第十七章
先程より大きな銃声に、アンジーはぎゅっと目を瞑っていた。銃声の直後に「あぁ!」という男の声とどよめきが広がり、ゆっくり片目だけを開いてみる。そこにいたのは自身の太腿を抑えるリーダー格の男で、慌てふためいていたのはその仲間たちだった。キャシーは床に倒れ込んだまま上を向いてある一点を見つめており、アンジーの視線も自然とそちらへ向かった。六十代くらいの高年の男性が、砲身の長い銃を構え、建物の外に設置された階段の上から男たちを狙っていたのだ。身なりはボロボロで、真っ白な長い髪を後ろで一つ結びにしている。
「ここは俺の庭だ。二発目を喰らいたくなければ、さっさと出ていくんだな」
男は深みのある低い声でそう言うと、銃についているレバーを動かして再び射撃体勢に入った。それを見て、徒党を組んでいた男性たちはいとも簡単に慌てて逃げ出す。リーダー格の男も、置いていかれそうになりながら足を引きずってその場を逃げ出した。キャシーはその間に立ち上がり、ぶらりと垂れ下がってしまった右腕のことも気にせずアンジーを抱きしめた。アンジーは「キャシー」とその名前を呼ぶと、大声を上げて泣いた。
「ごめんなさい。わたしのせいでこんなことになってしまって」
「アンジーが無事なら、わたしは構いません。わたしはアンドロイドですから、いくらでも修復は可能です」
キャシーの言葉に、それでもアンジーは泣き止まない。その間に老人は構えていた銃を下ろすと、「余所者か」と階上から二人に声をかけた。キャシーは再び警戒しながらアンジーを強く抱きしめると、老人に向かって「そうです」と短く答えた。
「じきに夜がくる。女二人では危険だ。こっちへ来なさい」
老人はそう言うと、さらに顎で自身の背後にある灰色の扉を示した。キャシーは尚も警戒したまま、「助けていただいたことには感謝しています。ですが、あなたを信用できるという証拠がありません」と眉を吊り上げたまま言う。老人は肩をすくめると、「進んでバンディットの餌食になりたいっていうなら、俺は止めないさ」と言いながらその細長い銃を肩にかけ、灰色の扉に手をかけようとした。キャシーはしばらく逡巡し、頭の中で猛烈に計算をする。都市の危険性は未知数だが、ロストマンのときと同様、相手が男一人ならば自身も戦うことはできるはずだ。キャシーはそこまで考えてから、「わかりました」と老人の背中に声をかけた。
「お世話になります」
老人はその言葉に無表情のまま頷いて、灰色の扉の向こうに消えた。キャシーは嗚咽するアンジーの肩を抱いたまま、階段を上って同じように灰色の扉を開く。中は予想以上に綺麗に整頓された居住空間で、錆び付いてはいたがキッチンが設置され、くつろげそうな大きなソファがあった。老人は銃を壁に立てかけると、キャシーとアンジーを振り向いて「ケルビンだ」と自己紹介をした。キャシーはそれを受けて、「わたしはキャシーです。こちらはアンジー」と自己紹介を返す。ケルビンは何も言わずに軽く頷いてみせると、「適当にくつろいでくれて構わない」とソファを指差した。キャシーは一瞬迷ったが、アンジーを連れてソファの隅に小さく座った。
「先程はありがとうございました」
改めてキャシーが礼を言うと、木で出来た高級そうな安楽椅子に座ったケルビンは「ついでのことだ」と興味のなさそうな声を出す。その頃にはアンジーもようやく泣き止んでいて、ケルビンを恐る恐る見ると、キャシーの右腕を見て、「またわたしのせいだわ」と再び目に涙を溜めた。
「いつもいつもわたしのせいなのよ」
「赤毛の子供は確かに裏社会では価値がある。どこに売り飛ばすにしろ、珍しいからな」
ケルビンはぎしぎしと安楽椅子を揺らしながら、ボロボロのシャツの胸ポケットから煙草を取り出した。煙草もまた、今はとてつもない高級品だ。身なりこそ整っていなかったが、この男があまり生活に困窮していないらしいことはキャシーにもよく分かった。同時に、その資金源が何であるかについて、キャシーは思案を巡らせる。『裏社会』という単語も引っかかったので、キャシーは率直に聞いてみることにした。
