五話『目の前を塞ぐ恩寵』
「…………」
つぐもがいる部屋から家へ帰ってきて、リビングのソファーに寝転がる。
俺はつぐもに違和感を抱いていた。
彼女が遊んでいる姿。
明らかに憑依したときと雰囲気が違っていた。あの時はもっと大人っぽい印象だった。
だけど、今さっき遊んでいたつぐもは口数が少ないものの、大人っぽい雰囲気ではなく、無邪気に楽しむ子供。
――――まあ、あのときは俺が憑依していたから、外見で判断しちゃったのかもだけど……考えてもしょうがない。明日から用事があるんだ。
※ ※ ※
「お疲れっ」
俺がソファーで横になっていると、聞こえたのは俺を労わる声と何かを置く音。
声と音がした方向を向くと、机に一つのショートケーキとフォークがおかれていた。
傍には妹の莱夏が立っていた。
「誕生日でも特別な日でもないけど?」
「最近、がんばっているから。ご褒美」
「いいのか?」
「そのために買ったんだから」
「……じゃあ、ありがたく頂く」
どうやら、俺にくれるらしい。
食べる直前、俺にある疑問が生まれて手を止める。
俺は莱夏のほうを見つめる。
莱夏の表情はその目線に対して不思議そう。
「どうしたの?」
「莱夏は食べないのか?」
ショートケーキは一つしかない。
それを俺だけが食べるというのは、些か悪いような気がする。
「うーん、じゃあ、半分もらおうかな……でも、イチゴはお兄ちゃんが食べてね。お兄ちゃんにあげたんだから」
莱夏は少し悩んだ末、キッチンからフォークをもう一つ持ってきて、ケーキを二つに分ける。
そして、イチゴの乗ったほうを俺に渡してくれた。
――――さっき食べちゃったから、お腹はあまり空いてないけど…………デザートは別腹!
もらったケーキを口に運ぶ。
ちらっと、莱夏の方を見る。目線の先にいるのは、手を頬に当てながら、美味しそうに口を動かしている女の子。
「……ん」
こちらに気づいたのか、彼女の表情が変わる。
何か言いたげそうな……いや、わかるけど。
「そんな見ないで」
目の前の女の子はいつもの妹の様子に戻る。
どうしてかわからないけど、その台詞が出た瞬間、俺はどこか安心した。
※ ※ ※
「ふーん、この地図がねえ……」
ケーキを食べ終えた俺たちがいるのは、俺の部屋。
莱夏はベッドに座って、地図を持って呟く。
その地図はこれまでの憑依の位置を記したデータをパッと見返せるよう、印刷したもの。
もちろん憑依については莱夏に伝えてない。
だから、彼女にとって、それはただ適当に点を打った紙切れ。
「……よくわからないけど、大変だったのはわかるよ。この地図を見ても、お兄ちゃんを見ても」
それなのに、莱夏はかけてくれたのは優しい言葉。
「『こんなのに時間かけてたの?』とか言われると思ってたんだけど……」
「からかえるかどうかの区別はしっかりしてるの」
「その気遣いがあるなら、からかわなければ――」
「それじゃ面白くないじゃん」
若干食い気味の莱夏。
どうやら譲れないところがあるらしい。
――――いや、他のことに真剣になって欲しいんだけど!
※ ※ ※
莱夏は少し俺の部屋に居座った後、寝るからと言って部屋を出ていった。
『それじゃあ、頑張ってね!』
いつもの莱夏とちょっと違う言葉を残して。
「……言われたからにはがんばらないとな」
早速準備に取りかかる。
リュックサックに入れるもの。ペットボトル……いや、大して持ってくものなかった。
強いて言うなら武器。相手が話が通じなくて、問答無用で攻撃してくるのであれば、それに対抗する手段が必要。
……これと、これ。あと、これも。よし!
色々リュックサックに詰め込み、準備は終了。
後は明日に向けて、寝る。これが重要。
これによって明日のコンディションが決まる。
ベッドに寝そべって願いながら目を閉じる。
――――行くぞおお……ぉぉぉ……。
※ ※ ※
――――フンっ!!
目を勢いよく開ける。エナジードリンクを飲みすぎた時くらい活力に満ちている。
「……?」
そして、違和感に気付いた。
俺が憑依した体の頭部が何かに触れている。
――――柔らかい。それに温もりがある。これは?
目の前に何かが立ちふさがっていた。肌色でつやのある何か。
――――あと……服?
「ふふっ、寝ちゃったのかな? 最近忙しかったもんね……」
左耳から囁くような女性の声。
それと同時に温かい手が俺の頭をなでる。
……寝てないし、俺に向けてないけど。ありがとうございます! 明日、頑張れそうです!!
引き続き、癒しを堪能して、心の中で叫ぶ。
――――行くぞおおおおおお!!!
※ ※ ※
「準備は…………よし!」
最高の癒しを経て、俺は最高のコンディションで当日を迎えた。
リュックサックを背負ってドアを開いて家を出る。
その先に待つものが、最高の未来だと願って。