第十六章
「ランバートの構造について教えてほしいの」
無事に起動したランバートをいつものように抱きかかえたキキは、ドクトルに向かって早速そう告げた。ドクトルは上等そうで保存状態の極めて良い、背もたれと座面が真っ赤なクッションで覆われている椅子に座っていて、隣に立つキキを見上げると「それは弟子入りを希望するということでいいのかな?」と挑戦的にキキを見た。キキはドクトルの目を真っ直ぐ見たまま、すぐには答えを返さなかったが、ランバートの「キキ、ベンキョウ」という言葉にため息をついた。
「このままあなたを頼ってばかりじゃいられない。それに、機械工としての腕も確かなようだから、そう、弟子として扱ってくれて構わない」
キキが迷いながらもそう言うと、ドクトルは即座に椅子から立ち上がり大きく両手を上げて「素晴らしい!」と叫び、キキに右手を差し出した。握手を求めているらしい。キキはまったく気が進まなかったが、その手を握ると、ドクトルは握った手を上下にぶんぶんと振ると「君のような人材を探していたんだ。そんじょそこらの機械工では、わたしのロマンをまったく理解してくれなくてね」と早口にまくし立てる。別にドクトルのロマンを理解したわけではない、とキキは付け加えようとして、面倒くさくなったのでやめた。とにかく、祖父の最大の遺品であるランバートを自分で修理できるようになるまでは、ドクトルの世話になる以外方法はなさそうだった。
「そうと決まれば、二階をどうにかしなくては。君たちも泊まっていくんだろう?」
ドクトルは椅子に座っていたビートルとアンジー、それからドクトルを未だに疑い深い目で見つめているキャシーを見る。ビートルとアンジーはすぐに頷き、キャシーはアンジーを心配そうな目で見た。「この男をわたしはあまり信用できません」とキャシーはぶっきらぼうに言う。アンジーはキャシーを見上げると、「でも他に泊まれるところはないわ」となだめるように言った。キャシーはそれで諦めたようだった。
「わたし、この都市を観光してみたいの。いいかしら」
突然電流でも流れたかのように小走りでいそいそと二階に上がろうとしていたドクトルに、アンジーが声をかけた。階段を上りかけていたドクトルは、アンジーを見ると「もちろんさ」と楽しそうに言う。
「都市は極めて興味深いところだよ。君たちの街や今まで通ってきた街とは比べ物にならない。それに、比較的安全だし」
その言葉にキャシーはじろりとドクトルを見た。ドクトルの言う『安全』が安全ではないことを、ロストマンの一件で知ったからだ。キャシーはうきうきしているアンジーを見ると、「本当に行くつもりですか」と心底困ったという顔になる。「あまりここから離れなければ、きっと大丈夫よ」とアンジーは早速椅子になっていた箱から立ち上がり、キャシーは「では、わたしも連れて行ってください」と使命感に満ちた声で言った。
「もちろんよ。一緒に行きましょう」
「そういうことなら、キキとビートルはちょっと上を手伝ってくれるかな。なにせこっちはひどいことになっていてね」
アンジーの言葉を聞いたドクトルの声が、二階から響いた。キキとビートルは目を見合わせるが、仕方なく二階に上がろうとする。アンジーはキャシーを連れてドアを開き、外のポーチを下って大きく伸びをした。
「自由って素敵ね」
アンジーは晴れ晴れとした顔で言ったが、キャシーは眉根を寄せたままだった。きょろきょろと辺りを見回し、何か危険が潜んでいないか確認する。しかし、都市には先程の街のようにアンジーたちをじろじろと値踏みするような人間はいなかった。そもそも、どうやら子供という存在も珍しくはないらしい。アンジーが少し歩き始めると、自分より小さな子供たちが三人ほど、路地裏でボール遊びをしているのが見えた。アンジーはそのままずんずんと道を突き進んでゆき、水色に塗装された家の前で止まると、「わたし、こういう家に住みたいわ」とキャシーを見た。キャシーは少し警戒心を解いたのか、アンジーの言葉には微笑んで頷いた。
アンジーはしばらくそうして観光を続けた。途中、行商人に声をかけられ、「絶対に似合う」と見せられた髪飾りに心を奪われたが、生憎アンジーもキャシーもディスクの持ち合わせがなかった。なるべくドクトルの家から離れない、と言ったものの、アンジーは気になる建物から建物へ吸い寄せられるように歩いていたので、夕方になる頃には随分と遠くまで来てしまっていた。キャシーは道中、何度もアンジーを止めようとしたが、熱に浮かされたようなアンジーは「大丈夫よ」と自信に満ち溢れた声で返すばかりだった。キャシーにしてみれば、アンジーの安全も大切だったが、ここまでずっと怯えていたアンジーの笑顔が見ることができたのが、どこか嬉しかった。
しかし、いい加減ドクトルの家に帰ろうとしたアンジーが「近道になるわ」と入った路地がいけなかった。
高い建物のせいで路地は夕方だというのに暗く、そこには徒党を組んだ男たちがいた。キャシーが見る限り、数は全部で五人だ。男たちの姿を見るなり、アンジーは恐れおののいてその場を去ろうとしたし、キャシーもアンジーを守るようにその背中を抱えて元の道に戻れるよう押したが、何もかも遅かった。徒党を組んだ男たちはアンジーを認めるなり、ずかずかと近寄って「おい」とアンジーの肩を掴んだ。キャシーは反射的にその手を叩いていた。
「なんだ、お前」
手を叩かれた男は、あからさまに逆上してキャシーを睨め付ける。睨み合いではキャシーも負けておらず、キャシーはアンジーを抱いたまま「この子に手を出さないでいただけますか」とはっきりした声で言った。リーダー格と思しき男は少し遠巻きに事態をにやにやと鑑賞していて、キャシーはそちらも睨みつけたが、男には脅しにもならなかったようだった。
「赤毛の子供に旧式のアンドロイドか。人間様に手を出すなんて、アンドロイドの方はどうも頭がいかれてるみたいだな」
リーダー格の男はふんふんと鼻歌を歌いながら緩慢な動作でアンジーとキャシーに近づいた。「いずれにせよ」とリーダー格の男は言う。
「ありったけのディスクは出してもらおうか」
「持ち合わせはありません。これで失礼します」
キャシーはリーダー格の男を睨みつけたまま、アンジーを急かして「帰りましょう」と男たちに背を向ける。その瞬間、カチャリという嫌な音がして、キャシーはそこで固まった。それが銃のセーフティを外した音である、というのは、キャシーには理解できたのだ。キャシーがゆっくりと振り返ると、予想通りリーダー格の男がこちらに銃口を向けていた。リーダー格の男は、にやついたままだった。
「ディスクがないなら、子供を寄越しな。赤毛の子供は高値で売れるそうだ」
「お断りします」
キャシーがそう断言した瞬間、リーダー格の男が発砲した。その銃弾はキャシーの肩に命中し、衝撃でキャシーが倒れる。アンジーが「キャシー!」と叫ぶのと、キャシーが「アンジー、逃げなさい!」と叫んだのは同時のことで、リーダー格の男はさらに距離を詰め、キャシーの頭を撃ち抜こうとキャシーの頭に銃口を押し付ける。「このアンドロイドを守りたいんだったら、お嬢ちゃん、あんたがこっちに来るんだね」という言葉に、アンジーはがくがくと震える膝を押さえながらキャシーを見た。キャシーは「とにかく逃げて!」と甲高い声で叫ぶ。
続いて大きな銃声が響いたが、それは男たちから発せられたものではなかった。




