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その体に出会いと別れの挨拶を  作者: 炭本 良供
一章「サーフェイス」
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七話『憑依の告白』

 楓と何も話せずにそのまま放課後になった。


「なあ、ゴビ……楓ちゃんに何かした?」

「まあ、そうだな直接的にではないけど」

 

 俺と名織は今日、家の方向が同じだということで一緒に下校している。

 話すのは、幼馴染の楓のこと。

 どうやら名織も楓の異変に気づいていたらしい。


「で、それで? 楓ちゃんに言わないのか? 事情、あるんだろ?」


 きっと、楓は俺が何も言わずに四苦八苦していたことが良く思わなかったのだと思う。でも、それでも。


「いや、話せないんだよ」


 俺は、何もできない。憑依のことを楓に伝えたくないから。

 きっと、信じてもらえない。余計、関係を悪化させてしまうことさえあり得る。

 それに、心配もさせたくない。

 

「でも、何もしないとこのままだぞ」

「…………」


 名織の言葉。それは、本当にその通り。

 何もしなければ、楓と話せないまま。


 だったら――――


「――――確かに名織の言う通りかもな」



 ※ ※ ※



「…………どうしたの。示杞」

「…………」


 翌日の早朝。クラスの皆が来ない時間に楓を教室に呼び出した。

 だから今、教室にいるのは俺と楓の二人だけ。

 

 楓に伝えたいことがある。

 それは、もしかしたら今以上に関係を悪くさせてしまうかもしれない。

 もしかしたら、二度と喋れなくなるかもしれない。


「あのさ、俺…………」

「うん」


 でも、だからこそ。俺と楓の関係を破壊するほどの問題だからこそ、言わなければならない。


「――――憑依しているんだ」

「っ!?」

「バカらしいって思うだろ? でも本当だ。昔から、物心がついたころからずっと」

「…………そう、なんだ」


 楓は一度悩んだ様子を見せながらも、意外にも疑いもせず聞き入れた。

 楓がそんな風に、俺の話を揶揄することなく聞いてくれたから、俺は話した。憑依のこと、つぐものこと、全てを。


「――――だから、本当にごめん」

「……やっぱり、言ってほしかったな」


 楓の表情には少しの安堵と、わだかまり。

 

「そう、だよな。言うべきだったよな」

「だって、それって死ぬかもしれなかってことでしょ?」

「…………」


 楓の言う通り。

 つぐもに路地裏で出会って俺は死にかけた。

 それでも、つぐもを助けたいと思って。皆にも心配かけたくなくて。そして、皆が憑依を信じてくれると、信じられなかったから。


「自分だけ我慢すればいいと思ってる?」

「…………」


 だから、一人で戦えばいいのだと思ってしまった。


「……私、つらかった」

「…………!」

 

 でも、それは違うのだと。

 楓の震えた声と、今にも泣き出しそうな表情が伝えてくる。


「顔が真っ青で、目もほとんど開いてなくて、学校に来たらすぐに寝ちゃって。さらには学校に来なくなって……心配だった。示杞に何かあったのかと思った」

「ごめん」

「相談してくれたっていいじゃん。協力して、助け合って、助け出せばいいでしょ」

「うん」

「……だから、言ってね、今度は。相談してね、困ったら。そうしたら私も協力するから」

「……ありがとう」


 たとえ戦わなくても。つらい思いをするのだと。

 そして、頼ることも大切なのだと。

 

 嬉しかった。楓がそこまで心配してくれていたことが。

 だけど、


「でも、やっぱりごめん。だからこそ連れてはいけない」

「…………」

「俺だって、憑依している状態じゃなかったら死んでたときもあったし、本当につらい思いもした。楓にそんな思いをさせたくない」

「そう、だね。私が戦ってもそこまで……」


 連れていけないことを楓に伝えると、彼女は少し落ち込んだ様子。

 だけど、それでは今までと同じ。そうならないように楓に頼む。


「だから、俺に協力してほしい!」

「……? さっき連れていけないって」

「一緒に行けなくても。一緒に考えて、対策を練って、一緒にあの子を、つぐもを助け出して欲しい!」

「!」

「図々しいってわかってるし、今更だし、俺が言えることではないかもしれないけど……」


 これは、言わないといけない。今まで言うことができなかったからこそ、今、彼女に伝えなければならない。


「俺に付き添ってほしい!」


……話した。全て話した。言いたいこと全て。後は、楓の反応を窺うことしかできない。

 腕が小さく震える。あるのは、これから発せられるであろう楓の言葉への不安。

 心臓の鼓動が激しくなる。あるのは、今後の俺たちの関係を決める、楓の返事に対する緊張。


「さっそく、だね」


 腕の震えも心臓の鼓動も収まらないまま、楓の口が動き始める。


「さっそく、相談してくれたね」


 けれど、彼女の表情は安堵しているようで、そして何より嬉しそう。


「いいよ」

「!」


 そんな彼女の発した言葉は俺の不安を一瞬でかき消した。


「私が言ったんだもん。協力するって」

「本当に、本当に……! ありがとう!」

「いいって。でも、これからは自分だけで悩みこまないでね」

「ああ、約束する」

「うん。約束」


 不安と緊張がなくなった後に生まれてくる自信。

 これからすることが上手くいくかのように思えてくる。

 今、隣にいる存在がこれ以上なく頼もしい。

 今日、俺は身近にある大事な者の存在に気がついた。



 ※ ※ ※



「……懐かしいね」


 俺と楓がいるのは、俺の部屋。

 授業をしっかりと終えた放課後。

 楓とはずっと交流はあったものの、部屋に呼ぶのは久しぶりだった。

 

「最近来なかったもんな」


 そんな、昔の幼かった俺たちの様子を思い出させる雰囲気の中。

 

「そういえば」


 楓は幼少期の楽しかった思い出を――――


「憑依って私にもしたの?」

「ふえっ!?」


――――一切、語ることなく俺がとうに昔の記憶にしていた秘密に触れた。


「ししししし、してっ、してないっ! さすがに、さすがにっ!」


――――いや、したんだけど。これは相談することじゃない。本人相手だし。


「ふ~ん、したんだ。それで、何かしたの?」

「いや、何もしてないからっ! その場でずっと鎮座してたから! ……あ」

「あ~、結局憑依はしたんだ」

「それは許して! だって実質、確率論だから仕方なくない!?」


 懐かしさを感じさせるその部屋。

 それにもかかわらず、いつしか俺は気まずさと焦りでいっぱいだった。


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