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第十二話 閑話休題

「終幕」へと向かわせることが何とかできた……のか?

 最初にあの人に会った時、金目のものを狙って攻撃を仕掛けたのを覚えている。結局、あの巨大な黒龍に敵わなくて無理だったけど。その後、彼に連れられて一緒に生活を共にするようになった。何故連れてきたか聞くと、


「君は、あの街の中でひとりぼっちだった。幼い子供がそんな状態なのを見過ごせなかったんだよ」


 と柔和に微笑みながら答えた。その時、変わった人だと思った。また、心を許せるとはこういう事なのかとも思った。俺にとって初めて赤の他人から他人へと昇格したのも彼だった。


 いつかあの人は言っていた。


「ミスリルよ。君は、君だけしかできないことは何だと思う?」


「それは異常なまでの表と裏の切り替え、とかですかね」


 素直に頭で思った通りのことを言う。すると、彼は少し首を傾げながらこう言った。


「そういうことでもあるかもしれないが、儂はこう思う。ミスリル、君が君としてここにいる。それだけで十分君だけしかできないことではないか、とね。誰だろうとそうだ。そこにその人として存在している、その事実をつくりだせるのはその人ただ一人ではないか。これは違うのだろうか。これでは駄目なのだろうか」


 この言葉に震えが止まらなかった。何も言い返すことはない。自分を受け入れてくれたことも考えると、何だか泣けるものだった。

 彼は、彼だけは自分の周囲との差異を理解したうえで認めてくれている、肯定してくれている。そして、何でも受け止めてくれる。


「……っぐ…ひっ……ぐすっ……はい! おっしゃる通りです!」


 僕は溢れ出した二つの水滴が、細く長く頬を伝うのを両手でどうにか抑え、少し赤らんだ今までで一番の笑顔でそう答えた。それでも、彼は何かものを言いたそうにしている。と、急に口を開き、


「あと、儂にはそこまでして笑顔を見せようとしなくて良い。儂はここに連れてくる時にも言ったかもしれないが、君の喜怒哀楽の全てを受け入れると覚悟して連れてきたのだ。だから、泣きたいのなら泣けば良い。笑いたいなら笑えば良い。怒りたいなら怒れば良い。そういうことなのだ。君は今、泣きたいのだろう。ならば、こちらへ来て泣くがよい。落ち着くまで一緒にいようぞ」


 と、そう言った。

 彼はこう言って僕の全てをいつも受け入れてくれた。

 優しく温かく迎え入れてそっと抱き寄せて受け入れてくれた。




 でも、そんな彼はもういない。それは事実だ。


 ――俺様を受け入れてくれる人間なんて、いるわけない


 そう思っていた。

 だけど、今俺様の目の前には良正がいる。底なしのお人好しが。あの人みたいな人間が。

 そう思った時、涙の粒たちが地面にぽろぽろと落ちていった。そして、僕は拳を下ろして良正の方へ歩みを進める。彼は目の前に来た僕をそっと抱き寄せ、ぎゅっと抱擁した。


「そうだよ、ミスリル。そうやって心を開かなきゃこの世は動き出さない。君が俺を信じてくれて心の底から嬉しいよ。これからはこうやって、互いが互いをさらけ出した状況で認め合えるといいな」


 その姿にその言葉に、あの人の像が重なって感情が込み上げてくる。僕は降参をした後もずっと落ち着くまで彼に抱きついていたのだった。



「第二戦、ミスリル・ゴルベール対鈴木良正。鈴木良正の勝利」


 試合の終わったシェイルベルが審判となり、形式上勝敗を言い渡す。何とかミスリルとの第二戦もこの俺――鈴木良正の勝利となり、最後は大将――フェルナンドとの第三戦のみとなったのだが、

