第三話 なにから
「やってみよう!」な回です。
――これ、“俺TUEEEE”じゃね!?
自らのステータスを見た瞬間、俺の脳はこの思考に次々侵食された。ここまで自分の現状など理解する術がなかったため、無理もない。
と、言ってはいるものの、これは言わば『俺、客観視して考えられてます。大丈夫です』というアピール。と、次々付け足していく。
俺の心の核を、浮かれたいやわな心と冷静でいようとする心の双方が交互に責め立ててくる。
しかし、さっき言った通り、冷静軍に対して猛攻を続ける浮かれたい軍。いわゆる『天使のささやき悪魔のささやき』である。
結局のところ、どうにかこうにか自分の意志で天使に軍配を辛うじて上げられたので、もう何度目かの冷静な思考への試行をする。
意外にも目覚めてから人の話をずっと聞いたり、あいつに会ったり、何か無意識のうちに攻撃されたり、時空を遡ったり、腹立てて二度も闘いを挑んだり、大怪我負ったり、、、と結構な数のイベント事に追われたな。称号装着後のステータスを見られたのも、なんだかんだついさっきだしな。
しかし、違うぞ。危ない危ない。ダメだダメだ。ここで自惚れてくれるな、俺。強さの基準なんかまだ分からないんだ。などと自制しつつ、やはり気になっていた右隣へと視界を移す。
すると、俺と同様にステータスを見ていた、と思われるあいつがはてなマークを頭上に浮かべ、不思議そうにすっとこちらへ寄ってきた。
はてなマークに関して言うと、そのような表情や雰囲気だということではない。実際に浮かべている。普通に浮かべている。当の本人はあまり意識していないのだろうが、自然と言の波で出現させている。どうしようもない馬鹿げた野郎だ。
その用件だが、自分のステータスがよくわからないということだった。基準がわからぬ以上、致し方ない。
だから、互いのステータスを見せ合うことになった。改竄防止のため、互いに直接見せることにした。
でも、俺は基準云々のことよりも『あいつに勝ちさえすればいい』という思考で一杯だった。まあ、絶対勝っていると思うが。
なんせ称号を装着して、言の波の通常出力は二倍、最大出力は一・五倍になった。さらに、特殊能力だって沢山あるし、それぞれ超絶強力なものだ。
しかし、俺は直ぐにそんな風に高を括っていたことを猛烈に後悔することとなる。
「では、俺からいくぞ……ドヤァ!!!」
「…………」
「!」
こいつは俺のステータスのみならず、渾身の『ドヤァ!!!』までもスルーしやがった。後で確実にこてんぱんにやられるという結末を理解していても、ワンパン食らわせたい衝動に駆られかけるほど憎たらしい呆けた表情でずっと無言を貫いているのだ。
それはもう、あたかも『ほら、殴りかかってみてください。まあ、かすりもしないまま私の圧勝で終わるでしょうが』とわざと丁寧に伝えることで相手に不快感を与え、情を揺さぶるろうとしているような顔に思えて仕方なかった。
「……あ、あのー。一応、反応くれますかね?」
そう。ここは、わざと丁寧でこられたのだから、こちらも同様の手を使い、丁寧に出る。『眼には眼を歯には歯を』ということである。
でも、あれは確か原典だと、『眼には眼で歯には歯で』と訳せるとかなんとか。その意味は、『眼には眼で償いなさい、歯には歯で償いなさい』になって、報復律なんてものではなく、同等の懲罰までに防ぐという意になる。なんて、世界史のハゲが言ってたっけか。
いや、今はそんな豆知識なんてクソほどどうでもいい。俺が今、ここで言うべきことは、この言葉ただ一つ。
そう簡単にやられてたまるか、クズが!
