」
そのはずだった。
彼の腕にペルフェの体の重みはなかった。
そのことに、黒荻は不思議に思う。
そして、振り返る。
確かにペルフェが掴んだ黒荻の腕。
その手はもう黒荻の胴体には繋がっていなかった。
「あ、あ。ああああああああああ!」
「!?」
辺りに響く黒荻の断末魔の叫び。
千切れた腕の断面から、血が溢れ出す。
黒荻は息を切らして、地面に崩れ落ちる。
「ペル、フェ…………どうして、じゃ!?」
「…………?」
黒荻の腕を持ったペルフェの様子は先ほどまでとは違っていた。
腕を投げ捨て、自らへの問いに対して不思議そうに首を傾げる。
まるで、何もおかしいことはしていないかのように。
「ガフッ!?」
ペルフェの追撃の拳が、黒荻の腹に突き刺さる。
「ペル、フェ――――…………」
地面に血をぶちまけて、倒れ伏す黒荻。
「…………何が起こってるんだよ!? ゴビ!?」
「…………僕だって想定外だ。今までの憑依で、こんな異常は僕もアイツも経験したことない!」
誰にも何が起こったのか理解できなかった。
少なくとも、ペルフェはここまで残虐な行為をする少女ではなかったはずだ。
「…………」
ペルフェはじっとコルウスを眺める。
だが、コルウスは今までの戦闘でもう動けない。
「お、まえ…………じゃない。私の、大事な…………」
「…………」
コルウスの言葉。
今のペルフェが、コルウスの知っている彼女ではないことを物語っていた。
「コルウス!!」
動けない彼女の下へ力を振り絞って駆けつける南陽。
勝てるかどうかなんて関係なかった。
コルウスを守らないといけない。
その気持ちが南陽を動かした。
「……………………」
「え…………?」
だが、その瞬間。
ペルフェは二人の前で振り返る。
「!?」
そして、部屋を暗闇に包んだ。
聞こえる足音。
それは次第に小さくなっていく。
「…………いない」
辺りが明るくなった時には、ペルフェは既に姿を消していた。
「…………お、わなきゃ…………」
既に体が限界を迎えているコルウス。
彼女は地面に這いよってでも、ペルフェを追いかけようとする。
「よせ! そんな体じゃ無理だ!!」
だが、そんな状態でペルフェを追っても何もできない。
コルウスを南陽は抱え上げる。
「…………う、うう」
コルウスは限界だったのか、気を失ってしまった。
「――――ゴビ、一回帰ろう。これ以上は俺たちも限界だ」
「あ、ああ。そうだね…………黒荻は君の祖父なんだろう? いいのかい?」
「その喋り方。ゴビではないっぽいな」
「う」
「でも、そうだな。最後くらいは――――」
※ ※ ※
「…………なん、じゃ?」
南陽は一人で、黒荻の下へ向かった。
黒荻の腕はむしり取られ、腕からも腹からも大量に出血している。
もう、助かる見込みはない。
そんな黒荻に南陽は言葉を告げる。
「――――俺はお前の実験から逃げた。だから、コルウスもペルフェも被害を受けた」
「……………………」
「だから、お前の実験は俺が止めてやる。もう、誰も傷つかないように」
それは、黒荻の実験に抗う決心。
そして、自分のせいで被害にあったコルウスとペルフェに対しての贖いでもあった。
「…………そうか――――なら、最後にヒントを…………」
「何だと?」
「…………ペルフェの、能力は…………ある奴の力を…………参考にしたものでの…………」
「!? 誰のだ!?」
黒荻は気が変わったのか、ペルフェの能力の大本となった能力を南陽に伝える。
それは、これからペルフェを助けに行く上で重要になるだろう。
南陽も必死になって黒荻にそれを聞き出す。
「森ノ千花じゃ」
「!?」
だが、その名前は南陽が知っている名前だった。
南陽たちの仲間の『奪回者』のリーダーにして、遠距離から相手を気絶させるほどの苦痛を味わわせる能力を持つ、森ノ千花。
「…………何でそんなことを教える?」
「信じてなさ、そうじゃな。ペルフェはワシの最高傑作じゃ…………だから、お前たちそれを示して欲しいのじゃ…………敗北でな」
「っ!」
無論、南陽は信じていなかった。
千花が黒荻に協力する理由なんてないのだから。
でも、黒荻はペルフェと南陽たちに戦って敗北してほしい。
だから、この情報を教えたのだと。そう言った。
その言葉を黒荻が言ったからこそ、南陽は黒荻の言葉が真実なのだと理解する。
彼は、実験のためなら手段を厭わない人間なのだから。
だとしたら、何故千花は黒荻に協力したのか。
意図してか。それともそうせざるを得なかったのか。
「お前が負ける光景が楽しみじゃ――――…………」
「…………」
だが、それを聞き出す時間はもうない。
黒荻の目は閉じ、体の力が抜ける。
もう彼の目は開くことはないだろう。
「…………最期まで、実験のことかよ」
南陽が彼の祖父に吐いた最後の言葉は、最期まで実験のことしか考えない祖父への落胆だった。