 もう夜食の時間の午後七時になってしまった。




 ということで、休憩も含めて夜食を食べ終えた後、午後九時から第三戦をする運びとなった。

 そこまではいいのだが、先程の試合終了からミスリルの態度がおかしい。何か俺が変なことをしたとでも言うのだろうか。

 最後にお人好しが過ぎたのは自分でもわかっているが、そんなに影響するようなものではない、はずなんだが。


「ねーえー、よしまさー! 僕が席隣でもいいよね! じゃあ、ちょっと失礼して……」


「おい、それ言うなら席隣じゃなくてただの隣じゃねーかよ!」


「えっへへー、バレちったぁ……」


 という具合に俺にやけに距離感が近く、べたべたくっついてくる。しかも、ずっと少年体のままである。

 何でそのまま姿が変わってないんだ、というか変えてないんだ、と聞くと「普段は素の自分がいいかなぁって」と言う。隠したいから今まで見せていなかったのにそこまで変わるもんなのか、と俺は思った。

 そして、ミスリルがこうなっているのを見て、何故かアスまでべたべたくっついてくる。


「ぐっちゃん! ちょっと隣いいかな? いいよね!」


「アスはダメだよ! よしまさは僕のものなんだからぁ!」


 と言い争って、結局アスが身体をこちらへねじ込んでくる。


「ううっ。ア、アスカさん? それにミスリル? 俺が潰れちゃいそうなのは気にしないんですか?」


「いいじゃん! 仲良くご飯食べてるだけだよ〜」


「そうそう、いいことでしょー! ま、アスは邪魔だけど」


「「むむーーーつ! ふんっ!」」


 二人が左右で言い争ったり、バチバチに睨み合ったりしていてとても気が滅入めちってしまう。

 それに、アスの方からは甘くてほわっとした香りがするし、ミスリルの方からは石鹸みたいな香りがする。

 アスはどこも柔らかくて、特に控えめだけど胸の辺りが当たるとドキッとしてしまう。

 ミスリルはそのか細く華奢な体躯が儚くてドキッとしてしまう。もはや夜食どころではない。


「お、おい、いい加減離れちゃくれないか? 夜食をしっかり食べてフェルナンドと戦わなきゃいけないし……」


 そう言うと、二人はさっと自分の元の席に戻って黙々と食べ始めた。スイッチの切り替えが速すぎて置いてかれた俺は恐怖でいっぱいになった。


「良正! フェルナンドを倒すんだろ! もっとしっかり食べんか!」


「あ、ああ。そうだよね……ごめん。なんかぼーっとしてた」


「なんかじゃ済まされんぞ、あと二時間を切っているんだ。お前はもっと危機感というものを持て!」


 何だかシェイルベルが母親みたいに口うるさく言ってくる。優しい枠のミスリルがいなくなったので、俺の中では繰り上げで枠入りしている。

 いくらかシェイルベルとやり取りを交わしていると、フェルナンドが急に立ち上がった。そして、手を叩いて皆の注意を引くと喋りだした。


「えー、俺が今から話すのは第三戦についての重要な話だ! 俺、フェルナンド・セルバドスは棄権しようと思う。というのも、第一戦と第二戦を見ていて、もう十分良正の資質は見極められたと思っている。何より我らが主君、国王・ダイアス=ヨーゼフの生き写しのような数々の言動。素直に素晴らしく思う! という訳で、ここに鈴木良正の伝説の勇者・桜羽アスカの教師となることを認めたく思う! 賛同するものは拍手を!」


 突然のことにびっくりしたが、みんなが拍手をしてくれているのを見て、俺はやっとアスの教師になれることを強く実感した。ここまでの道のりを振り返ると感慨深いものがある。何だか泣けてきちゃうなぁ。そう思っている時にふと疑問が湧いてきた。


「承認されたのはいいんだけどさ……これって、第三戦どうなるの?」


 恐る恐るフェルナンドに聞いた。すると、予想通りの返答がなされた。


「え? 何を今更、絶対()()()()、試合」


「試合()()()()? しかも、()()()()()なの?」


 俺の勇者教師最終試験は、突然、砂が風に運ばれるほどに呆気なく終幕を迎えた。

「終わったもんは仕方がない」

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