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その体に出会いと別れの挨拶を  作者: 炭本 良供
一章「サーフェイス」
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四話『瞳は晴れども』

――――助けられなかった、また。

 だけど、まだ。終わってない。止まってられない。同じ過ちは繰り返さない。

 助けられなかったこそ、努力を続けるんだ。


「……よし! やるぞ」


 少女救出計画の9日目。俺の作業の速さは以前の数倍。

 学校を休んでしまった。だけど、前とは違って低迷しているわけではない。

 やるべきことを、やり遂げる意志がある。


――――10日目。


「――――終わった」


 第一ステップ。憑依の位置をまとめる作業が終わった。

 次の第二ステップはまとめた憑依の位置の情報から、規則性を導き出す。

 その答えは既に導かれた。

 憑依の位置は、波紋の様に俺という一点を中心として同心円状に広がっている。

 ただし、円が俺から遠ざかるほど円同士の幅は大きい。そして、俺の近くのほうが憑依する確率が高い。

 これなら、円周上の研究所を近いとこからまわっていけばいい。

 今日は遅いし明日からまわるとしよう。

 作業が一段落したので、今日はこれくらいにして気晴らしに家を出る。辺りはもう真っ暗。


「さむっ」


 冷たい風が吹く。俺は逃げるようにしてコンビニへと駆け込む。

 コンビニで何か買おう。



 ※ ※ ※



“ウイィン”


 手持ち511円だったことを思い出した。

 とにかく、買ったのは温かいココアとおにぎり。

 相性は知らない。


……作業してたらもう、こんな時間。


 人気のない、いつも通っている道をぼうっと眺める。


……ついに明日、か。大丈夫、かな。


 研究所へと行く当日が迫るとだんだん不安が膨らむ。

 

――――研究所に行って何ができる? 話し合えるのか? 


 女の子に憑依したときの激痛が走る装置。拳銃も持っているかもしれない。

 話し合いで何とかなるとは思えない。


…………。


 わからない。だけど、向かうしかない。俺のできることはこれくらい。


……帰ったら、明日の準備、しなくちゃ。


「――――え?」


 コンビニから数分あるいたころ。

 俺は公園の前である幻想を見た。

 公園のベンチに座る少女。

 純白の髪に、蒼穹のような青い瞳。


「あの子は」


 俺が探し求めていた、女の子。


……罠?


 最初は疑った。だけど、そうだとしたら俺が通るかもわからない公園を選ぶはずがない。そう思って俺はその女の子に近づく。


「だ、大丈夫か? こんなところにいて……」


 俺の感情は、彼女が目の前にいる喜びと、この状況への困惑。


「あ……えっと」


 女の子は目線をちょっとずらす。彼女も困惑している様子。

 そりゃあ、前に殺そうとしていた相手に出くわしたんだから無理もない。

 そんな彼女は目線を俺の方に戻して、


「お兄さん、誰?」


――――え。

 

 俺は、幻想が現実に戻ったことを実感した。

 俺を見つめる彼女の言葉も目線も真っすぐで純粋。冗談を言っているわけではないことは一瞬で理解した。

 

――――忘れるはずがないだろ。殺そうとしたやつを。もし、忘れてしまっているのだとしたらそれは――――


 女の子の仕草。言動。それが導く事実。


――――この子は、記憶を失っている?


「本当に、覚えて……?」

「……うん」

「っ……」


 また、だ。また、助けられなかった。

 感情を失った女の子、ウツキ。

 そして、目の前にいる記憶を失った女の子。

 あ、ああ。何で。どうして。結局、俺じゃ無理なのか? 

 目の前がぐらつく。視界がぼやける。


――――俺は、これ以上、何を――――


「――――大丈夫?」

「……っ」


 はっきりとした視界に、手を差し伸べてくれる女の子。

 彼女の純粋な姿。


……違う。まだ終わってなんかいない。


 その姿が俺に希望をくれる。


……出来ることがある。なら、それをやるだけ。


「大丈夫。確認だけど、本当に覚えてない?」

「うん……あれ。私、お兄さんのこと忘れてる? ごめんね。記憶があんまりないの」

「……そうか。いや、忘れたことは思い出さなくていいんだ」


 彼女の大切なものは、忘れてはいけない。

 だが、殺そうとした記憶なんてものは無理に思い出さないほうが彼女にとっていい。


「……? わかった」


 目の前の女の子は不思議そうに首を傾げる。


「ちなみにどこまで覚えているんだ?」


 俺は彼女の手がかりを探す。


「うーん。気づいたら真っ白な部屋にいたから……」

「それってどんな部屋?」

「ホントに何にもなくて、冷蔵庫とか、食べ物とかしかないの」


……それってもしかして、研究所か?


