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第十三章

 ビートルを連れ出すのは存外簡単なことだった。『ハイウェイ・エイティ』の主人はビートルを厳重に管理しているわけではなかったからだ。ビートル曰く、「どうせこんな辺境の地から一人で逃げ出すなんて土台無理な話」らしい。確かに『ハイウェイ・エイティ』の周りには建物も街も一切なく、ビートルが『ハイウェイ・エイティ』を逃げ出すにはキキたち一行のような旅人を頼るしかなかったが、その多くが高額なディスクを要求したり、そもそも面倒ごとに首を突っ込みたがらなかったりと、ビートルは七年ほど『ハイウェイ・エイティ』から出られずにいた。ビートルが意を決してキキたちに声をかけたのは、キキたちが『ハイウェイ・エイティ』を訪れた初めての子供たちだったからだった。翌日の深夜に、キキたちの部屋を訪れたビートルとキキたちはそれぞれ荷物を分担して持つと『ハイウェイ・エイティ』をそそくさと出ていった。ドクトルが素早く荷物を積み込み、珍しく何も喋らないまま運転席に乗り込む。一列目の後部座席に四人は座れなかったので、アンジーとキャシーはもう一つ後ろの座席に乗り、キキとビートルが揃って後部座席に乗った。充電の完了したドクトルのフォルクスワーゲン・タイプ・ツーがけたたましい音を立てて発進する。ドクトルがハンドルを切りながら『ハイウェイ・エイティ』を去ろうとしていると、爆音で目が覚めたのか、店主が入り口から走り出てくるところだった。ビートルは窓から顔を出し、追いつくはずもないのに車を追いかける店主を楽しそうに見つめていた。「いい気味だ」とビートルは最後にそう言って、窓から頭を引っ込めた。

 それから車はさらに何時間も走り続けた。途中、大きな街――旧世紀の建物が立ち並び、その多くの頭がふっ飛ばされたような街並み――を通り過ぎたが、人気はほとんどなかった。時折何かを漁る巨大な鼠や頭が二つある犬が街の中をうろうろしていたが、ドクトルは手慣れた動作で彼らを避けていく。街では到底見たことのない動物たちにアンジーはすっかり憔悴して後部座席で縮こまっていて、キャシーはそんなアンジーをそっと抱きしめていた。キキはどちらかというと、建造物や残された遺物に気を取られていた。建物はいくらてっぺんがなくなっていると言えど、それなりに背が高く、もしかしたらもっと高い建物だったのかもしれない。様々な形の『車』は折り重なっていたり、数珠つなぎになっていたりして、あれらを分解すればきっとたくさんの良いパーツが見つかるに違いない、と思う。キキがそのことを聞くと、スピードを落とすことなく街を走り抜けるドクトルは首を横に振った。


「同じことを考える輩はたくさんいるものだよ。スクラッパーと呼ばれるが、そういう部品をかき集めて売るのさ。だからきっと、そのへんの車の中身はみんな空っぽだよ」


 キキはそれを聞くと一気に興味を失ったように、窓の外を見るのをやめた。車はそのうちに街を出ると、再び建物がひとつもない砂漠地帯に入る。ただ、車は二時間も走らないうちに次の街に差し掛かった。今度の街は廃墟ではないようで、街に入る直前からぽつぽつと建物が建っていて、それぞれが何かしらの看板を掲げていた。ドクトルが後ろを振り返り、「ここからは少し危険な場所だから」と例によって危機感のない声で言う。その言葉にアンジーが再びすくみ上がり、キャシーがそれを宥めたが、ビートルはそのことをとうに知っていたという顔で、キキは興味津々だった。


「危険って?」

「バンディットが多いし、住民たちもそこまでお行儀が良いとは言えないわけだ。旧世紀からあまり治安の良いところではなかったからね」

「そんなところを通らなければいけないの?」

「都市に入るには、他に道がないんだ。その昔は北から入ることもできたけれど、架かっていた橋が朽ちてしまった」


 運転席にしがみつくようにしてドクトルと会話をしていたキキが、次の瞬間に運転席側に放り出されそうになった。車が急停止したのだ。キキは頭を天井にぶつけると、「急に停まらないで!」と大きく抗議の声を上げた。ドクトルはそんな抗議に耳を貸すこともなく、頭を掻いていた。


