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第七章

 祖父は確かに、この街で一番の機械工だった。アンドロイドの修理を主に行っていたのも、現存する機械の中でアンドロイドが一番複雑なものだったからで、キキはその背中を見て育った。祖父の手伝いをし、あるときは祖父の指導の下でアンドロイドの修理や、ロボットの制作に挑戦した。だから、キキには普通の機械工と同等か、それ以上の能力を持っている、という自負があった。少なくとも、ランバートの構造が普通ではない、と分かるくらいには、キキも立派な機械工だった。

 ランバートの構造は想像を絶していた。まず、キキには何がどうなっているのかまったく理解できなかった。中心部にセットされている基板も、キキが見たことのないものだ。都市から輸入したものであるにしろ、流通しているどんな基板よりも新しいものであることは確かだった。端子の数も、チップの種類も、キキにはまったく馴染みのないものだった。キキはプラスドライバーを取り落として、しばらく呆然としてしまった。


「大丈夫ですか」


 ずっと後ろに控えていたキャシーが、キキが放心しているのを見て控えめに声をかける。それで現実に引き戻されたキキは、キャシーを振り返ると、「キャシーに構造解析機能はないよね?」と恐る恐る聞いた。アンドロイドの中にはその機能を持ち合わせている者もおり、ランバートの構造について手がかりを掴むとしたら、彼らを頼るしかない。キャシーは残念そうな顔になって首を横に振ると、「わたしは家政婦アンドロイドですから」と申し訳なさそうな声音を選んで言った。

 それならばレミントンだ。彼は確実に構造解析機能を持っている。キキは急いでランバートの腹部のパネルを元に戻すと、敷いていた布でランバートを丁寧に包むと、工具とともにショルダーバッグにしまった。それから立ち上がり、キャシーに「ビッグ・ハリーを訪ねてみる」と断ってデイビッドの家を出る。扉を開けた瞬間、外に立っていたのはアンジーで、キキは即座に苛立った。まただ。また人間だ。


「今は忙しいの」


 キキはもじもじしているアンジーが何かを言う前に突っぱねると、その横をすり抜けて小走りに去っていった。残されたアンジーは引き留めようと右手を宙に浮かせていたが、キキの形相を見てそれをゆっくりと引っ込めると、その場に俯いて立ち尽くした。キャシーはアンジーの悲しそうな顔を見ると、その顔をコピーしたかのように悲しそうな顔つきで、アンジーの肩に手を置いた。


「キキには、人間を嫌いになるだけの理由があります」


 キャシーは寸分の違いもない合成音声で、アンジーに言う。


「でもそれは、アンジーのことが嫌い、ということとは違うことです」

「キキはわたしが嫌いになったのではないの?」

「そう推測します」


 アンジーはキャシーの慰めに、少しだけ悲しげな表情を和らげると、「キキにこれを」と持っていた包みを渡した。キャシーが中を見分すると、それはトウモロコシだった。トウモロコシは一部地域では栽培が行われているが、この街にはないものだ。アンジーがお小遣いなどで買えるほど安いものでもない。キャシーはそれがアンジーのキキに対する心配の気持ちである、と認識すると、包みを大事に抱え、「必ず、アンジーからと渡しますね」と微笑んだ。アンジーにはそれで十分だった。


 『ビッグ・ハリーの道具箱』に辿り着いたキキは、肩で息をしながら大きな声で「レミントン!」と叫びながら店に入った。店に入ってから、ひどく疲れていることに気がついてしばらくその場で息を整えようとする。しかし、キキが息を整えきる前に、「キキじゃないか!」という大きな声が聞こえた。キキがぎょっとして顔を上げると、そこには背は高いがひょろりとした男性が立っていて、それが『ドクトル』であると分かるのには時間がかからなかった。ドクトルは黒い髪を後ろに撫で付けて、ランバートのようなモノクルを片目にかけ、黄ばんだ白衣を着ている。中はやはり薄汚れた水色のストライプのシャツに赤いネクタイといった様子で、キキに言わせればどう見てもちんどん屋だった。キキはドクトルを見るなり目つきを悪くすると、「あなたに構っている暇はないの」とドクトルを避けるように店の中に入った。


