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第五章

 キキがアンジーを連れて家に戻ったとき、家の周りには人だかりができていた。街は小さかったから、見知った面々ばかりだった。何かがおかしい、とキキが思ったのは、街の自警団が駆けつけていたからだ。それを見るなり、キキはアンジーを置いてランバートを抱えたまま野次馬の中に突っ込んでいった。アンジーはそれを見て、意を決したようにキキの後に続いた。


「通して!」


 キキは甲高く叫びながら身体を横にして野次馬の間を強引に割って抜け、アンジーもそれに続く。野次馬の壁から二人がようやく抜け出すと、家の前には自警団の一人――トーマスという名前の、まだ若く気弱そうな青年――が仁王立ちしていた。トーマスは反射的にキキたちの侵入を拒もうとしたが、その顔代わる代わるを見ると、すぐにそれがキキとアンジーだと認識して大いに慌てた。


「キキじゃないか。アンジーまで」

「何が起きてるの? 通して」

「今は入らないほうがいい」


 トーマスはキキの両肩に手を置こうとしたが、キキはすぐにそれを振り払ってトーマスの横をすり抜けた。トーマスはその後ろ姿に「キキ、やめておけ!」と叫んでいたが、キキの耳には何も聞こえていない。アンジーも無言でその後を追い、二人がどういうわけかドアが開きっぱなしになっていた玄関に立つと、その目に飛び込んできたのは街医者のニュートンと、トーマスよりもよっぽどがっしりとした自警団の二人組、それから、


 床に突っ伏したキキの祖父の姿だった。


「おじいちゃん!」


 キキは短く叫んでランバートを取り落とし、祖父の元に向かう。落とされたランバートは顔から墜落したが、アンジーは急いでそれを拾うと抱きかかえたまま、その場で遠巻きに事態を見守った。キキは床に膝をついて「おじいちゃん」と何度も連呼していたが、街医者のニュートンはそんなキキの肩に手を置くと、振り返るキキに向かって首を振った。キキの祖父は、既に絶命していた。


「そんな」


 キキが小さく呟いて、すぐにその大きな瞳からぼろぼろと涙を流し始める。キキはそのまま祖父の遺体に突っ伏すと、外の野次馬にも届くほどの大声で泣いた。そして、誰もそれを止めようとはしなかった。アンジーは二、三歩キキのほうに近づいたが、キキの祖父の生気のない青い片手を見てしまったところで、思わず目を逸らしてランバートを抱きしめた。それまで無言だったランバートは、アンジーの腕からもぞもぞと抜け出すと、飛び降りて転び、立ち上がってキキの元へ向かう。その珍妙なロボットの登場に、ニュートンも自警団もぎょっとしたが、キキはそのギシギシとした耳慣れた音にようやく顔を上げてランバートを見た。


「ランバート」

「キキ、カナシイ」


 ランバートが本当に慰めるような声を出したのか、その状況とキキの耳がそうさせていたのかは分からなかった。ランバートを見ていると、ランバートの完成を喜んでいた祖父の姿が目に浮かび、ランバートを引き寄せてキキは再び号泣した。そして号泣しきってから、ニュートンを振り向き、「何が起きたの」と小さな涙声で聞いた。


「その、なんとも言いにくいが」


 ニュートンはキキの質問に、祖父よりも真っ白な白髪頭を掻いた。頭の頂点が禿げており、残りの髪は爆発事故にでも巻き込まれたかのように縮れている。ニュートンはしばらくキキにとって刺激的すぎない、それでも現実を伝えられる最適な言葉を探そうと努力していたが、その努力は自警団の一人に遮られた。


「殺人事件だと思っている」


 トーマスよりよっぽどがっしりとした体躯の、筋骨隆々としたその男の名前はマーチンといった。キキはその言葉を聞くと、ニュートンを見、それからマーチンを見て、涙目のままランバートを床に置いて立ち上がると、つかつかとマーチンに歩み寄る。


