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その体に出会いと別れの挨拶を ~あの日、憑依した少女にもう一度出会うために~  作者: 炭本 良供
三章「名状しがたい感情」

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二十九話『本当の願い』

『ここは――――?』


――――私が目を覚ました時、何一つわからなかった。

  自分の素性も、年齢も、どんな容姿をしてるのかさえ。


『ここじゃよ』

『――――?』


 よくわからないまま、()に連れてこられた場所には、少し不安そうに佇む、黒髪の女の子がいたの。

 初対面なはずなのに、彼女は心配そうな顔をして。

 勝手に悟ったような顔をして。

 けれど、バレバレで、慣れてないような作り笑いで話しかけてきた。


 なんでか、胸が痛んだ。

 でも、考えてもよくわからないから、その痛みを知らないふりしていた。

 あの子と暮らしていくうちにすぐ仲良くなり、胸の痛みも気にしなくなった。

 慣れた手つきで彼女は遊んでくれた。

 翼を広げて見せてくれたり、普通に部屋中を駆け回ったりした。

 本当に楽しかった。

 それはもう、何も知らないという不安を軽く打ち消すほどに。



――――でも、気づいてしまった。

 いや、自分を誤魔化しきれなかったと言うべきかも。

 彼に協力していくうちに、私の中にある情報が結びついてしまった。

 

 ()()()()()()()()()()()のだと。  

 彼の実験はそういうリスクのあるもの。

 私が記憶がなくしたとすると、あの子の素振りも納得がいってしまった。


 楽しい時が続いていくうちに、記憶がなくなる前にあの子とどんな風に話していたのか気になってしまった。

 私の話し方は今と違っていたの?

 私の性格は変わってしまったの?

 そのときは何をして、どんな話をして、どんなに楽しかったの?

 そして、この胸の痛みは――――?


『…………どうしたの』

『ううん。大丈夫よ』

『…………そう』


 顔に出てしまっていたのだろうか。

 口ではそう言ったけれど、大丈夫ではない。

 胸の痛みがまた自分を蝕み始める。

 頭にも靄がかかっていく。


――――そんな気分のままその日は来た。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()


『…………あの子はどこへ行ったの?』

『ああ……アイツは()()()だからな』

『っ!』


 正直、彼のことは嫌い。

 あの子を侮辱したから。


 でも、同時にあの子も記憶をなくしていたことを知った。

 

 自分も記憶を失っていたのに、私をあんなに心配してくれていたの?

 それとも、記憶を失った彼女を見て、私がそういうふうにしたから?


 その答えは出ないまま。

 彼女の場所を彼は教えてくれない。

 彼女がこの世からいなくなってしまったとさえ思った。


 頭のモヤモヤも、胸の痛みも強まるばかり。

 でも、もう不思議なことではない。

 わかってしまった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()の。



――――もし、記憶が戻ってくれたら。

 もし、昔の彼女を思い出して、また会えたらって思ってしまった。


 彼ならできるかもって。

 憎いけど、頼るしかなかった。

 

『私…………()()…………しないと』


 でも、実験に協力していくうちに、その願いがぼやけてしまった。

 残ったのは、漠然と何かをしないといけないという意志だけだった。







――――ああ。

 私は忘れていた。

 漠然としたものを漠然と信じて、私は間違えていたの。

 意識が薄れていく中で、浮かび上がったこの記憶は、どうしようもなく私を苦しめる。


 だって、少しぼやけて私の瞳に映る貴女は、ボロボロで、つらそうなのだもの。

 貴女が傷つくことなんて望んでなんかいなかった。

 私はただあの時のように――――








――――貴女の笑った顔を見ていたかった――――

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