第十一話 中堅、ミスリル 急
「急」ミスリル書くの楽しすぎて……
俺は狂気的で猟奇的な怒りから、ほんの少しだがミスリルの気を逸らし、小馬鹿にされたことへの怒りにねじ込むことに成功した。
だが、真の姿である少年体と戦闘狂の双方を兼ね備えた彼は相手として厄介極まりない。
少年体になった分、攻撃力のステータス振りは抑えられているようだが、速度の振りが跳ね上がっているようだ。しかも、背が低くなっている分、攻撃を当てづらくて仕方がない。そんな風に手こずっている俺を見て彼が言う。
「てめぇはてめぇで、俺様の変化にまだ追いついてないみたいだなぁ。それなら、こっちからしかけさせてもらうぜぇ!!」
――模倣、不思議の国の女王!!
すると、俺の目の前には、戦闘によって更に破壊され荒廃した雰囲気を醸し出していた円形闘技場とは全く違う、まるでおとぎ話の世界に自分が入り込んでしまったかのような風景が広がっていた。
もっと言うと、『不思議の国の女王』の世界のような。
そこで俺ははっとした。先程の発言と詠唱から考えるに、今の彼はおとぎ話状態にあり、その特殊能力の性能はきっとおとぎ話のような自らの世界を結界のように張り、その世界内で関連する魔法を驚異的な威力か効果を付与したうえで模倣するということだろう。
「ということは俺は今、小さくなってるんだよな……」
原作は知らないけれど映画なら観たことがあるので、何となく辿るべき順はわかる。
確か、アリスはクッキーとかにんじんとかキノコとかで身体のサイズを変えていたような。
となれば探し出して食べて大きくなってこの世界ごと壊してやる。どうせ幻覚幻視系統の魔法を模倣したのだろう。
さて、クッキーとにんじんとキノコっと。どこかしらの部屋の中だからか、にんじんときのこは当然見当たらないので、クッキーに狙いを絞ることにした。
「えー、クッキー、クッキーっと……」
口に出しながらうろつき、捜索を続ける。が、中々すぐには見つからない。
何だよ、だるくなってきたなぁ。というか、ミスリルのやつはどこにいんだよ。ふざけんなっ!!
そう思いながら上を向いて歩いていると、ぼふっと何か柔らかいものに突き当たる。
「……んだよ! こっちは忙しいんだよ! ……って、ネズミか。怒ってごめんな。あれ、ネズミって話通じないんだっけ?」
「あ、通じまチュー。あなたはどちら様でチュか? 何かお探しのようでチュが」
こちらではただのそこらのネズミでも人間と喋れて話が通じるらしい。何とも設定の温い世界だ。
「俺は良正だ。クッキーを探していてな」
「クッキーでチュか。それならここにありまチュ!」
おおっと。これは余裕で戻れてしまうのではないだろうか。戻ったらすぐミスリルのとこに乗り込んでやる。それで俺の勝ち。
「ありがとう。俺にくれるんだな! 何から何まで……」
「え? クッキー? あげないでチュよ。ぼくの今日の食料なんでチュ。あげられないでチュ。では、バイバイでチューっ!!」
ネズミは俺の言葉を聞くなり、正論を言い放って走り去って行った。真顔で正論をかまされてどうしようもなくなった。が、この機を逃すわけには行かないので、必死で追いかける。最悪手だが、ここでは使うしかない。
俺はネズミが詠唱の効果範囲内に入るまで走って追いかけ、最悪のあの詠唱をする。
「おい、ネズミ! すまないがお前のそれ、盗むわ」
――鼠窃狗盗
ネズミの手元にあったクッキーが瞬時に俺の手元へと移る。
ネズミに鼠の言霊使ってやったぜ! よっしゃあ! クッキーを手に入れられたから、
「これで俺のかー、ち!」
そう口にした時、何者かに腕を押さえられ、あとほんの数センチのところでクッキーを食べられなかった。
「今度は何だよっ!」
首を回して確認すると、そこにはトランプの兵隊がいた。
「お前が鈴木良正だな。ミスリル様がお待ちだ。付いてこい」
「うわっ、ちょっ、やめろーっ!!」
ということがあって、今俺はトランプの兵隊によってミスリルの前に突き出されている。きっと立ち位置的には「ハートの女王」なのだろう。元のサイズのままいやがる。
さっきのクッキーをどうしたかだが、兵隊から隠すため瞬時に口に放り込んで、少しずつ口内で溶かしていくことにした。口を不自然に動かしたり、噛んで音を立てるとまずいのでどうにか堪える。
策のおかげで、少しではあるがサイズが元に戻りつつある。まだ誰も気がついていないようだ。こちらをじっくり凝視していた彼が話し始める。
「なぁ、どんな気持ちなんだぁ良正くんよぉ。けけけっ。いい気味だなぁ。よし、皆の者、こやつの首をはねよ! なぁに、心配はいらねぇさ。これはあくまで幻覚だ。本当に首がはねられるわけじゃねぇ。少し痛むのと、精神がとち狂っちまうリスクがあるってなだけだ。まあ、せいぜい足掻いて見せろよ、良正くんよぉっ!!」
