第十四章
ドクトルの示した道順によると、『ロストマンズ・エレクトリック』はさほど遠くはない場所にあった。キキとビートルが並んで先導し、アンジーはキャシーにべったりとくっついたまま後ろに続く。このパーティに加わることに、キャシーは特に難色は示さなかった。家政婦アンドロイドである以上、大人であるドクトルの指示には従いかねたが、子供たちの面倒を見ないわけにもいかなかったからだ。『ロストマンズ・エレクトリック』への道すがら、キキたちはずっとこちらを品定めするような視線を感じていた。ある者は路上で生活しているのか、ボロ切れを被って道路に寝そべっていて、ある者は建物の影からキキたちを興味深そうに(そして不躾に)観察していた。すれ違う人間はいなかったし、誰かが襲ってくることもなかった。けれどそれも時間の問題だろう、とキキとビートルは話し合わずとも同じことを思っていたから、一行は最初から最後まで早足だった。
『ロストマンズ・エレクトリック』は建物と建物の間にある下り階段の下にあり、キキたちは危うくその入り口を見失いそうになった。看板は控えめな大きさで、太めの針金を曲げて作ったアルファベットを並べて出来ていたが、『ロストマンズ』の『S』が抜け落ちていた。扉は錆び付いていたが、元々は赤色だったらしい。階段を降りると、キキは一瞬迷ってから『ロストマンズ・エレクトリック』の扉を開いた。ギィ、という音がして扉が中に開き、薄暗い店内が現れる。あまりにも暗かったのでビートルやアンジーは目をしばしばさせていたが、キキは不思議と問題なく店内を見渡すことができた。店は小さく、扉の正面にカウンターがあり、スポットライトに照らされているようにそこで壮年の男がカウンターに足を投げ出して何かを読んでいる。「あの」とキキが口を開いたが、男はこちらに気づいていない様子だった。
「あの」
キキがもう一度大きめの声で繰り返し、アンジーがキャシーの後ろに隠れる。二度目の呼びかけで店主はようやく読んでいた謎の紙を下ろし、キキのほうを見るとカウンターに足を乗せ、椅子に深くもたれたままの体勢で「子供が何の用だ」とどすの効いた声を出した。とにかく恰幅の良い、ずんぐりむっくりした灰色の髪の男性だ。顔の至るところにシミがあり、丸い団子鼻が赤くなっている。アンジーはそれだけですくみあがってしまい、半分泣きそうな顔になっていたが、キキはあくまでも勇敢だった。機械工や電子部品を取り扱う人間なら、どこかで分かり合えるに違いないと思っていたからだ。
「ドクトルのお使いなの。車のタイヤがパンクしてしまって、修理材料を探している」
「ドクトル? ああ、あの騒がしい棒きれみたいな男か」
自分の名前を出せば信頼してもらえる、とドクトルは言っていたが、どう聞いても店主――店の名前の通り、ロストマンというらしい――はドクトルをそれほどよく思っているようには見えなかった。ロストマンはそこでようやくカウンターから足を下ろして立ち上がると、カウンターに両手をついて「それで?」とキキを見、ビートルとアンジーを見てからキャシーを見た。キャシーを見たロストマンは、一層鬱陶しそうな顔になった。
「話の通り。ゴムの破片でもなんでもいいの。パンクを一時的に補修できれば」
キキがずかずかと前に進み出てカウンターの前に立つと、ロストマンはふんと鼻を鳴らしてから、「探してみよう」とカウンターの後ろにある天井まで届く棚に陳列されている様々な形の箱の中身を引っ掻き回し始めた。箱を引っ張り出しては中を確認し、元に戻し、次の箱を確認する。それを五分くらい繰り返した後に、「ああ、これなんかどうかな」と独り言に近い低い声で何かを箱から取り出し、キキに向き直るとカウンターの上に乱暴に部品を投げ出した。キキはその時点で部品を大切にしないロストマンに苛立っていたが、カウンターの上に出されたのは希望通りのゴムの破片だ。キキはゴムの破片を拾って様々な角度から観察し、これなら完璧だ、とロストマンを見上げた。「これをちょうだい。いくら?」と聞くと、ロストマンは口の端を卑しく吊り上げ「ディスクでざっと百五十ってところかな」とキキに言う。キキは驚いて、険しくしていた顔をうっかり緩めてしまった。
「こんなものにそんな値段がつくの? 法外じゃない」
「だけどね、お嬢ちゃん、あんたはもうそれに触ってしまったじゃないか。商品を触られたら、買ってもらうしかない」
「そんなの、悪徳商売だ」
キキは持っていたゴムの破片を突き返すようにカウンターに置いてロストマンの方へ押しやったが、ロストマンはそれをさらに押し返して「払えないのか?」とにやついたまま言う。「払えるわけがないじゃない」と続けて強硬な態度を取るキキに、ロストマンはふと後続の三人を見ると、ふむ、とわざとらしく考え込むような声を出した。
「別にディスクがすべてというわけではないからな。そこの赤毛のお嬢ちゃんと交換なんてどうだい。赤毛の女の子は珍しいから、高値が出るよ」
「ふざけないで」
その言葉に、キキは思わず叫んだ。ビートルも思わずアンジーを守るように数歩下がり、キャシーはアンジーを抱いてロストマンを睨む。ロストマンは尚もいやらしく笑ったまま、カウンターを出ると鈍い動作でアンジーに近寄ろうとした。より一層アンジーをきつく抱いたキャシーが、ついに口を開いた。
「申し訳ありませんが、アンジーをお渡しすることはできません」
キャシーは無表情のまま、断固とした口調でそう言った。ロストマンはその様子にげらげらと笑い、「お嬢ちゃんのアンドロイドなのかい?」とアンジーに目線を合わせるようにして聞く。アンジーは既に泣いていて、なんとかキャシーの背後に隠れたままでいようとしたが、ロストマンは遠慮なくアンジーの細い腕を掴むとキャシーから引き剥がそうとした。「何してるの!」とキキが叫び、アンジーに駆け寄ろうとしたときだった。
キャシーの表情が一気に変わり、怒りに満ちたものになる。
キャシーはロストマンが掴んでいない方のアンジーの腕を掴み、ロストマンを大きな動作で突き飛ばした。「お渡しすることができないと言ったはずです」と、キャシーはよろめいて壁にぶつかったロストマンに怒りのあまり震えそうな合成音声で言った。
「旧式のアンドロイド風情が。人間に暴力を振るうだと?」
とうとう怒ったロストマンが手近なパイプを手に取った瞬間、キャシーは勝手に動いていた。キャシーは振り下ろされたパイプを両手で掴んで、そのままロストマンを投げ飛ばす。それを見て、泣きじゃくっていたアンジーを含めたその場の全員が唖然とした。棚に突っ込んで衝撃で棚から落ちた部品の雪崩に埋まりそうになっているロストマンを見て、キャシーは驚く全員の肩を抱きかかえるように寄せ集め、「早く行きましょう」と皆を急かす。キキも呆然としていたが、キャシーの声で我に返ると、カウンターの上に置いてあったゴムの破片を素早く取って、キャシーの先導で店を出、階段を駆け上がった。そのまま止まっている猶予はなかったので、四人は全力で走リ出した。
「キャシー、ロボット三原則はどうしたの」
「自分でもわかりません。先程の行動には衝動性がありました。非常事態であったとはいえ、わたしに人間に暴力を振るう機能は備わっていないはずです」
走りながらのキキの質問に、キャシーは心底困ったという表情で答える。もう合成音声はフラットなものではなく、まるで人間のようだった。キャシーに、感情が生まれたようだった。




