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第六章

 キャシーの持ち主はデイビッドという名前の五十代に差し掛かった男で、大工だった。普段は街中の家々を回って不具合を直しているので、日中は家にいない。元々は妻がいたが、早いうちに病気で亡くなってしまったので、家の雑事を頼むためにキャシーを雇っていた。祖父を亡くしたキキに同情的だったのも、キャシーのことで度々祖父を頼っていたこと以外に、親族を失うという辛さを味わっていたところも起因していた。デイビッドはあくまでもキキに優しかったが、キキはデイビッドとはろくに口を利かなかった。二日経っても、キキの頑なさは変わらなかったので、デイビッドはキキとの交流を半ば諦め、すべてをキャシーに任せていた。キャシーは家政婦アンドロイドだったから、子供の扱いについてもすべてプログラミングされていた。

 祖父のことについて、一度だけマーチンがキキの元を訪れたことがある。マーチンは誰かに言い含められたのか、先日の夜ほど直接的な言い方はしなかったが、キキの祖父が誰かに殺されたことははっきりしていること、それから、それが集団の犯行であったらしいことを伝えた。


「それ以外は、何もわからないんでしょ」


 玄関口でマーチンと対峙したキキは、まるでマーチンが祖父を殺した人物その人であるかのような目で睨みつけると、そう言った。マーチンはそんなキキに少なからず苛立ちを覚えたが、それ以外は調査中だ、と短く言ってからまた来る、というような内容のことをもごもごと言って帰っていった。マーチンが帰ると、キキはすぐにキャシーの元に向かって、キャシーに無言で抱きついた。キャシーはただただキキの頭を撫でるだけだった。


 訪問者がデイビッドの家の門を叩いたのは、キキの祖父がいなくなってからちょうど三日目の昼だった。応対したのはキャシーで、「どちら様ですか」という定型文の問いに、訪問者は「キキはいるかな」と大きく快活な声で聞き返した。キキはそのとき、居間のスプリングの飛び出したソファに座って錆びやすいランバートを磨いていたので、その声はしっかりと聞こえていた。だからこそ、ドキリとした。また学校の人間だろうか。キキはランバートを磨くのをやめて、道具をショルダーバッグに押し込むと隠れるように二階に駆け上がった。


「お名前とご要件を頂けなければ、申し訳ありませんが、ドアを開けることはできません」


 キャシーの声が聞こえてくる。訪問者の声はとにかく大きく、二階にも響いてきた。


「ああ、失礼。私の名前はドクトル。都市で機械工をしている者だ。ここに腕の立つ機械工の少女がいると聞いてね、勧誘に来たんだよ」


 『ドクトル』はさも楽しそうに、粗末な木のドアの向こうでそう言った。キキは学校の人間ではない、ということが分かって少し安堵すると共に、『ドクトル』の調子の良さが癪に触った。また変な奴が来た。自分の人生を引っ掻き回しに、だ。人間の行動には合理性が欠如していることが多い。他人の気持ちなど、大抵の場合はお構いなしなのだ。自分の立場をわきまえて、余計なことはしないアンドロイドと違って。

 キャシーは「少々お待ちください」とフラットな声で告げると、ギシギシ音のする階段を上がって二階に来ると、二階の隅でランバートを抱いたまま体育座りをしていたキキに目線を合わせるためにしゃがみこんだ。


「キキにお客様です」

「追い返して。今は人間と話したくない」

「では、そのように言っておきます」


 キャシーは例の微笑で頷きながらそう言うと、再び滑らかな動きで立ち上がり、階段をギシギシと一定の速度で降りていく。キキが大きなため息をつくのと、キャシーが「キキは今、人間とお話したくないと言っています」と訪問者にはっきり伝えたのは同時だった。訪問者の『ドクトル』はその言葉に、はっはっは、という絵に描いたような笑い声を上げた。


「それはなぜか、聞いても構わないかな?」

「キキは人間とお話したくないとおっしゃっているのです。それについて聞く、という行為はお話することと同義です。お引き取り願えますか」


 キャシーの言葉に、キキはそうだそうだと頷いた。だが『ドクトル』が引き下がる様子はない。


「私は優秀な機械工を勧誘して回っているのだよ。それに、聞き及んだところによると、キキは興味深いロボットを持っているそうじゃないか」


 それを聞いて、キキは思わずランバートを強く抱きしめた。なぜ、『ドクトル』はランバートのことを知っているのだろう。祖父の知り合いなのだろうか。そう考えて、キキはその考えを振り払うかのように首を振る。祖父がランバートについて話し合うような知り合いなら、祖父はその人物をキキに紹介しているはずだ。階下では、キャシーが声のトーンを柔和なものから、深刻なものに切り替えていた。


「お引き取り頂けないようでしたら、自警団を呼びます。これは迷惑行為だと判断致しました」

「少し古い型のアンドロイドだと見たね。融通が利かないな。まあでも私は諦めないよ。明日、また来よう」


 『ドクトル』はそう言って、ようやくどこかへ行ったようだ。キキがほっとして胸を撫で下ろすと、急に抱きしめていたランバートが突然ガガガガッ、っという異音を立ててめちゃくちゃに動き始めた。思わず手を離すと、ランバートは頭から地面に突っ伏して、それからなんとか起き上がったかと思えば、ピーッ、ピッ、という甲高い音を出しながらあっちへ行ったりこっちへ行ったりする。「ランバート!」というキキの焦った問いかけにも、ランバートは反応しなかった。『ドクトル』の対応を終えたキャシーが階段から再び上がってくると、ランバートは壁に激突して仰向けに倒れ、ガッ、ピーッ、という音を立てて動かなくなったところだった。キキは慌ててランバートの元に駆け寄り、ランバートを起こして何度も名前を呼ぶ。


「ランバート? どうしたの?」


 ランバートは答えない。キャシーは心配するようにゆっくりと眉根を下げて、故障ですか、と聞きながらランバートを見た。


「わからない。ランバート? ねえ、どうしたの」


 キキの二度目の問いに、ランバートはガッ、と何かが詰まったような音を立てて、いつになくぎこちない動作でキキのほうを向く。しかしすぐにその形で硬直してしまったので、キキはキャシーを見上げて「ダイニングテーブルを借りたいんだけど」と早口に言った。


「もちろんです。片付けておきましょう」


 キャシーはそう言って、先程より少し速い動作で階段を降りていく。キキはショルダーバッグを掴んで首が変な方向に曲がったままのランバートを抱くと、バタバタとその後をついて階下に降りた。デイビッドの家のダイニングテーブルはところどころが欠けているが、丸く大きな、上等そうなテーブルだった。初めてデイビッドの家に入ったとき、キキですらさすがは大工の仕事だ、と思わざるを得なかった。

 テーブルにつくと、キキはランバートを置き、ショルダーバッグからすべての工具を取り出して順番にテーブルに並べていく。ランバートの下にはすっかり真っ黒になった布を敷き、キキは手始めにドライバーを何本か引き寄せると、ランバートのネジに合うプラスドライバーを選び始めた。そのうちの一つが使えそうだったので、キキは手慣れた動作でランバートの胴体部分のネジを外していくと、失くすことがないように布の上にひとつひとつ外したネジを置いていく。


 胴体を開いて、キキは唖然とした。


 ランバートの構造は、キキが一度も見たことのない複雑さだった。

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