第三十二章
キキたちが侵入したドアの先は、昔は物置に使われていたようだった。縦に細長い金属製の四角いコンテナのようなものや、柄のやたらと長いブラシが乱雑に置かれている。部屋の奥には下る階段があり、その先に角から塗装の剥げた赤いドアがあった。キキが試しに取っ手に手をかけてもドアはしっかりとロックされていたが、キキが観察したところ、それは電子制御ではなかった。「単純にロックがかけられている」とキキは呟いてから、ドアと壁の接地面のある場所を指して、「ここを壊してほしい」とケルビンを振り返った。
「恐らくその銃なら貫通するはず。心配なのは音だ」
キキの言葉に、ケルビンはずっと背負っていた小振りなリュックを下ろすと、中身を引っ掻き回し始める。ケルビンがそこから取り出したのは細長い筒のようなもので、ケルビンはそれを自身のライフルの先端に取り付けながら、「これはサプレッサーというものだ」と説明した。
「無音にはならないが、音は抑えられる。下がってくれ」
ケルビンの言葉に、キキは道を開けるように後退し、ケルビンのすぐ後方についた。ケルビンは逆にドアに近寄り、先程キキが指さした部分を的確に撃つ。音は確かに今まで三人が聞いていたものよりずっと小さかったが、それでもそれなりの音が出たので、四人は念の為ドアから離れると、ケルビンとアンジーは右手に、キキとアンダーソンは左手に回って様子を伺った。五分ほど待っても、誰かが来る気配はない。キキはケルビンに目で合図を送ると、再びドアに戻って一度しゃがみ込みこんでそっと取っ手を下げた。ドアはキィ、という小さな音を立てて内に開いた。
キキに倣って、後続の三人もしゃがんでいた。ドアの先にあったのは無機質なコンクリートの廊下で、今にも切れそうな電球がなんとか道を照らしている。足音を立てないように気を配りながらキキが次の鼠色のドアに辿り着くと、そちらにもしっかりとロックがかかっていた。キキはドアの周辺をしゃがみこんだままくまなく視線で調べ、「こっちは電子ロックだね」と独り言を言った。だが、ドアの周りには博物館のドアの制御ボックスについていたような『カードリーダー』は存在しない。その代わりによく観察すると、照明のせいで薄暗くはっきりしなかったドアの左の隅に、小さなボックスが取り付けられていた。キキはそれを目ざとく見つけると、ショルダーバッグを下ろして工具を取り出し、小さな白いボックスを開ける。こちらのドアの利用頻度は想定されていないのか、構造は至って単純だった。キキが少し配線をいじると、ドアのロックがカチッという小気味の良い音を立てた。今度のドアは整備がなされていたのか、ゆっくりと開いてみても音は立たなかった。そしてその先には、キキたちが見たこともないような真っ白な世界が広がっていた。
「すごい」
アンジーは思わずそうこぼしてから、慌てて手で口を塞いだ。床も壁も天井も真っ白だ。くわえて、眩しいほどの照明が途切れることなく天井に配置されている。キキたちが辿り着いた場所には幸運にも箱が山積みにされていて、キキたちはその箱の影に隠れるようにしてドクトルの施設の中に侵入した。箱の先ではレイダーボットによく似たピカピカのロボットたちがたまに行ったり来たりを繰り返していて、その先はガラス張りになっており、どうやら更に下に階があるようだ。キキは目をぎゅっと瞑って集中すると、その施設の全貌を頭に浮かび上がらせようとした。自分にはそれが可能なのだ、とキキは何度も自分に言い聞かせた。ケルビンたちが心配そうにキキを見つめる中、キキは突然閃いたとばかりに目を開けた。「大体のマップは分かった」とキキは三人を順番に見やった。「あとはキャシーの居場所だけど」とキキは続ける。
「わたしのアンドロイドとしての認識によれば、アンドロイドやロボットは特有の電気信号を発しているみたい。アンダーソンもそうだし、レイダーボットたちもそう。でもアンドロイドとロボットが発する信号は明らかに違う。そして、わたしとアンダーソンを除くなら、ここにいるアンドロイドは二体だけ」
「どっちがキャシーなの?」
アンジーはキキににじり寄りながら、早口で囁くように聞いた。キキはアンジーを見てから、「一人はこの施設のど真ん中にいる。もう一人はこの階のある部屋の中。どっちがどっちだか、こればかりはわたしにも分からない」と困ったように続けた。ケルビンはそれを聞くと、ライフルを背負い直して「少なくとも、施設の真ん中に躍り出るのは自殺行為だな」とあくまでも落ち着いた声で言う。キキはケルビンを見て、「わたしもそう思う」と頷いた。
「一か八か、部屋にいるアンドロイドがキャシーであることを祈ろう。そうでなければ、ドクトルと直接対峙するしかない」
そう続けたキキはそこで決心したように自分にも頷いてみせて、「ロボットたちの動きにはある程度規則性がある」と箱の影からロボットたちの動きを見守った。「ここからキャシーがいるかもしれない部屋まではそう遠くない。その道筋にロボットがまったくいなくなるタイミングもある」とキキはロボットたちを観察したまま言い、それから三人を振り向いた。
「わたしを信用してほしい。わたしが右手を上げたらここを右折して、ドアを一つ超えたらその先をさらに右に曲がると、すぐに行き止まりになる。行き止まりの左手にドアがあって、そこがキャシーがいるかもしれないところ」
「猶予は何分だ?」
「一分もない。可能かな」
ケルビンの質問にキキは少し自信をなくした声を出す。「まったく無理ってわけじゃあないと思うよ」となんとか抑えた声で返事をしたのはアンダーソンだった。「ここまで来たんだ。今更引き返すわけにもいかない」と渋々ながらケルビンが言い、「わたし、頑張るわ」とアンジーが続いた。キキは三人を改めて見回すと、「それじゃあ、合図で行くよ」と再び目を瞑ってタイミングを伺った。キキにはロボットたちの動きが手に取るように分かっていた。頭の中のマップを、ロボットたちが規則的に行ったり来たりする。ある瞬間で、キキは反射的に右手を上げると、しゃがんだまま箱の影から飛び出して走り出した。その後にケルビンがアンジーを押し出してキキの後に続かせ、その後に自身もつくと、アンダーソンが最後尾を走る。しゃがんでいたのでスピードが出しにくかったが、キキは飛び込むように目標の行き止まりに入ると、勢い余ったアンジーがキキに当たって転び、ケルビンとアンダーソンも収まった。瞬間、ロボットがブーンという音を立てて通り過ぎていった。「五体満足なようだ」とケルビンは皮肉った。
問題のドアは『カードリーダー』でロックされている仕組みになっていたが、これもキキは仕組みを見破っていた。『カードリーダー』は特定の磁気に反応するようになっている、という事実は記憶の中にあった。それが旧世紀の頃の自身の記憶であることは明白で、キキには自身がなぜそんな知識まで持ち合わせているのかが不思議だったが、今はそんなことに構っていられる時でもなかった。キキはロボットがいなくなったタイミングを見計らって立ち上がり、『カードリーダー』に右手をかざすと、ピピッという音の後にドアのロックが控えめな音を立てて開いた。キキがドアを開き、続けて三人が急いで中に入る。ドアを後ろ手に閉めてキキが顔を上げると、そこに立っていたのはキャシーだった。キャシーは棒立ちをしたまま生気のない顔で、「どのようにお役に立てますでしょうか」と無機質な声を出した。