 この女の子に憑依したときの部屋は彼女の言う部屋の情報と一致している。

 もし、彼女が研究所の場所を知っているとしたら手間が省ける。

 研究所の連中を問い詰めれば、女の子の記憶を戻す方法が見つかるかも。


「どこにあったかわかる?」

「って、わかるよさすがに……! バカにしてる?」


 俺の言葉にほっぺを膨らませる彼女。


「…………」


 だが、俺はいたって真面目だ。

 俺の顔をじっと見て、それをわかってくれたのか、彼女はため息をついて指をある方向に指す。その先は、ごく普通のマンション。


……どっからどう見ても、研究所じゃ、ない。計画は続行か。


「じゃあ、お兄さん帰るから、家で安全にね」


 彼女に別れの挨拶。

 ひとまずこの子の居場所は知れた。

 この子の振る舞いからして今は安全を脅かされている様子もない。

 だから当初の予定通りに動こう。

 明日から研究所を巡って、この子の記憶を取り戻す方法を探る。

 そのために、今日はその準備をしないと。


「え? 帰っちゃうの?」


……そう思ったんだけど。俺の袖を少女が掴んでいる。


「私、独りで寂しいから出てきたんだけど……」

「え、いやでも……」

「家にいても独りだし……何もないし……」

「…………あの」


――――それは、ちょっと。危なくない?


 彼女の言いたいこと。

 もう既に予想がついている。

 それは、誰がどう見ても事案な提案。

 断れ。そうしろと理性が叫んでいる。


「遊んでくれるとうれしい……かな」


――――もうっ! どうにでもなれえええええええっっ!


 だが、頬を染めながら見つめてくる彼女に、俺の理性は消え失せた。



 ※ ※ ※



 彼女の純粋な目に逆らえなかった俺。

 安全を確保するため、という名目のもと彼女のいた部屋に訪れた。


「……本当に何もないな」

「でしょ。だから気晴らしに外に出てたの」

「そっか……よっと」


“ドスンッ”

 

 女の子の話を聞きながら、腰を曲げる。

 そして、重く大きな段ボールを床に下ろす。


「気になってたんだけど、それなに?」

「ゲーム。遊びたいって言ってたから」

「!」


 色々なゲームを楽しそうに見る女の子の姿。


――――興味持ってくれてよかった。

 

 それを見て、ちょっと安心する。


「へえ。初めて見るのばっかり……これ、していい?」

「いいよ」



 ※ ※ ※



……やっぱこのゲームだよな!

 

 俺たちがしているゲームは近代VRゲームの一つ。

 意識をゲーム内に飛ばし、五感すべてで世界を感じられる。

 まるで、自分がその世界に住んでいるように。


「お兄さんすごいねこのゲーム……!」

「そうだろう。そうだろう」


……そうだよ。ゲームはこれでいいんだ。流行に乗らなくたって……うっ、寒気が。壊れたゲームは忘れよう。



 ※ ※ ※



「ふ~、楽しかった~!」

 

 流れに流され、ここに来ちゃったけど。買ったココアとおにぎりを女の子と分けながら、ゲームを満喫……いや、安全を確保してる。

 俺は両手を組み合わせ、腕を上へ伸ばして一息。


「お兄さん。次このゲームしよ?」

「あっ」


 重ねていた指が崩れ落ちるように解かれた。

 女の子が手にしたゲーム。

 それは、俺がかつて壊し、躓いてそのまま憑依する原因となったゲーム。

 さっきプレイしたゲームと同系統のVRゲーム。そして、ホラーゲーム。

 ネットの情報だと、ハラハラドキドキの緊張感がたまらないそう。

壊した、というか壊れちゃった原因は怖かったから。ゲームに怯えて気づいたら壊れてた。


……それ謎の冷気来るし、幽霊の吐息感じるし。その吐息冷たいんだよ! 温かくして!


「いや、ごめん。それ壊れてて……」

「そうなんだ……じゃあ違うの探すね」

「本当にごめん、次持ってくるから」

「ううん、お兄さんがゲーム持ってきてくれただけでもうれしい……じゃあ、次はこれ」


……また5000円の出費か……いや、仕方ない仕方ない。


 少女の若干落ち込んだ表情を見て、俺はまたこのゲームを買うことを決意した。



 ※ ※ ※



「お兄さん。今日はありがとね。楽しかった!」

 

 何だかんだで、色々なゲームで数時間楽しんだ後。

 俺を玄関で見送ってくれている少女。

 寂しさも少しは薄れた様子。


「そうか、よかった。あと今更だけど、俺は示杞、癒川示杞だ」

「そういえば、名前どっちも知らなかったね。私はつぐも、よろしくね」

「うん、よろしく」

「じゃあ、また明日ね」


……早く記憶を戻してあげないとな。目の前にいるんだ、焦らなくていい。着実に――――


「――――って明日!?」

「…………」

 

 つぐもはあざとい、いや、身長の関係で仕方がない上目遣いで『来てくれないの?』と言わんばかりの表情で黙っている。


「……出来る限り来るよ」

「…………!」


 同じ沈黙でも、つぐもの顔は嬉しさで満ちている。

 それは、記憶を失う前には見ることのできなかった、満面の笑みだった。


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