「レミントン、ちょっと見てほしいことがあって」


 キキはカウンターにいたレミントンのところへ直行すると、ランバートを取り出して断りもせずにカウンターに広げ、プラスドライバーを取り出して先程のようにネジを取り外した。腹部のパネルを開き、それをレミントンに向ける。


「構造解析をしてほしい。ディスクならいくらでも払う」


 キキの勢いに気圧されたわけでもなく、レミントンは「キキの頼みなら、ディスクはいりません」とキャシーにそっくりの微笑を浮かべると、ランバートを解析しようと身を乗り出した。キキが固唾を飲んでその作業を見守ろうとしていたとき、静寂を破ったのはまたもやドクトルだった。


「これは驚いた! 第七世代のフロンティアチップじゃないか! こんなものをどこで手に入れたんだい」


 ドクトルはドタドタとキキに駆け寄ると、レミントンからランバートを奪おうとした。キキは苛々が頂点に達したとばかりに「いい加減にして!」と人生で一番の大声を出し、ドクトルを両手で目一杯突き飛ばす。ドクトルはとにかく細かったので、キキの力にも負けてよろりと数歩後退すると、それでもはっはっは、という特徴的な――キキに言わせれば癪に触る――笑い声を出した。


「まあまあ、別に奪おうって思っているんじゃないよ。それ、壊れているんだろう」

「あなたに関係ないじゃない。放っておいてよ。わたしはあなたなんかに弟子入りする気はない」

「私がそのロボットを修理出来るとしても、かい?」


 ドクトルはそこでようやく笑うのをやめて、真剣な顔になった。キキはドクトルを睨みつけたまま、「頭おかしいんじゃないの」と思ったままのことを口に出した。


「まあ、確かに頭がおかしいと言われることは多々あるが、これでも腕には自信がある。信じてもらうために、レミントン君の構造解析結果を当ててみせよう。フロンティアチップは戦前、旧世紀においてもっとも発達したCPUだ。マザーボードも同じ頃に作られたもので、配線を含めその他の動作機構もほとんど旧世紀の技術を用いて作られている。とどのつまり、現代の普通の技術では直せないということだね」


 キキがレミントンを見ると、レミントンは頷く。


「彼は間違っていません。確かにこのチップはフロンティアチップと呼ばれるCPUです。現代に流通しているのを見たことはありません。解析したところ、使われているパーツはほとんどが旧世紀のものです。これも市場に流通しているのを見たことがない」


 キキは呆気に取られて、思わずドクトルを見た。


「じゃあどうしてあなたに直せるっていうの」

「旧世紀の技術はわたしの専門なんだ。見たところ内部構造に大きな損傷はないから、恐らくはプログラムのエラーだろう。君のお祖父さまの家なら、設備が整っているね?」


 ドクトルは再びキキの神経を逆撫でするような笑みを浮かべて、両手を腰に当てる。キキはランバートを見、レミントンを見、ドクトルを見た後にもう一度ランバートを見て、「…本当に直せるのね?」と脅すような声を出したが、小柄な体躯の少女では脅しにもならなかった。ドクトルはニコニコと、ともすれば胡散臭いと言われるような笑顔で「任せたまえ」と断言した。


「さあ、時間は有限だ。そうと決まったらとっとと場所を変えようじゃあないか」


 ドクトルの言葉に、キキはぴくりと反応した。確かにリソースは有限だ。祖父も言っていた。ならばこの男も、たしかにそこそこの機械工であるのかもしれない。とはいえ、性格は気に食わない。キキはしばらく逡巡した後、自分に苛立っているかのように唸り声を上げると、ランバートを包み直してショルダーバッグに入れ、ドクトルの横に立った。ドクトルは至極満足げであった。

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