表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/40

第三十四章

 部屋を出たキキが連れて行かれたのは、キャシーが囚われていた部屋の一つ下の階の中心にある円形の部屋だった。部屋はガラス張りで、部屋の中心には大きな柱がある。その柱は真っ黒で、よく見ると様々なケーブルやパイプが張り巡らされ、それらすべてが曇りガラスのドアのついたボックスに繋がっていた。ボックスは人一人が丸まればやっと入れるくらいの大きさで、部屋に連れ込まれたキキにはそこに何があるのかはっきりと分かっていた。先程キャシーを探したときに見つけた、もう一体のアンドロイドだ。そしてそれがドクトルが大切に保管しているものならば、ドクトルの娘の素体だと考えて間違いないだろう、とキキは思った。ここまでの道のりで、キキは抵抗することもなかった。ロボットに片腕を掴まれ、背後にはぴったりとレイダーボットが一体ついていた。勝算などどこにもなかったのだ。部屋につくと、ロボットたちはドクトルの合図で退室した。キキの背後でドアがプシュッという音を立てて閉まり、カチャ、という音が続いてロックがかかったようだった。


「さあ、こっちに来たまえ」


 先に黒い柱のほうへ歩いていたドクトルは、意気揚々とキキに声をかけた。柱のちょうどボックスの前に当たる場所には、人が横たわることのできるベッドのようなものが置いてある。ベッドと違うのは、それにはある程度高さがあり、足は金属で出来ていて、キキの見立てたところでは上下に高さが変えられるところだ。寝ることが出来る部分は緑色のビニール素材で覆われていて、ドクトルはその表面をぽんぽんと叩くと、「私は待ちくたびれたんだよ」と玩具を前にしてはしゃぐ子供のように言った。まるでキキが何かの箱に入っていて、それを早く開けたくてたまらない、といった様子だった。


「キキ、まだ取引は有効なんだよ。君が大人しくこっちに来て、私の指示に従うなら、君の仲間は全員解放してあげよう」


 そう言ってから、ドクトルはすぐに「もっとも」と人差し指を立てた。


「君がそんなに哀れみをもった人物だとは思えないけれどね。感情ではなく合理性を何よりも重んじるタイプだ。エンジニア向きだが、同時に非常にアンドロイド的思考だとも言える」


 キキは終始無言だった。ドクトルを無表情で見つめたまま、ゆっくりと思考していた。ここから逃げ出すことは到底不可能だ。だったら大人しくドクトルの言うことを聞いて、分解されてしまえばいいのだろうか。逃げ出したところで、自分からこれから送る人生に、価値はあるのだろうか。分解されて、そこで終わってしまう自分の人生に、価値はあるのだろうか。ドクトルはそんなキキに眉間に皺を寄せると、「まあ、なんにせよ君に選択権はないんだけれどもね」と言って近くにあったボタンを押し、二足歩行のロボットを二体召喚した。ロボットたちはガチャンガチャンと大きな足音を立ててドクトルが開いたドアから入室すると、キキの両脇を持ち上げて例の緑色の寝台に乗せた。キキはやはり抵抗しなかった。抵抗しても無駄だから、という点もあったが、それ以上に考えることがたくさんあった。無抵抗に横にされたキキに、ドクトルは満足そうにしながらキキの両手と両足を金属の手錠のようなもので固定すると、キキの頭上にあったボックスのドアを開いた。ボックスのドアはシューッと何かを吐き出すような音を立てて上に向かって開き、キキはそこではじめて『アリア』と対面した。


「君は無に帰すわけじゃない。アリアとして、新しい人生を歩むんだよ」


 ドクトルはそう言うと、にっかりと笑った。




 捕縛されたケルビンたちは、特に部屋を移されることもなく、ただ手錠を後ろ手にかけられて全員が床に座り込んでいた。所持していた銃火器はすべて奪われていて、アンジーは不安のあまり泣くこともできなくなっていた。「わたしたち、これからどうなっちゃうのかしら」とアンジーは小さい声で誰に言うでもなく呟いたが、「少なくとも、人間のお二方は無事なんじゃないかな」とアンダーソンがきょろきょろと辺りを見回しながら言った。