「お仕事は何を?」
「害虫の駆除だ。バンディットから巨大鼠まで」
そう言ってケルビンは後ろに立て掛けていた銃を差す。「そんなことより」とケルビンは少し前のめりになると、アンジーを見て続けた。
「お嬢ちゃん、都市に留まるなら、あんたは少し自衛能力をつけたほうがいい。赤毛の子供が狙われやすいのは本当だ。いつまでもそのアンドロイドがあんたを庇えるとも限らんだろう」
「わたしはいつもアンジーの傍にいます。アンジーのことはわたしが守ります」
ケルビンの言葉に、キャシーは即座にそう返したが、ケルビンは満足していなかった。
「今日は銃を持った人間が一人だったが、あれが二人や三人になってみれば、あんた一人じゃどうにもならんよ」
そう言ってケルビンは煙草をふかす。アンジーはケルビンをまじまじと見つめてから、「わたしも戦うことができるようになるの?」と小さな声で聞いた。キャシーは目を丸くしてアンジーを見、ケルビンは癖のように頷いた。
「格闘は力がいる。体格も良くないとあまり意味がない。ナイフも似たようなもんだ。対して銃は一般に攻撃力が高いが、技術さえ身につければどんな相手をも凌ぐことが出来る」
「アンジーに銃を扱わせる気ですか?」
キャシーは急に深刻な声を出した。ケルビンは「もののたとえだよ」とそれを意に介さない。アンジーはすっかりその話に聞き入っていた。「教えてもらうことはできるのかしら」と、ソファの隅からケルビンに近いほうににじり寄りながら真面目な顔で聞く。キャシーは「アンジー」と咎めるように言ったが、アンジーは聞いていなかった。
「基礎的なことなら。あとはお嬢ちゃんの筋の良さの問題だ」
その言葉に、アンジーは興奮したように目を見開いて、そしてキキのことを思う。キキはドクトルに弟子入りした。立派な機械工になるために。ならば自分も、立派になるためには弟子入りすればよいのではないか。アンジーが思ったままのことを口にすると、ケルビンははっはっは、と初めて笑った。
「弟子を取ったことは一度もないが、その心意気は気に入った。下に射撃場がある。一度試してみると良い」
「アンジー、本気ですか」
今にもソファから飛び上がりそうなアンジーに、キャシーは低い声でたしなめるように言った。アンジーはキャシーを見て、「どうして?」ときょとんとしてみせる。
「わたしだって戦えるようになりたいのよ。今まで何も取り柄なんてなかったの。これまでの旅でもずっとお荷物だったわ。変わりたいのよ」
「それでも危険すぎます。わたしは承知しかねます」
キャシーの態度は頑なだった。アンジーはそんなキャシーを見て、顔をしかめると「キャシー、お母さんみたいだわ」と冷たい声を出した。
「お母さんもそうだった。わたしが何をしたいとか、どうしたいとか、そんなこと気にも留めてくれなかった。お母さんはお母さんの言うとおりになる娘以外、要らないのよ」
「そんなことを言っているのではありません。単にわたしは、アンジーの身を案じているだけです」
「だからといってわたしがキャシーの言いなりにならなくてはいけない理由はひとつもないわ。キャシーはわたしのアンドロイドでも、ましてやお母さんでもないの」
アンジーは最後に突き放すように大きな声を出すと、怒りのあまり真っ赤になっていた。今度こそキャシーは戸惑い、自身の思考回路がうまく作動していないことに気づく。キャシーの中ではただただアンジーに拒絶されたことに対する困惑があり、アンジーはそんなキャシーをさらに拒絶するように、ケルビンの前に立つと「わたしに射撃を教えてください」と強く言った。一連の会話を聞いておきながら、ケルビンはアンジーを連れ、階下に続くドアを開いて去っていく。残されたキャシーは、ただただ床を見つめていた。