「うん。なんだこんなもんか! 良かった!」
「んっ? え、えぇ、こんなもの!?」
「じゃ、私ね〜これ! ふっ! どやぁ返し!!!」
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桜羽アスカ
職業:“伝説の勇者”
称号:なし→“かけだし! 伝説の勇者”
※この称号は進化を続け、最終的に“伝説の勇者”
になります
装備:初期(制服&黒パーカー)
→純白のワイシャツ(古龍毛製)
チェックスカート(古龍毛製)
純黒のパーカー(古龍毛製)
魔力 なし
言の波 100+0+0→(100+0+5000)×10
・通常出力 6/分→10200×2/分
・最大出力 60/分→47350×1.25/分
能力
魔法耐性 なし→Lv.5
属性耐性
・火 なし→Lv.5
・水 なし→Lv.5
・木 なし→Lv.5
・天 なし→Lv.5
・地 なし→Lv.5
・光 なし→Lv.5
・闇 なし→Lv.5
特殊能力
勇者
自分のステータスの言の波を10倍し、
また、その通常出力を2倍、最大出力を
1.25倍する。さらに、逆境を乗り越えんと
するときには、その力はより強大なものと
なり、世界を崩壊するやもしれない
猪突猛進
所謂、馬鹿や無謀のこと。故に、何者か
に対して立ち向かい、偉業をなすのである
花の神
少女は、自分が日々愛でている花々と会話
をする。他人にとってはおかしなことかも
しれない、しかし、それは彼女と花々だけ
の営み。彼女たちだけの秘密なのである
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ほら。何かあればすぐさまこの有様である。直ぐに勇者特権が施行されるのである。
俺だって薄々感じてはいた。いたんだが、ステータスを見てからは、冷静さを欠かないように必死にあいつに対応していて、完全に頭から抜けていた。というか、抜いていた。この俺がこいつを抜いて一番なのだと、そう思っていたかったのだ。
しかし、現実はそう甘くない、そういうものだ。そう思った途端、俺の中の箍がすぽっと外れた気がした。そう、数十分前にキレてしまったときのように。
いや、それとは少し違った形で。
「……ば、」
「ば?」
「馬鹿げてる。なんだよ、なんかしたろ」
「そのなんかをさせないための直接、でしょ」
「うぐぐ……こ、こんなはずじゃ――嗚呼、何故だ。何故なんだ神よ! なあ、なあなあ。ふっ、そこだ! そこに居るんだろ!」
この通り、狂ってしまった。おかしくなり方が、ついに怒りではなく狂いになってしまった。
もう流石にこれ以上は一生ものの恥になる。そう思った俺は、狂う思考とそれとはまた違った思考とで並行思考というのを実践。ブラック鈴木的存在、ここでは下の名前を全て対義語に変えて鈴木悪誤とでもしよう。その悪誤から一瞬だけだが神経系の奪還に成功し、脳から唇へと司令を伝達する。
――冷静沈着
「……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛、戻ったあああぁぁ!!」
「何が『戻ったあああぁぁ』よ! その前のばか痛々しい茶番劇といい、あなたずっとうるさい! 少しは静かに出来ないの?」
「何だ、悪いかよ! 己に打ち勝ったんだ。こんぐらいのこといいだろ。というか、さっきも聞いたかもだけど、お前のステータスなんでそんな馬鹿高いんだ、チーター勇者様?」
「さあね〜、わかんないけど勇者だから!」
そんな理由で通るかってんだ、この野郎!
とは思ったが、あながち間違いとも言えないのが現状である。何より、ステータスの伸びを見ると跳ね上がりが尋常ではないからな。その点に関して言えば、俺も勇者側近に勇者サイドになってからステータスが尋常じゃなく伸びているという事実がある。まだ、勇者については色々謎がありそうだ。
だから、返しはこんな感じだな。
「許せねぇ……けど、教師しなきゃいけないんだよな。タチ悪いぜこの野郎はよ……」
このように悔しがっておけば良いのだ。そうすることで、こいつの自尊心も育つというものだ。それに、俺はこれから教師としてこいつと一緒にやることになるんだから、小さなことでもみっちり教育してやらないと。
そしてなにより、
「タチが悪いと思われてもいいよ。だって私は勇者なんだから。にひひ!」
この笑顔だ。この天使のような可愛らしい笑顔。守ってやりたくなる笑顔。いつまでも絶やしたくない笑顔。
どんなに憎いと思う時があっても、うざったくなっても、怒ってしまってもこの笑顔だけは俺の瞳に輝かしく映ることだろう。
敵わない。俺には敵わないのだ。頭脳で勝っていても、身体能力で勝っていても、今後言の波で上回ることがあろうと、何があっても敵わない。
こいつには、この桜羽アスカには。この笑顔には。
事後には何も思いつかない。