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その体に出会いと別れの挨拶を  作者: 炭本 良供
一章「サーフェイス」
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二話『名な悪魔』

「ふああ……」


 作業を続けていると、いつの間にか朝になっていた。

 不意に出るあくび。

 それと共に腕を上に伸ばす――――


「――――っ!」


 そして、机上の照明に頭をぶつけた。 


――――痛い…………まあ、あの痛みに比べたら優しいものか。

 

 少しひりひりする頭を抑えつつ、ひとまずカーテンを開け、部屋の中を光で満たす。


――――まだ、第一ステップすら終わらない……結構キツイな。

 

 少女のいた不気味な場所を探す計画。

 あの整った設備から、あそこがどこかの研究所と推測した。

 俺の住む都市は高層ビルが並び立つほどの発展具合。

 だから、候補は限りなく思いつく。

 唯一除外できるのは、端っこにある自然豊かな山くらいだ。


 第一ステップ、第二ステップは、その候補を絞るための行動。

 俺が憑依する生物の場所の規則性を導き、候補をさらに減らす。

 問題は、どうやって憑依の規則性を求めるか。

 それは、目の前に広がっているデータの山が頼りだ。

 幼少期からずっと記録してきた、憑依の場所のデータ。およそ4500個。

 今回みたいに場所がわからないこともあるから、全部とは言えないけど。規則性を探すためには十分なはず。

 1日300個で15日。憑依の位置をまとめるのが第一ステップだ。


「ぜんっぜん、終わらん!」


 だが実際は、これを後14日も続けるのかという絶望。

頭が真っ白になるような計画。


 それでも、やると決めたから。

 その気持ちだけで、4日は順調に進んだ。

 さらに土日である、5、6日目は拍車をかけて3000個のデータをまとめ上げた。

――――でも。


「……あ、あ」


 徹夜から来る疲労。

 それが、俺の作業の邪魔をする。

 憑依の場所の傾向は少しばかり見えてきている。

 だけど、継続する気力もない。


「………眠い」



 ※ ※ ※



 7日目の月曜日の朝。


「………ああ。まだ、眠い」


 睡眠による身体的回復。

 それも十分でないというのに、精神に関しては憑依で休めてない。

 睡眠時間が全部憑依に使われてはいない。だけど。


――――こんなの、拷問だろ。


 今の俺にとっては致命的。


「………おき、なきゃ………」


 学校もある。起きなくちゃいけない。

 そうやって渋々、体を起こす。


「………ん?」


 ぼやけた視界が少しずつはっきりしてくる。

 目の前には、『PICM』が表示する時間。


『6時12分』


「……! 今日は早いな」

 

 少し早起きしたという何とも言えない高揚というか、優越感が疲れを忘れさせてくれる…………気がする。

 階段で転んで気絶はシャレにならないので、ゆっくり、それでも弾むような足取りで下の階へと向かう。


「♪~」


 俺が向かう先、キッチンの方からもう一人上機嫌な女性の、綺麗な鼻声。


「お、おはよう……」

「あ、『ゴビゴビマン』。おはよう」

「ちょっと待て何だそのあだ名」

 

 鼻歌を聞いてしまったから申し訳ないなって思ってたけど、そんな必要なかった。

 あと一瞬、頬赤らめてたの見逃してないからな。

 目の前の黒髪ロングの女性。妹の莱夏。

 俺の通う高校の附属中生で、からかえそうなネタを探して所々ぶっこんでくる。


「噂になってたよ、『ネーム魔』っていう誰かのあだ名と一緒に」

「ええ……」


――――ええ……。

 

 建前も本音も困惑。

 誰だよ、『ネーム魔』。

 というか、絶対ソイツだろあだ名付けたの。


「ゴビゴビ……なの?」


…………いや、ゴビゴビってなんだよ。



 ※ ※ ※



「やっとついた、ぞ…………つか、れた……よっと」


 朝のひと悶着の後は何事もなく、学校へ辿り着いた。


…………眠い。


 来るのが少し早かったからか、教室は誰もいない。


「…………少し、寝るか。そう、少し」


 机に突っ伏して、自らの腕と胴体と机で光の当たらない空間を作り出す。

 そして、目をゆっくり瞑ると、こう…………ぼうっとしてきて――――…………。



 ※ ※ ※ 



「ん、うう…………ん?」


 徐に重い瞼を開ける。

 まだ、視界はぼやけている。

 あれ、俺、立ってたっけ…………? 手になんか…………ある。


「…………鞄」


 嫌な予感。

 寝たはずなのに、疲れは取れていない。

 目の前には校門。

 頭上から俺を照らすお日様。

 俺はとある事実に気付く。


「……憑依、して、る……?」


 また、誰かに憑依していることに。


…………2回目でも憑依するのかよ。


 手をグー、パーと軽く動かして、体の感覚を確かめる。

 思考もしっかりしてきた。


…………。


 そして、もう一つ、気づいてしまった。


「この制服、俺の学校のじゃ?」


 憑依したのは、同じ高校の男子生徒ということに。

 さっき見た校門、何か見覚えあるなって思ったけど、登校したときに見ていた。

 

――――とりあえず、『PICM』はっと…………不正とかするつもりはないよ?

