第二十章
「何があったんだ」
全員が混乱する中、二階から慎重に下りてきたのはビートルだった。相変わらずボサボサの焦げ茶色の髪をしていたが、ドクトルの好意で最初に着ていた麻袋で出来たようなチュニックとハーフパンツという出で立ちから、サイズの合わないボロボロのシャツに裾をとにかく捲り上げた紺色の膝に穴の開いたズボン、という格好に変わっている。ビートルは一階に下りるとまず大量に穴の開いた玄関を見てぎょっとすると、窓際でライフルを抱いているアンジーを見て更にぎょっとした。ドクトルは「なんてことだ」と大股で玄関のほうに向かうと、穴だらけになってしまった壁や割れた窓を見て頭を抱えた。
「せっかくの我が家が。修繕しなくては」
「家なんかどうにでもなる。問題はこっちだよ」
キキは苛立たしそうに言う。抱きかかえていたランバートは表情こそないもののきょとんとしているように見え、ドクトルはその言葉に振り返ると「どんな連中だったんだい?」と好奇心が丸出しになっている声で聞いた。それがキキの神経を余計に逆撫でしていた。
「わたしにも分からない。とにかくピカピカの、見たこともないような金属で出来たロボットが十体くらい。両手がなくて、代わりに銃口が取り付けられていた」
キキの説明に、ドクトルは大袈裟にふむ、と顎に手を当てた。「自分の目で確かめないとなんとも言えないが、旧世紀の軍用ロボットである可能性もあるね」と言いながら、ドクトルは玄関を離れて再び大股で作業台に向かうと、例の赤い椅子に座ってパソコンのキーボードを叩き始めた。「旧世紀のロボットにしてはあまりにも綺麗すぎたよ」とキキは付け加えながら、ランバートを抱えたままドクトルに続く。「こんな感じだったかい?」とドクトルがパソコンの画面に表示したロボットは、キキたちを襲撃したロボットそのもので、キキは驚いて頷いた。
「まったく同じ型だった」
「レイダーボットのAS−5型だ。旧世紀最後の戦争ではよく活躍したものだよ」
「それがどうして新品同然にこの世に存在してるの? そしてどうしてランバートを狙っているの?」
キキの質問に被せるように、ランバートがバタバタと暴れ始める。キキはびっくりして「ランバート?」と心配そうな声を出しながらランバートを抱え直したが、すぐにランバートはピー、ガガッ、ガーッと連続で妙な音を出すとキキの腕を脱出し、床に落ちてうつ伏せになったまま跳ね回った。「ランバート!」とその名前を呼びながら、キキは発作のようなその動きを止めようとしたが、そのうちランバートの頭から灰色の煙が漏れ出すように上り、ランバートは動きを止めてしまった。キキはもう一度「ランバート!」と大きな声を出してランバートを抱え上げたが、ランバートは四肢をだらりと垂れ下げるばかりだった。どうやら、ランバートはまた損傷してしまったらしかった。
「君のお祖父さんの仕事にしては、随分不具合の多いロボットだな」
一連の出来事を見ていたドクトルは少し真面目なトーンで言いながらすくっと椅子から立ち上がると、キキの手からそっとランバートを受け取ろうとする。キキもことランバートのことに関してはドクトルを信用していて、ランバートを躊躇いもなくドクトルに渡すと、ようやく大きなため息をついた。街を出てからというもの、心臓に悪い出来事ばかりだった。その間も、ドクトルは手慣れた動作でランバートを分解しにかかると、「こりゃ参ったな」とまた大袈裟な動作で頭を掻いた。ドクトルはランバートの腹部だけでなく後頭部にあるパネルも外していて、キキは「直せないの?」と不安げな声で聞いた。
「直せないこともないが、ショートした熱でカメラが片方やられてしまった。いくら私が腕利きで素晴らしい機械工だとはいえ、部品の在庫がなければ直せるものも直せない」