中々に長話してくれて助かった。こいつは相手が俺だということを忘れてはいないか。予測なんてしていなくはないか。本当に馬鹿だとしか言いようがないな。
「ああ。てめぇのおかげでなんとかなりそうだ。それだけ言うなら、お望み通り足掻いてやるよ。こんな風に、なっ!!」
ゴクッ、と口内で隠し溶かしていたクッキーの固形部分を一気に飲み込む。そこからことが動くのは早かった。俺の身体が一気に膨れ上がり、元通りになったことで幻覚世界は破壊された。
開放されて現実に戻った俺はミスリルに再度拳を握られる。
が、俺にはもう彼と拳を交えることは、倒すことは出来なくなってしまった。
それは、ここまでを全て踏まえて、彼の人としての様々な面を見て感じたから。彼の奥底に、かなしみややさしさを垣間見たから。
だから、俺はその全てを受け入れようと思ってしまった。これまたお人好しのせいだな。俺はその場で直立不動を貫く。
「てめぇは、何をしてんだよ! 俺様たちは今戦いの真っ最中なんだぞ! そんなことしてんなら、一方的に叩きのめすぞ!」
彼が荒々しく言う。そんな簡単なことは誰だってわかること。
けど、それをどうでもいいと思ってしまえるほど、ミスリル・ゴルベールという人間の感情に触れてしまった。俺にはもう覚悟ができている。アスには悪いけど、俺はこうするしかないんだ。
一番馬鹿なのは、実は俺だったのか。
「ミスリル。俺は表があろうと裏があろうと、どんなお前でも受け止めてやる。お前の悲しみや苦しみだって全部受け止めてみせるから、」
――こっち、来いよ
俺はそう言って微笑んで両腕を広げ、彼を待った。
「とんだ腑抜けたことを言いやがって、そんなんで俺様を止めようってかぁ? 何ともくだらねぇなぁ! クソ良正ぁぁっ!!」
あれ、俺様は何で大粒の涙を流して泣いてるんだ。
何でクソ良正にまともな攻撃をできないでいるんだ。
俺様は、俺様は何を求めてたんだ。
違いを認めてくれる人、あの人みたいな人を求めてたのか。
こいつとあの人を、いつの間にか重ねていたのか。
いつだかあの人も、こいつみたいなことを言ってたっけ。
俺様、ミスリル・ゴルベールは物心ついた時には、実親に屋敷の隠し部屋に一昼夜閉じ込められていた。監禁され、生活の全てを徹底的に管理されていた。外に出してくれたのは、結局たったの一回だけだった。
それでも、不満なんてあの時まではなかった。きっと俺様の二面性に、戦闘狂である裏の面に気がついて守ってくれていると思っていたから。だから、変なことなんて思わなかった。
でも、それは間違っていた。
こんな俺様が外に出て何かしでかしたら、と考えた親が俺様を外に出すことを恐れていただけだった。自分たちの地位を保つため、保身のためだった。
守っていたのは、俺様ではなく自分たちだった。それがわかったのは唯一、外に出たあの時。
俺様はただ自分の屋敷より大きな建物を見て好奇心が掻き立てられ、じっくり眺めていただけ。そして、そこから出てきた同い年くらいの男の子に話しかけただけ。
「ねぇ、ここは君の家なのかい? すんごい大きいね!」
「こ、こら! ミスリル失礼だぞ、止めんかっ!! すみません。こいつにはきつく言い聞かせますので……」
それなのに、父親は必死に俺様を止めようとした。微笑みながらその子にへこへこしていた。わけがわからず、またその子に話しかけた。
「ねぇ君、何とか言ってよ。ねぇってばっ!!」
きっと距離感がつかめなかったんだろう。グイグイ突っ込んでしまった。すると、冷ややかにその子が言った。
「ーーおい、そこの中年。お前がこの阿呆の保護監督者か。躾が全然なっていないではないか。ふっ……役たたずがこんなところに来るでない」
父親を馬鹿にされて気が気でなくなった。
こんなにも俺様のことを思ってくれて何でもしてくれる父親なのに、そう思った。喧嘩を売られた気がした。だから、ただ買ってやった。それだけなのに。
次に気がつくと、俺様の手は興醒めるほど真っ赤な鮮血で濡れていた。その身を覆う恐怖から、人が集まる前にその場から俺様は走り去った。
少しずつ民の群れができる中、父親の口元から漏れ出た言葉が聞こえた。
「ーーだから嫌だったんだ。あんな悪魔みたいに狂った子を育てるのは。俺たちゃこれから、あいつのせいでどうなるんだ……」
そこからはずっと泣き叫びながら、ただ真っ直ぐ走り続けた。
そこから何もかも信じることなく、己だけを信じて貧民街で孤独に過ごしていた。
そこに現れたのがあの人、国王・ダイアス=ヨーゼフだった。
そこから、人生が回り始めたんだ。
まだ構想全て終わってない




