第二十一章
ドクトルが示したのは都市の中心部の一角にある『電気屋街』と呼ばれているところだった。その名前通り、一歩足を踏み入れるとその通りには店がひしめき合っていて、部品屋はもちろん、アンドロイドやロボットの販売店や、様々なニーズに合わせた修理屋、それからジャンク屋もあった。都市の他の場所とは違い、全体的に店構えが茶色く錆び付いていて、それはどこかキキの故郷を思い出させるようなものだったが、電気屋街は活気に満ち溢れていた。キキはそのパラダイスのような空間に興奮を隠しきれなかったが、今はランバートが優先だ、となんとか言い聞かせていた。ランバートのことがなければ、日が暮れるまで電気屋街に入り浸っていたところだった。
そして、ランバートの部品は存外早く見つかった。部品を販売していたのはドクトルのメモの上から三つ目の『プライム・アンティーク』という店で、これは電気街の路地を一つ入ったところにあった。ロストマンの一件以来、キキはそういった立地の部品屋について大いに警戒していたが、『プライム・アンティーク』は店の全面が開けて、外からでも中の様子が確認できたので、キキは中を覗き込むと恐る恐る『プライム・アンティーク』に足を踏み入れた。踏み入れるなり、「やあ!」と快活な声がする。声の主は店の主人で、ドクトルと同じくらいひょろりとした青年だった。商品にはたきをかけていた声の主人は、続けて「これは珍しい!」とキキたちに向き直るとキキとビートル、それからアンダーソンのことを見た。ドクトルと波長の合いそうな青年だったが、大袈裟で芝居がかった様子ではなく、心底驚いているという風だった。
「『プライム・アンティーク』へようこそ。何かお探しかな」
「このカメラを探しているの。在庫があればいいんだけど」
『プライム・アンティーク』の主人はキキから丁重にメモを受け取ると、そこに書かれた型番を見てうーんと唸る。それから、「随分珍しいカメラをご所望だね」と爽やかな声で言いながら店の奥に引っ込み、五分ほどしてから「あった、あった」と満足げに出てきた。「これで間違いないはずだ」という店の主人の言葉に、キキは安堵で胸を撫で下ろすと、ロストマンのことを思い出して「代金は」と小さな声で聞いた。
「ちょっと珍しいパーツだから値段は張るけど。ディスクで四十五枚かな」
四十五枚は払えない額ではない。キキは再び安堵し、カウンターで帳簿を取り出そうとしている店の主人の元に近づくと、「それをください」と言いながらいつものショルダーバッグから財布を取り出した。キキがディスクをきっちり四十五枚手渡すと、店の主人はその数を確認し、部品を丁寧に梱包しにかかる。店の主人はその間を埋めるように「君も機械工なのかい?」と部品の梱包に集中しながら、キキを見ずに聞いた。
「腕はまだまだだけど。ドクトルのところで修行しているの」
「ドクトルって、あのドクトルかい。珍妙な奴だろ」
店の主人はそう言いながら、部品の梱包を終えて「できた」と小さく声を上げると、それをキキに渡した。キキが「ありがとう」と心の底から礼を言うと、店の主人は大きな笑顔で「差し支えなければ、お嬢さん、お名前は?」と聞く。「キキ」とキキが答えると、店の主人は「オースティンだ。今後も『プライム・アンティーク』をご贔屓にどうぞ」と商売の上手そうな声で言った。キキは部品をショルダーバッグにそっと入れながら、はたとその手を止めてオースティンを見る。
「ついでで申し訳ないんだけど。情報屋を知らない?」
キキの質問に、数歩離れて様子を眺めていたビートルは慌ててキキの隣に立った。アンダーソンものろのろとした動作でキキとビートルの後ろにつき、オースティンは「どんな情報を求めてるんだ?」と少し心配そうな声で聞いた。「親を探してるんです」と答えたのはビートルで、オースティンはビートルを見ると、「そりゃあ大変だ」と心底同情しているといった様子でカウンターに頬杖をついた。
「子供売りに売られたそうなの」
「子供売りに? そりゃ難儀だったね。情報屋はたくさんいるけれど、信用できない奴らのほうが多いよ。僕の聞き及んだところでは、子供売りってのは帳簿をつけるらしい。なんて名前の子供を、どこから攫ったのか、どこでいくらで売ったのか、みたいなね。その帳簿を探すのが手っ取り早そうだけど」
オースティンはそこで言葉を切ると、「さすがにそんな情報を持つような奴と、関わり合いたくはないからね」と眉を下げた。キキはそれも当然だと思ったが、ビートルは「じゃあ、帳簿を探してみます」と頭を深く下げて、三人は『プライム・アンティーク』を後にした。オースティンは三人を店の外まで見送ると、「気をつけて」と声をかけ、そのまま店の中に帰っていった。
それからキキたちは様々な部品屋を渡り歩いた。アンダーソンのための部品が必要だったからだ。すべての経費はアンダーソンがしっかりと支払いをして、キキが必要だと思った部品を買い揃え終わった頃には西日が差し始めていたが、キキたちはそのまま電気屋街を離れると、繁華街の方へ向かった。繁華街はところどころ店が明かりをつけ始めていて、それが賑やかさに華を添えていた。繁華街には露店がいくつかあって、どこも酒を提供しているようだ。まだ夜でもないのに、それぞれの露店では何人かの人間が錆びた金属のジョッキから酒を飲んでいる。ビートルはそれを見るなり、「『ハイウェイ・エイティ』でもそうだったけど、ああいう酒場は情報収集に最適なんだ」とキキとアンダーソンの返事も待たずにそちらへ向かった。キキはびっくりして「ビートル!」と名前を呼んだが、ビートルには聞こえていないようだったので、キキとアンダーソンは仕方なく――それでも躊躇しながら――露店の酒場へ近づいた。
「すみません。子供売りの帳簿を持った情報屋を探しているんです」
キキにしてみれば無鉄砲すぎる行動だったが、ビートルは酒場の店主に声をかける。酒場の店主はお世辞にも人相が良いとは言えない男性で、ビートルをじろりと見ると、「うちは案内所じゃないんだよ」とぶっきらぼうに言い放った。それでもビートルは引こうとせず、「お願いします」と重ねて言ったが、その言葉に応えたのは酒場の店主ではなく、酒場を目当てに近づいてきた男だった。「情報屋を探しているのかい?」と男はビートルの背後から勢いよく肩を組んで、既に酔っ払っているようだった。
「子供売りに詳しい奴だったら、あそこの路地を進んだ突き当りにホームレスみたいな奴がいてね。合言葉がないと情報を売ってくれないんだ」
「その合言葉は?」
肩を組まれたビートルはよろめきながらも、目を輝かせて男を見る。酒臭さには慣れていたし、身なりの悪さも見慣れていたから、キキとは違いビートルにとってその男を警戒する要素は何もなかった。男は「もちろん、これも情報だ。ただじゃ教えられない」と言いながら手を出す。「一杯奢ってくれよ」と続けた男がディスクを求めているのは明白で、ビートルは助けを求めるようにアンダーソンを見ると、アンダーソンはギシギシとビートルと男に近づいてその手に三枚のディスクを乗せた。三枚あれば、酒は五杯ほど飲める計算だ。男は「羽振りがいいねえ」と満足そうにディスクを懐にしまうと、ビートルの耳に顔を寄せて「まず男が『ファイル』と言う。そしたら、『リンク』と答えるんだ」と残し、さっさと酒場の椅子に座った。キキたちを振り返ったビートルの顔は、決意に満ち溢れていた。




