スライムとのファーストコンタクト
十分くらい歩いたかな? って頃。
「着いたよ!」
と彼女が明るく指差したのは表札に『古藤』と書かれた一軒家だった……あれ、普通のお家に着いちゃった? 俺の予想は拾った生き物を飼うに定番な公園だったんだけど。さすがに個人の家に入るわけにはいかないよなあ……
みはるちゃんの家かな、と聞こうと口を開いたが
「ちょっと待ってて! スライム連れてくるから!」
と古藤さんちに入って行った。やっぱり彼女の自宅らしい。
そういえば俺はまだ本を持っている。暑さも相まってだいぶツラくなってきた……
そんな状態で待つこと二分。パタパタガチャリと出てきた彼女は大きめの箱を抱えている。すいかが二つくらい入るくらいだろうか?
「箱、デカイね……」
「ごはんあげてたら大きくなったの」
そう言いつつみはるちゃんは段ボール箱をあけた。
中には……!
「キューキュー」
「これは……スライムだな」
「でしょ!?」
青くて透明でとろりとしたイキモノがいた。例のゲームのキャラクターと違い、目も口もない代わりに中に核らしき球体が浮かんでいる。
本の入った袋を地面に置く。そろりと手を伸ばして弱く押してみると、固めのくず湯のような見た目に反して弾力があった。反抗しているのか
「キュキュッキュー!」
と発声? する。発泡スチロールをこすり合わせたような高い音。どこから声を出しているのか本当に謎で……気になる。知識にない生物を見て胸が高鳴った。悪癖と気づきつつも、この好奇心と探求心は抑えられない。こらえきれなくなって爪を立てようとした瞬間
「ね、スライムでしょ!」
と自慢するみたいな声音でこちらに笑いかけるみはるちゃんの存在を思い出した。
俺はぱっとスライムから手を離し、途端に波のごとき罪悪感を覚える。
「あ、ああ、スライムだ」
と応答しつつ、おまえを攻撃する意志はなかった、ごめんな、と心の中で謝っておく。
重たい気持ちを抱えながらも
「食べ物をあげたら育ったって言ってたけどこいつ何を食べたの?」
と質問する。
「何でもー! ごはんとかおかずも食べるし紙も布も食べるよ!」
「紙とか布を与えたんだ……どうやって食べるの? 口とかないのに」
「スライムの体に入れると入れたものがとけていくの。それを続けてたらまんなかの丸い石がちょっとずつ大きくなった!」
はー。よくわからない生物だ。ぷるりとしたこいつに触れても俺の手は沈まないし溶けなかったのに。
ぷにぷに触っていると遠くで車の音が聞こえた。あれ、そういえばみはるちゃんのお母さんはどこに?
「みはるちゃん、家には誰もいないの?」
「お母さんが買い物行ってるからいないよ!」
「そういうのは知らない人に言っちゃだめ……て買い物?」
おいおいおい。ならそろそろ帰ってくるんじゃないか? 彼女の言い方からして母親にも秘密にしてるだろうし、解散するべきか?
「みはるちゃん、そろそろ俺は帰るよ。スライムを部屋に置いてきな」
「えー。もうはるかさん帰っちゃうのー?!」
「スライムはお母さんにないしょなんじゃないの? 帰ってきて見られたら困るでしょ」
「たしかに! ちょっと待っててねっ」
ダンボールを抱えて家に戻る彼女を見送る……本を忘れそうだな。
ちゃんと忘れず手に持ち直していた本を渡したあと、明後日の土曜昼すぎにあの図書館で待ち合わせることとなった。そして暑いので近くの自販機からジュース二本を買って一緒に飲んだ後は別れた。
冷えた飲み物がスライムを見れた興奮を冷ましてくれて助かったぜ。