「そういうのを防ぐのがあなたたちの役目じゃなかったの。どうしてこんなことになってしまったの」

「これは普通の事件じゃないんだよ、キキ」

「おじいちゃんは誰に殺されたの」


 キキはマーチンの弁解には興味がないとばかりに質問を畳み掛けた。背の丈がゆうに六フィートを超えていそうなマーチンを見上げると、キキの首はほとんど直角に後ろに倒れていた。マーチンはキキの質問に、困ったように、ただしどこか鬱陶しそうに肩をすくめる。


「少なくとも、どこかの人間の仕業だね」


 マーチンが適当にそう答えると、薄いピンク色に染まりかけていた顔は耳まで真っ赤になった。そうだ、人間だ。キキは思い出した。自己中心的で、感情が抑えられず、人を無為に傷つけるような種族。自分は人間が大嫌いだった。キキは思い出して、両手の爪が手に食い込むほどに拳を握った。


「キキ」


 背後ではマーチンの不躾さを嘆きながら、ニュートンがキキの祖父の遺体にボロ布をかけたので、アンジーもようやくキキに近づくことが出来た。心配そうにその名前を呼ぶアンジーに、キキはこれ以上ないほど憎しみのこもった目でアンジーを睨む。大体あなたが、とキキは歯ぎしりをしながら唸った。その耳にはまだ白い花が挟まっていたが、段々としおれてきていた。


「あなたがわたしの一日を台無しにしなけりゃ、わたしはずっとここにいたはずだったんだ。そしたら、おじいちゃんはこんな目に遭わなくて済んだかもしれない」


 キキは再び涙を目に貯めると、しゃくりあげるように続けた。アンジーはごめんなさい、とすぐにか細い声で謝罪をしたが、キキはそれを受け入れなかった。とっとと出ていって、とキキは小さく言った後、


「出ていって!」


 と叫んだ。アンジーはすっかり元のアンジーに戻ってしまっていたから、キキの言葉に従う以外に道はなかった。アンジーは最後にランバートを名残惜しそうに見て、またね、と言おうとしてやめる。アンジーはそのままとぼとぼとキキの家を後にした。これから母親にこっぴどく叱られるかもしれない、ということより、キキに拒絶されてしまったことのほうがショックだった。

 その後数時間にわたって、キキの家には人が出たり入ったりしていた。出入りしていたのは主にニュートンや自警団の人々だったが、祖父の懇意にしていた客も時折入ってきては、祖父の遺体を見て頭を下げ、キキにもごもごと慰めにもならないような言葉をかけていくのだった。その中には、キャシーとキャシーの持ち主も含まれていた。キャシーを見たとき、キキはなんとも言えない安心感に包まれていた。


「キャシー」

「キキ。この度は、ご愁傷様です」


 キキがキャシーの名前を呼ぶと、キャシーは持ち主と短い会話を交わしてから、キキの方に歩み寄った。右腕はすっかり治っている。ブロンドの髪を一つにまとめた、すっきりしているがとにかく端正な顔立ちのアンドロイドだ。キャシーは誰もキキにはっきりとは言わなかったその言葉をしっかり発声すると、キキに目線を合わせるためにその場にしゃがみこんだ。キキはすっかり泣きはらした顔をしていたが、もうとっくに涙は枯れていた。キャシーはそうプログラムされているのか、キキの頭を片手で撫でた。


「大変でしたね」

「キャシー、わたしはもう人間が信じられないよ」

「そう感じるのも無理はないと思います」


 キャシーは同情のこもった、それでいて何の誤差もない声で言った。キキはそこでようやく我慢していたように息を吐いて、膝に乗せていたランバートを抱いた。キャシーはランバートを見てから、滑らかな動作で再びキキを見ると、その腕に手をかける。


「キキは今日、あまりにもたくさんのことを経験しすぎましたね。休息が必要です」


 キャシーの言葉に、キキは頷く。それでも、祖父の遺体のあるこの家で眠る気にはなれなかったので、キャシーに頼んでしばらくは持ち主の家に寝泊まりさせてもらうことになった。この後に及んで人間を頼るのは癪だったが、キキはキャシーのそばにいたかった。アンジーのことは、もうキキの頭の中から消え去っていた。

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