ドクトルはすっかりいつもの調子を取り戻していて、大きく椅子にもたれて頭の後ろで腕を組みキキを見る。キキはそんなドクトルの言葉をほとんど無視して、「部品は売っているものなの?」と深刻な顔で聞いた。ドクトルはうーむ、と声に出してわざとらしく唸ると、「当てはないこともないね」と勿体ぶって言った。そんなドクトルに、キキはついに爆発した。
「どこに売ってる可能性があるのか、とっとと言って。わたしが買ってくる」
「まあそう急かさないでくれよ。都市には部品屋がたくさんあるんだ。メモを渡すから順番に探し回ってみてくれ」
「おれも連れて行ってくれるかな」
背後から声をかけたのはビートルだった。謙虚そうな声だったが、顔は強い意志に満ち溢れている。キキはビートルを振り返ると、「何か用があるの?」と真顔で聞く。ビートルは「父さんと母さんの情報を探したい」と今度は断固とした声音で言った。それからキキはビートルの後ろで棒立ちしているアンダーソンを見ると、「そういえば」とドクトルの家を見回した。
「あなたを直す約束もしてた。見る限りじゃパーツが足りないから、それも買い出しに行こう」
「本当にボクを直してくれるんだね」
アンダーソンは有頂天になって――少なくともそう見えた――裏返った合成音声を出すと、小躍りしているのか両腕を小刻みにギシギシと動かした。「それじゃあ決まりだな」とドクトルはキキを苛々させる大きな明るい声でがばりと立ち上がると、「キキとビートル、それから君、アンダーソンと言ったかな、君たちはランバートの部品回収担当に任命する」と芝居がかった動作で言いながらメモを出す。キキはもう既にドクトルを無視することを決め込んでいて、半ば奪い取るようにメモを取ると、アンジーとキャシーを見て「あなたたちはどうする?」と聞いた。
「わたしは先生のところに行かなくちゃいけないから」
アンジーはその言葉に、楽しそうにライフルを持ち上げてみせる。先程ロボットの軍隊を追い返したことが嬉しかったらしく、アンジーの顔は紅潮していた。キキはそれを見ると「分かった」と短く答えて、ドクトルを睨むように振り返った。「ランバートを守ってくれるんでしょうね」とキキは唸るような声で言う。「もちろんさ!」とドクトルは両手を腰に当てた。
「少なくとも、あれだけ撃ちまくったレイダーボットの銃弾を装填することを考えたら、しばらくは狙いに来ないと推測している」
ドクトルは底抜けに明るい声でそう続けたが、キキは「そう」とぶっきらぼうな声を返すだけで、ビートルとアンダーソンを見ると「ついてきて」といくらか柔和な態度で指示をした。ビートルもアンダーソンも、見るも無残になってしまったドクトルの玄関を出ていくキキに、無言で素直に従った。
都市の中心部に向かうには、一時間ほど歩かねばならない。その道中、キキはビートルに「当てはあるの?」となんともなしに聞いた。ビートルはキキの隣を歩いていたが、その顔はあまり晴れたものではなかった。「正直、分からない」とビートルは率直に言う。キキはその言葉を予想していたかのように何も言わずに進行方向を見たが、ガサガサの声を出したのはアンダーソンだった。
「都市には情報屋がたくさんいるよ。ディスクはかかるけど、そういう人間から情報を買えば何か分かるかもしれない」
アンダーソンの言葉に、ビートルは後ろを見て「でもディスクの持ち合わせなんてないよ」と悲しそうな声を出す。アンダーソンはそこで自慢げに(といってももちろん表情は変わらなかったが)擦り切れたズボンのポケットを叩くと、「ボクはいくらか持ってるよ」と聞き取りにくい声で言った。
「こんなボクを直してくれる女の子のお友達なんだ。少しくらい、ボクも協力したいからね」
ビートルは決して友達ではない、とキキは反論したかったが、少なくとも話がまとまったようだったので、口は挟まないことにした。ビートルは満面の笑顔になり、アンダーソンを見て「ありがとう」と言う。アンダーソンもまたほとんど崩壊している表情筋をなんとか動かして、少しだけ笑ったような顔になった。