 

 確かに『PICM』は個人情報も管理している。

 だけど、今大切なのはこの男子生徒の学籍情報。 

学年、クラス、名前、顔。


…………大丈夫だよな?


でも、何か不正とかできる状況にあるってなると、誰かに見られてないか、ちょっと周りを見渡してしまう。


 「名織南陽(なおりみなび)っていうのか…………あれ、この人。2年4組」


 何やらまた見覚えのある数字の組み合わせ。


…………同じクラスじゃん。



 ※ ※ ※



 教室の前に立つ俺(名織南陽)。

 怯えながら、慎重にドアを開ける。


“ガララララ………”


 教室には、俺の抜け殻。


………何してんだ、アイツ。


――――と、俺の幼なじみ。蓮元楓(はすもとかえで)。紅葉の髪飾りを身につけた茶髪のショートボブ。


「つん、つーん」


 いや見れば何しているのかはわかるけど。

 シャーペンの丸まっている方で、俺の抜け殻をつついている。


――――いや、何で? ………いや無視無視。うん、俺は名織だから。

 

 教卓にある座席表を確認する。


………。


 席がわかったから、そこに一目散に座る。

………抜け殻の右前に。

 抜け殻と同じように寝る体勢をとって様子を見る。


………ちょっと待て。


 俺つんつんを終えると、俺の机の中を漁る楓。


………見るなって。


 紙に書かれた、0から100の幅広い赤い数字を見て、呆れたり驚嘆したりしていた。


「………………」


 何も言うことはできない。俺は名織。

 出来るとするならば、圧を念じること。


「あ………名織くん、だっけ?」

「………ああ、うん。そうだけど」


 圧が効いたのか、楓は俺の存在に気付く。

 もちろん、楓が話しかけているのは俺(精神)と名織(体)。


「………あのさ、突然で悪いんだけど、名織くんにはさ………示杞ってどう見える?」

「どう見えるって………」

「示杞は最近、頑張っているのはわかっているんだけど、何に頑張っているのかわからなくて………テストはやっぱりこの通りだし………」


 やめて! 俺のテスト勝手に見せないで! 俺が憑依してなかったどうするつもりだよ!? あとわかってるなら寝かせてくれ!


――――まあ、でも。

 俺は予想外の楓の言葉に少し黙ってから、


「………まあ、そうだな。意外とすぐに元に戻るんじゃないか? 困ったら流石に話すとは思うし、心配しなくてもいいと思うぞ」


 そう、第一ステップが終われば、条件に合う研究所を片っ端から訪れるだけ。

 あの女の子を助け出せれば、すべて元通り。

 だから、問題はないはずだ。


「うん………そうだよね。話してくれる………よね、示杞は」


 楓の憂いと安心が混じったような表情。

………俺の心配してくれているのはわかるんだけど、名織くんと喋ったことないから、名織くんだったら相談されても困るだろ。


 

 ※ ※ ※



「ん………うう」

「だ、大丈夫? ………もう始まるよホームルーム」

「あ、ああ大丈夫大丈夫!」


………心配……してくれているんだよな………。


 目の前にいる楓が、心配してくれているという事実に申し訳なく、そして、ちょっと照れくさい。

 顔をちょっと逸らす。


‟ゴリッ“


………痛い。


 机に突っ伏したまま顔を逸らしたから、机に鼻をへし折られたみたいになった。

 まだ、眠いし。


「おーい。『ゴビゴビマン』起きろー。『早寝早起き反復飛びくん』に改名か?」


  突っ伏したままの俺によくわからない言葉をかける右前のクラスメイト。


………何それ………いや――――


 でも、俺には聞き覚えがあった。

 それは、今朝、妹の莱夏が口にしていたこと。


『噂になってたよ、“ネーム魔”っていう誰かのあだ名と一緒に』


………。


「………お前」

「何だ」


 嫌な予感…………というか確信。


「お前だろ俺のあだ名広めたのおお!!」

「そうだ! よくわかったな。俺の最高のセンスを!!」

「………センスないよ?」

「え?」


 いや、何で自信満々な表情してたんだよ。

 それはそうと楓は――――


「………」


――――硬直してる。そして、言葉にならない音出てる。

 

――――ごめん。これは俺にもわからなかった。

 

 この『ネーム魔』こと、名織南陽。

 『ネーム魔』の由来はそのままだったとして。

 (みょう)で、妙過ぎる。


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