第二十七章
「幸運を祈る」
「待ってくれ」
そう言い残したドクトルが博物館の中へと下がろうとすると、ビートルが一同の前に躍り出た。ドクトルはそれを待っていたかのようにふと振り向き、「どうしたんだい」と驚いたふりをしていつものわざとらしい声を出す。ビートルはドクトルを真っ直ぐに見つめたまま、「おれも一緒に連れて行ってほしい」とはっきり言い切った。「なんてことを言うの!」と甲高く叫んだのはアンジーで、「ビートル、やめなさい」と低い声で唸ったのはキャシーだった。ビートルは振り向いて一同を見たが、決心は固かった。
「正常な判断だと、私は思うけれどね」
ビートルを引き止めようとする二人を嘲笑うように、ドクトルはようやく本性を出したとばかりに意地悪く笑う。ドクトルが「よろしい」と優しくビートルの肩を抱くと「君のご両親をこの世に生き返らせようじゃないか」と陽気な声を出し、二人はゆっくりと博物館の中に消えていった。ビートルは最後に一度だけ後ろを見たが、その顔には不安も心配も映っていなかった。
ドクトルとビートルが下がった代わりに、レイダーボットたちが前に進み出た。キキは依然として棒立ちになっていたが、「キキ、あの男に耳を貸す必要はありません」とキャシーに肩を揺さぶられ、ようやく現実に戻ってきたようだった。続けてアンジーも、背後から「キキがアンドロイドなわけがないわ」とライフルを構えて凛としたまま言う。「絶対、あの男があなたを騙そうとしているのよ」と続けたアンジーは、ロボットのタイヤを狙っていた。
「分が悪すぎる」
というケルビンが背後のドアを見ると、博物館の玄関口はどちらも閉まっていた。アンジーが即座にドアに向かい、開こうとしてもロックが掛かっていた。そのうちにレイダーボットの射撃が始まり、一同は思わずしゃがみ込む。「物陰に隠れろ」というケルビンの指示で、キキとキャシーは博物館のカウンターと思しきものの後ろに、そしてケルビンとアンジー、アンダーソンの三人はカウンターの向かいにある柱に影に隠れた。「これからどうするの」と焦ったアンジーが叫ぶ。キキは物陰から少しだけ顔を出してレイダーボットを見、後ろのドアを見た。「あれは電子ロックだ」とひらめいたように言った。キキはドアから繋がっているケーブルを視線で辿ると、ケルビンたちが隠れている柱の後ろに小さな箱がついているのを見つける。ケルビンとアンジーはそれぞれ迎撃していたが、首を折ってもレイダーボットは攻撃を続けた。
「ドアを開けられるかもしれない。そっちに向かいたい」
銃撃の中キキがそう叫ぶと、ケルビンがこちらを見て、「援護する。走って来い」と叫び返す。「ボクが囮になる」と言い出したのはアンダーソンで、アンジーは「危険よ」とアンダーソンを見上げたが、「この間も銃弾に当たったけど、無事だったんだ。結構頑丈みたいなんだよ」とアンダーソンはキキを見た。キキは頷き、それを合図にケルビンが何発かライフルを撃ち、それらは正確にレイダーボットの頭に当たった。ライフルの銃弾はレイダーボットに傷一つつけられなかったが、頭を揺らがせることはできたので、その間にアンダーソンが「こっちだ!」と叫びながら柱から身体を出し、同時にキキがしゃがんだままカウンターから走り出た。銃撃はアンダーソンに向かったが、アンダーソンの元の身体はたしかに頑丈だった。ただ、キキが金属板で継ぎ接ぎした部分は銃弾が貫通してしまっていた。銃弾はキキにも一度当たり、キキは倒れ込みそうになったが、すぐにバランスを取り戻して柱に辿り着く。柱に着いたところでアンダーソンが再び引っ込み、キキは銃弾が当たったはずの右腕を見て呆けていた。自分には何の傷もついていなかった。
「キキ、急いで」
