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第二十六章

 キキの祖父がキキと出会ったのは、まったくの偶然だった。キキの祖父は旧世紀のパーツを求めて様々な場所を旅していて、キキは都市の廃屋に捨てられていた。肌の色はところどころ剥げていたが、その他に見たところ大きな損傷はなく、そしてその姿は人間のようだった。キキの祖父がそれを見て、はじめは死体が捨てられているのだと思ったほどだ。旧世紀の珍しそうなアンドロイドが捨てられていたことに、キキの祖父はとにかく驚いた。それでキキを――当時はキキという名前すらなかったが――家に持って帰ると、キキをパソコンに繋ごうとしたが、キキにはアンドロイドに必ずあるはずのプラグがどこにもなかった。仕方がないので分解を試みようともしたが、パーツとパーツの継ぎ目すら分からない。本当に人間なのではないか、と思ったところで、キキの祖父はキキの後頭部の頭皮に開閉できるフラップがついていることに気づいた。そこを開くと、アンドロイド特有のプラグが確かに存在していた。キキの祖父はキキをパソコンに繋いで起動に成功したが、キキは起き上がるとキキの祖父を見て大いに怯えた。「あなた、誰」というのがキキの第一声だった。


「落ち着いてくれ。傷つけようとしているのではないんだ」

「嘘だ。わたしの前の持ち主は、わたしが『悪い子』だからって暴力を振るったよ」


 キキは自分の頭に繋がれているプラグを勝手に抜くと、キキの祖父からなるべく離れるようにじりじりと壁に向かって後退した。「自我があるのか?」とキキの祖父が聞くと、キキはキキの祖父に攻撃的な視線を向けながら頷いた。「そういう風に作られた。わたしは限りなく人間に近くなるように設計されている」とキキはぶっきらぼうに続ける。キキの祖父は驚くばかりだった。それからキキは錆び付いた品ばかりが並ぶキキの祖父の家を観察すると、「酷い家だね」と一言付け加えた。


「戦争については知っているか?」


 キキの祖父がそう聞くと、キキは首を傾げた。「今が何年だか分かるか?」という続きの質問には、「二千三十三年」と答える。それは戦争が起きた年と語り継がれている年で、今はそれから二百年ほど経っていると推測されていた。キキはあの廃屋に、幸か不幸か二百年ほど放置されていたらしい。キキの祖父は「君の記憶は随分昔で止まってしまっているようだ」と感嘆とも絶望とも取れる声で言った。「窓の外を見てごらん」とキキの祖父はキキを促し、キキはキキの祖父を睨んだまま目線を離さないように窓に近づき、外を見ると絶句した。そこには粗末な建物が並んでいて、植物はすべて枯れ果て、ボロボロの服を着た人間が行ったり来たりしていた。


「何が起きているの」


 キキはキキの祖父を振り返り、困惑した表情で言う。祖父は「大きな戦争があったんだ」とだけ言うと、「これじゃSF小説のディストピアだ」とキキは再び窓の外を食い入るように見つめた。『SF小説』も『ディストピア』もキキの祖父の知らない単語だったが、「とにかく」とキキの祖父は腕を組んだ。


「君がその状態で外に出るのは危険だ。君のようなアンドロイドを誰も見たことがない。きっと色んな連中に追われることになる」

「当然。わたしはプロトタイプだから、わたしのようなアンドロイドは他に存在しない。でも追われるなんておかしい。わたしは人間にしか見えないように出来ている。子供のいない家族に、人間らしいアンドロイドを提供できるか試験的なテストをしていたの」

「それでもだ。君の旧世紀の記憶と現状の齟齬を隠しきれるとは思えない」


 キキの祖父が強い口調でそう言うと、キキは「旧世紀だなんて」と鼻で笑ったが、キキの祖父は至って真面目な顔をしていた。「メモリーを更新したほうがいい。今の世界の情報を取り込む気はないか」というキキの祖父の言葉に、キキは考え込んだ。データの更新について、キキに抵抗はなかった。プロトタイプとして、調整のためにそんなことは何度でも行われていたからだ。「そのアイデアは構わないけど、他に何もいじらないでよ」とキキは険しい顔をしたまま言う。キキの祖父は「もちろんだ」と請け合ったが、それは真っ赤な嘘だった。キキの性格からして、この世界で普通に生きていくことができるとはまったく思えなかった。祖父はキキのデータを抹消して、新しい記憶を植え付けることを考えていた。キキが普通の人間の少女で、自分が祖父である、という記憶を。

 そして今、キキは当然何も理解できないでいた。ドクトルは「これは私が特別に製作した機械でね」と意気揚々と続けていた。「人間とアンドロイドを識別できるスキャナーみたいなものだ」という言葉の後に、玩具で遊んでいるかのように再びレーザーを一同に向ける。ケルビンには『生体を認証』という無機質な声がしたが、キキにレーザーが当たると、『アンドロイドを認証』としか言わなかった。「そんな機械、信用できるわけがありません」とキャシーは強い声で言う。キキは呆然と立ち尽くすばかりだった。頭の中がただただぼやけていた。自身がアンドロイドである、という可能性を、肯定も否定もできなかった。脳が働かなかったからだ。


「君のお祖父さんが真に隠したかったものは、キキ、君なんだよ」


 ドクトルは機械を白衣のポケットにしまうと、「さあ、こっちに来るんだ」とランバートを無造作に捨て、両手を大きく開いた。その動作にはキキもさすがに反応したが、感情がなくなってしまったようだった。


「君がいれば、私は私の亡くなった娘を取り戻すことができる」


 以前としてにこにことしているドクトルは、高揚したまま続けた。キキはドクトルに娘がいたのか、と場違いなことを考えるしかなかった。ドクトルはそのキキの思考を読んだかのように、「病死だった。この世界ではどうにもならない病気だった」と少しトーンを下げて言った。


「だが君のチップさえあれば、最早アンドロイドではなく人間とも言える完璧な人造人間を作ることができるわけだ。ビートル、君なら分かるだろう」


 再び声に元気さを取り戻したドクトルは、ビートルを見て言った。ビートルの親も、もうこの世にはいなかった。ドクトルがなぜそのことを知っているのかキキは不思議に思ったが、ドクトルなら裏社会と通じていないとも言い切れない、と思った。ビートルはその言葉に過敏に反応し、「父さんと母さんを作れるの?」と前のめりになって聞いた。キャシーは「ビートル」と咎めるような声を出したが、ビートルには最早聞こえていなかった。「その通りだよ」とドクトルは再び大きく笑った。


「取引だ。キキ、君が自主的にこちらに来るならば、君の仲間は無罪放免としよう。ただし君が抵抗するというのなら、君の仲間も危険に晒されると思ってくれ」


 ドクトルの言葉に、例の羽音のような音がすると、レイダーボットが三台ドクトルの背後から現れた。キャシーとケルビンがすぐに銃を構え、話にぼうっと聞き入っていたアンジーも弾かれたようにライフルを構える。アンダーソンもそれに続いたが、キキとビートルは銃に手もかけなかった。「キキを渡すわけがないでしょう」と言ったのはキャシーで、キャシーは今まで見たことがないほどに憎しみに満ち溢れた顔になっていた。ドクトルは大袈裟にため息をつくと、「君たちには関係のないことなんだよ。これはキキの決断にかかっているんだ」と肩をすくめてみせたが、キキは棒立ちしたまま何も言えなかった。たっぷり一分ほど何も言わないキキに、ドクトルは再びわざとらしいため息をつくと、「ならば実力行使だ」と右手を上げた。それが開戦の合図だった。

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