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第十五章

 キキたちがドクトルの元に戻ると、ドクトルは焚き火をしていた。全速力でこちらに向かってくるキキたちを見て、ドクトルは悠長に右手を上げて振ってみせたが、キキたちはそれどころではない。ドクトルの元に着くと、キキは息を荒げたままドクトルに近寄ると、「なんてところに行かせたの!」と叫んだ。ドクトルは目を丸くして驚くと、「なにがあったんだい」とすっとぼけた声で聞いた。


「とんでもないぼったくり商人じゃない。アンジーが連れて行かれそうになったんだよ」

「ロストマンは確かに気難しいところがあるからね。でも、結局ゴムの破片は手に入ったんだろう?」

「気難しい、というのは大いに間違っています。子供たちを安易に危険に晒す行為は今後控えてください。でなければわたしがあなたの行動に介入せざるを得ません」


 飄々としたドクトルに言い返したのはキャシーだった。ドクトルはまた目を見開くと、キャシーをしげしげと観察し、「まさか!」と大声を上げる。周辺住民の視線が気になっていたキキは「とっととパンクを直して」とドクトルに詰め寄り、ドクトルは仕方なく焚き火から火のついた一本の棒切れを拾い上げると、キキからゴムの破片を受け取った。パンクはほどなくして補修され、キキはそれでもキャシーを気にするドクトルを運転席まで押していくと、それぞれ前回と同じ順番で車に乗り込み、フォルクスワーゲン・タイプ・ツーはけたたましい音を立てたものの無事に発進した。街を抜けながら、ドクトルは「いやはや」とエンジン音に負けないように声を張り上げた。


「旧式のアンドロイドが自我を持つとは思いもしなかった。一体全体なにが起きたんだい?」

「言ったでしょう。アンジーが連れて行かれそうになったの。キャシーはそのために戦ったんだ」

「実に興味深い。キャシー、君自身の見解はどうなんだね」

「何が起こったのかは正直分かりませんが、わたしはあなたにあまり好感が持てなくなりました」


 キャシーは憮然として言い放つ。ドクトルはわっはっは、とさもおかしそうに笑って、「これは傑作だ」とハンドルを何度か叩いた。


「少なくとも、君のお固い頭を直す必要はなくなったってことだ。素晴らしい。実に素晴らしい」


 その後もドクトルは機嫌よく運転を続け、街を抜けたところで、キキたちの目の前には都市が広がっていた。街を出るとすぐに橋が架かっていて、キキもアンジーもキャシーも見たことがないような背の高い建物がひしめき合っているのが見える。「あれが都市だよ」と橋に差し掛かったドクトルは言った。都市の右手の方に真っ赤な橋が見えていたが、そちらは中程で大きく崩れ、見るも無残な姿になっている。キキとビートル、アンジーはそれぞれ窓から顔を出して、キキは都市の規模の大きさに開いた口が塞がらなかったし、ビートルとアンジーは目を輝かせていた。

 橋を通り抜けると、そこはもう都市の入り口で、傾斜のひどい坂をドクトルは上っていく。途中、何度か車が止まりかけたが、フォルクスワーゲン・タイプ・ツーはなんとか堪えると坂を何度も上ったり下ったりした。先程通ってきた街とは違い、旧世紀の建物たちは存外保存状態がよかった。無論、家が半壊していたり、一部の高い建物の上部がふっ飛ばされたりはしていたが、キキたちの街とは違い、様々な色に溢れている。それに、これまで見たどの街よりも人間が歩いていて、皆身なりもどこかきちんとしていた。ドクトルはそういった街並みを走り続けると、キキたちが唖然とするぐらい背の高い建物に囲まれたエリアに突入した。「これを高層ビルと呼ぶんだ」とドクトルは陽気に説明し、ある場所でいつも通り急に停車する。キャシーを除く三人が様々なところに身体をぶつけ、キキには最早怒る気力もなくなっていた。