「ボクとキャシーは分解すれば部品が出るけど、人間はそうもいかないだろ」

「それでも、この博物館の存在を知った以上、生きては帰さないんじゃないかね」


 ケルビンは一人あぐらをかいて、すべてを受け入れたような顔で言った。「娘のところに行くのが少し早まっただけだ」というケルビンの言葉に、アンジーは今度こそ泣きそうな顔になって「わたし、まだ死にたくないわ」と震えた声を出す。ケルビンはそれを聞いてからようやくバツが悪そうに表情を変え、それでもどうアンジーをなだめたものか分からなかった。アンジーは俯いて、「キキも心配よ」と付け加えた。


「ここから抜け出す方法はないの?」


 アンジーはケルビンとアンダーソンを交互に見て、すがるように言った。ケルビンは肩をすくめたが、アンダーソンは先程から手首についた手錠をガチャガチャと言わせながら何かを試みていて、「これが外せればいいんだけど」と言う。それを見たアンジーは同じように手錠をガチャガチャと動かしてみたが、手首が痛くなったのですぐにやめた。ドアがノックされたのは、そのときだった。

 キャシーを除いた一同が凍りついたようにドアを見ると、「アンジー?」という小さな声がする。それがビートルの声だ、とすぐに分かったのはアンジーで、「ビートル!」とアンジーは大きな声を出した。ドアの向こうでビートルは「声が大きいよ」と小声で囁き、「ちょっと待っててくれ」と続けた。ビートルはどうやらカードリーダーにカードをかざしたようで、ピッという音の後にドアのロックが外れる。ビートルは続けて少しだけドアが開くと、その隙間から滑り込むように部屋に入り、すぐにロックをかけ直した。「無事でよかった」とビートルはため息をついた。アンジーは目を丸くして、「ご両親のことはどうしたの」と聞いた。


「話せば長くなるけど、ドクトルが作ってるのは人間なんかじゃなかった」


 ビートルはそう言いながら、一番近くにいたアンダーソンの手錠を確認して、「こればっかりはおれにもどうにもできないな」と困った声を出す。「人間じゃないって、どういうことなの」とさらに質問を畳み掛けるアンジーを遮るように、「これ、どういう仕組みなんだい?」とアンダーソンがなんとか振り向いて手錠を見ようとしながら言った。


「簡単だよ。鍵が必要なだけなんだ」

「その鍵は何か特殊なものなのかい?」


 アンダーソンの言葉に、ビートルは「違うと思う」とすぐに返した。するとアンダーソンは「それなら」と自身の右手で自身の左手を掴むと、「ちょっと見るに耐えないところを見せるけれど」とアンジーに断って、自身の左手を外した。アンジーがはっと息を飲み、「何をしてるの!」と声を上げてしまってから、しまったと慌てて口を閉じる。「認めたくはないけど、ボクはアンドロイドなんだよ。痛覚はないんだ」と言ったアンダーソンは得意げに手錠のぶら下がった右手を上げてみせると、手錠を観察してから「確かに簡単な作りだね」と左手から飛び出していた針金を一本折り取った。


「ロックピッキング大会だ」


 アンダーソンは真面目な顔になって自分の手錠を外してみせると、それから順繰りとキャシー、アンジー、それからケルビンの手錠を外した。アンジーとケルビンは手錠が外されるなり、傷んでいた肩と手首をさすりながらアンダーソンを見る。「やるじゃないか」というケルビンの言葉に、アンダーソンはとんと胸を叩いて「年の功ってやつだね」と笑った。軽く安堵の気持ちに包まれていた一同に、「これからどうする?」と現実的に聞いたのはビートルで、アンジーは真剣な顔になって即答した。


「キキを、助けに行くわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