再び靄の中に取り込まれそうになっていたキキは、アンジーの声で我に返る。銃撃がまた始まる中、キキは素早い動作でずっと斜めがけにしていたショルダーバッグを下ろし、中から工具を取り出した。箱自体にも何らかのロックが掛かっていたことは明白だったが、鍵穴がない。箱の右側には平べったい何かを差し込むためのスロットがついていて、キキは再度弾かれるような感覚を覚えた。あれはカードリーダーだ。特定のカードがなければ、あの箱を開けることはできない。キキは一瞬だけ悩むと、カードリーダーは無視して一番大きなマイナスドライバーを握ると、箱の扉部分にあった狭い隙間にそれを差し込み、てこにして無理やり開けようとした。かなりの力が必要だったが、アンダーソンが手を出そうとしたその前に、キキは箱の扉を開けることに成功した。あまりの力に、箱の扉が弾けて飛んでいったほどだった。その様子に一同は全員驚いたが、キキは内部の配線を見ると、「こっちは単純だ」と呟いてニッパーを取り出し、二本のケーブルを切断するとそれらを繋いだ。同時にガチャリという大きな音がして、博物館のドアが開く。「急げ!」と叫んだのはケルビンで、真っ先にドアを開けに走ったのはアンジーだった。博物館のドアが開き、一同が雪崩のように外に出ていく。尚も銃撃は止まらなかったが、レイダーボットが追ってくる様子はなかった。そもそも博物館の前は階段になっていたので、出てきたとしても追ってはこれないはずだった。
博物館から逃げ出した一同は、そのまま走って繁華街まで逃げた。随分走ったところで、「待って」というアンジーのか細い声で皆が足を止める。アンジーは肩で息をしながら「ごめんなさい、これ以上は無理よ」と謝ったが、「ここまで来ればしばらくは大丈夫だろう」とケルビンが優しくアンジーの背中をさすった。ケルビンの息もかなり上がっていたが、キャシーとアンダーソン、それからキキの三人は先程まで走っていたとは思えないほど平静を保っていた。アンダーソンは心配そうにキキを見た。キキは自分の右腕を見てから、自分の手のひらを見て唖然としていた。
「確かに撃たれたはずなのに」
「当たっていなかったのかもしれないじゃない」
なんとか息を整えたアンジーがキキに言ったが、キキにはそれが信じられなかった。確かに衝撃はあったのだ。それに、あの箱をこじ開けたときの馬鹿力は一体何だったのだろうか。それ以前に、あの箱に取り付けられていた見たこともない機械が『カードリーダー』であることを理解できたのはなぜなのか。
「前にもあったんだ。電子ロックのパスコードがすぐに分かった」
キキは誰に言うでもなく、ただただ無表情で言った。「それはきっと偶然よ」とアンジーは更に擁護しようとしたが、キャシーとアンダーソンは何も言えなくなっていた。キキは助けを求めるようにキャシーとアンダーソンを見たが、どちらも困った顔をするばかりだった。そうだ、きっと自分は本当にアンドロイドなのだ。
「…一人にしてほしい」
キキは俯くと、小さな声で言った。「そんなの危険だわ」とアンジーはキキの前に立つと、両手首を掴んで「キキは人間よ」と言い聞かせるように言う。キキは「放っておいてよ」とさらに小さな声で言ったが、アンジーは諦めなかった。「アンドロイドだとしたって、何も変わらないじゃない」と懇願するように続けた。「キキだってそう思うでしょ。キャシーが人間だって、アンドロイドだって、キャシーはキャシーよ」とアンジーが言い切るが早いか、キキはかっとなって、次の瞬間には大声で叫んでいた。
「うるさいんだよ」
キキはその発言を、まったく後悔していなかった。
「あなたに何が分かるの? わたしの気持ちを知ることもできないのに好き放題言って。放っておいてくれって言ってるのに」
キキはそこまで一息で言うと、大きく深呼吸をして、
「これだから人間は大嫌いなんだ!」
と叫んで踵を返して走り出し、繁華街に消えていった。一同の誰も、キキを追うことができなかった。