「着いたぞ! 我がホームだ」


 ドクトルはいそいそと運転席を降りると、うやうやしく後部座席の扉を開き、キキたちに降りるように促す。先程ぶつけた箇所を押さえているキキたちがよろよろと車を降りると、ドクトルは颯爽と四人を先導した。そこは両側を高い建物――上部が欠けているものの、それでも一番上を見ようとすれば頭をかなり後ろに倒さなければならない――に挟まれた小さな家だった。ところどころをトタンやスクラップで継ぎ接ぎしているが、小奇麗な三角屋根の家だ。ドクトルは「さあさあ」とポーチを駆け上がり、家の扉を大きく開くと全員を中に案内した。見た目とは裏腹に、中は混沌としていた。床が抜けるのではないかというほど電子機器がひしめき合い、至るところにケーブルが張られ、作りかけと思われる謎の金属の物体が床に転がっている。部屋の一角はほとんどただのスクラップの山で、ビートルとアンジーはきょろきょろとするばかりだったが、キキは少し高揚していた。こんなにもたくさんの部品の山を、見たことがなかったからだ。


「これ、全部あなたが集めたの?」


 全員分の荷物を車から順番に運んでこようとしていたドクトルに、キキは爛々とした目で問いかける。ドクトルは「そりゃあそうさ」と自慢げに胸を張って叩くと、「好きに見て回ってもらって構わない。荷物を運び終えたら、早速ランバートの修理をしよう」と早口で言うなり、再び軽快なステップでポーチを降りていった。

 キキはドクトルを言葉を聞くなり、家の中を検分して回る。大半がキキの見たことのない機械や部品で、やたらと大きな画面のついた四角い板のようなものや、透明な何かのタンクがついた細長いもの、小さいけれど不釣り合いなくらい大きなレンズのついた真っ黒な塊など、キキはとにかく興味深々だった。最後にキキの大きなボストンバッグを運び入れ、扉を閉めたドクトルは、「どうだい、素晴らしいだろう」と嬉しそうに言った。


「そっちは『テレビ』、こっちが『掃除機』。その小さいのは『一眼レフカメラ』だ」

「全部聞いたことがない。すべて旧世紀のものなのね?」

「そうだよ。最近はその『一眼レフカメラ』の稼働に心血を注いでいるんだが、何分複雑な構造でね」


 家の中に足の踏み場はほとんどなかったが、ドクトルは適当な箱をいくつか引っ張り出すと、「ここに座ると良い」と四人に指示した。ビートルとアンジーは素直にそれに従ったが、キキはドクトルの作業台に近寄り、キャシーは険しい顔をしてその場に立っていた。ドクトルは作業台から邪魔なもの(そしてそれは作業台の上にあるものほとんどすべてだったが)をひとつずつ退かすと、自身のトランクを乗せ、そっと開いてランバートを取り出す。それからいつも通りランバートの腹部パネルを開くと、「いや、でもこれは」と独り言にしては大きな声で言った。


「部品の在庫があるかもしれない」


 ドクトルはいきなり立ち上がって、小さな箱を取り出してくる。箱の中身はお世辞にも整理されているとは言えず、大量の小さな部品がただ一緒くたにされているだけだったが、ドクトルは次から次へと部品をつまみ上げ、「これじゃない、これでもない」とひたすら独り言を言い続けた。キキはその部品管理の乱雑さに呆れていたが、それも「あった!」というドクトルの雄叫びに払拭される。ドクトルはつまみ出した他の部品を一気に元の箱に戻すと、その箱を脇に置いてランバートの配線の修復に取り掛かった。その作業工程のどれもキキには理解できないものだったが、五分もかからずドクトルは配線を修理すると、ランバートのパネルを元通りにする。ランバートはすぐに起動し、最早懐かしくなっていたガーッ、ピピッという音を出すと、その場でよろめきながら立ち上がり、キキを見ると「キキ!」と甲高い声を出した。キキは安堵のあまり泣きそうになりながら、ランバートをそっと抱きしめた。

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