「こりゃ参った」


 ちっとも参っていなさそうな声で、ドクトルは様々なレバーやボタンを押し、何度かハンドルのすぐ右下にあるつまみを回してみるが、車はガガガガガッ、という音を出すだけで発進しかけては引っかかるように停止する。アンジーはいよいよ恐れ慄いて、「ここは怖い場所ではなかったの?」とキャシーに抱きついたまま裏返った声を上げた。ビートルは少し警戒しながらきょろきょろと辺りを見回していた。


「少し待っててくれ」


 ドクトルはそれでも陽気な声で宣言すると、運転席のドアを開けてひらりと外に降りる。キキが窓から顔を出してその姿を追うと、ドクトルは左側の後部車輪の前でしゃがみこんでいた。


「こりゃパンクだね」


 車輪を見ながらそれを人差し指で押していたドクトルに、キキは窓から「パンクって?」と問いかける。


「車輪に穴が空いてしまって、空気が漏れたんだ。これは困った。実は街を訪れた際にも一回やってしまったんだが、そのときに修理用のゴムを使い果たしてしまったんだよ」

「このまま動けないの?」

「ちょっと難しいね。速度も出ないし」


 ドクトルは深刻な表情ひとつ見せず、キキの方を見ることはなく顎に手を当てて唸っている。「これは部品屋を頼るしかないな」とドクトルは独り言を言って、全員に車を降りるように指示した。それにはさすがのアンジーも抵抗し、「絶対嫌よ」と言い張ったが、ドクトルの「ここに留まるより、動き回っていたほうが安全だよ」という言葉で渋々車を降りる。車を降りると、先程の街のように半壊した建物の傍にぽつぽつと人影が見え、そういった人々は全員こちらを見ていた。キキは居心地が悪くなり、アンジーはもともと白い顔を余計に青白くするとキャシーの影に隠れていた。ビートルは特に何も言わなかったが、全身の毛を逆立てているような緊迫感を出していた。


「この車をここに置いていくわけにはいかない。バラされてしまいかねないからね。僕はここで待っているから、キキ、『ロストマンズ・エレクトリック』を訪ねて、なんでもいいからパンクを修理できそうな部品がないか聞いてきてほしい。簡単にタイヤの構造は説明するから」

「ちょっと待って。わたしたちはどうするの」


 勝手に話を進めていこうとするドクトルに、アンジーはまた甲高い声を上げる。ドクトルはまあまあ、と大袈裟な身振りでアンジーを宥めようとすると、「キキと一緒に行って、キャシーについていってもらえばいいだろう」とキャシーを指さした。


「いくら旧式で融通の利かないアンドロイドとはいえ、非常事態に対するプログラムはなされているはずだ。それに何度も言うけど、動いていたほうが安全なんだよ。ここに留まっていたら、人間が大挙して襲ってくるぞ」

「あなたは大丈夫だっていうの?」


 今度はキキが顔をしかめ、ドクトルは「もちろんさ」と腰に手を当てた。


「旧世紀の探求のため、数々の死線をくぐり抜けてきた私、ドクトルに不可能などない。そういうことだから、キャシー、君は彼らと一緒に行ってくれ」

「ご命令を承諾しかねます。あなたはわたしの主人ではありません」

「本当に石頭だな、君は。子供の面倒を見るためのアンドロイドだろう。キキ、君がキャシーを連れて行きなさい」


 ドクトルは大きく表情筋を動かして呆れた顔をしてから、キキに『タイヤ』の構造説明をすると、『ロストマンズ・エレクトリック』への道順を示した。ここからそう遠くはない。キキは怯えきっているアンジーと無表情のキャシー、それから一人だけ役に立ちそうなビートルを振り返ると、大きなため息をついた。どうやら、他に道はないらしい。

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