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第十話 中堅、ミスリル 破

「破」楽しさが込み上げてくる。

「『どうこうできやしない』『何ができる』、か。ふふっ、面白いことを言うな。こんな俺でもできることはあるんだよッ!!」


「そんなわけあってたまるかァァアアアッ!!」


 俺は眼前で慌てふためきながら、一心不乱に繰り出される彼の拳を顔の前でがしりと止め、こちらへ引き寄せ体勢を崩して渾身の蹴りを見舞う。飛ばされていく彼めがけて、タックルの姿勢で突っ走る。その最中に詠唱をして徹底的に畳み掛ける。


 ――瞬間移動ゥッ!!


 彼の動きを妨げるように真正面に瞬間移動し、突っ走った勢いを保ったまま突き刺すようにタックル。戦闘狂状態の彼を押し倒し、押さえ込んだ。


「――ッ! テメェ…中々…やる……なァ……」


 大分彼も体力的に身体的に弱ってきている。

 勝利の女神が俺に微笑んでくださっている。

 今の俺には勝利への道がくっきり明瞭に見える。

 瞼の裏には俺がもう勝ったあとの光景すら見えている。

 その根拠として、俺はまだミスリルについて知っていることがある。ずばり、()()である。

 それは一人のお調子者の召喚師から聞いたものなのだが、彼いわく、


「まささん! あの、知ってます? ぷぷぷっ……思い出すだけで笑えてきちゃうんすけど、ミスリルさんって脇腹が弱いみたいっす。さっきいつも通りにみんなにちょっかい出してきたんすけど、その中でミスリルさんにもしたんす。会議中に裏に回って、脇腹を指で小突いたんすね。そしたら、『ひゃぁあ!?』なんて子供みたいに高くて面白い声を出したんすよ。ね、最高に笑えますよね」


 ということで、ミスリルの弱点は()()らしい。この情報を俺が知っているなんてミスリルはつゆほども思っていないだろう。

 彼の全ては俺の手の内に。

 彼の生殺与奪の権は今俺に掌握されている。

 これは楽しくて楽しくてしょうがない。最後の仕上げだ。脇腹を重点的に弄くり回して、弱ったところを攻撃して勝ってやる。


「れろれろれろれろれろれろ……さぁ、どうしてやろうかぁ」


 ぺろりと舌を出しながら挑発する。

 それを見て戦闘狂の彼も恐れをなしたのか、日没へ向かうと共に顔が段々暗がっていき、闇夜のようになる。ハイライトなどとうに失くなってしまったようだ。

 そんな彼を見て虐めたい、と高鳴る鼓動。サディスティックな自分の新たな一面を垣間見た気がした。最初は弱めに、と一本指でただのツンツンを食らわす。


「ぁっ……ひゃぁあっ……てめぇ……こんにゃ…ろぉ……」


 何ともか細く儚げな子供のような声を出してくる。話は本当だったらしい。お調子者のくせにこういうところは真実しか言わないんだよな、あいつ。信用できる奴かある程度見極めておいて正解だった。

 すっかり高揚し切った俺は、今度はもう少し強めにと二本指でツンツンする。


「んはぁ……ふぁぁっ……ぁあっ……」


 頬を紅潮させ、蕩けさせながらも目だけは抵抗の意思を示し、こちらを睨みつけてくる。くすぐったいのを我慢しているが、僅かに声が吐息のように漏れてしまっている。

 いいぞ、悶えている悶えている。

 しかし、着実に相手を弱らせていくことに成功しているはずなのに、何か不穏な空気が漂っているのを感じる。

 これで最後だ、と両手の十指を使って擽りを開始する。


「んはぁぁああ……はぁああああっ!! ああっ!!」


 もう顔全体が全身が火照っていて、こちらまで何だか熱くなってくる。抵抗していた目元までぐちゃぐちゃになる程に蕩けさせている。口内は少々の粘り気を帯びた唾液でこちらもぐちゃぐちゃ。声は我慢の限界を超えたのか張り裂けんばかりにオーバーな大きさ。遂に絶頂を迎えたようだ。

 全体的に考えると、非常に様々な意味で不味い表現となってしまっている。が、そんな風になってしまうのも仕方ないだろう。こんな状況で美少年が目の前に存在していたら、誰だろうと少しは変な気を起こすだろう。


 んんっ!? ()()()!?

 そんなはずは無い、何かの間違いだ。目を一度閉じて、しっかり落ち着いた心で再確認……してもミスリルは“美少年的な顔つきの青年”ではなく、紛れもなく“美少年”だった。


「てめえ……見やがったなぁっ!! 俺様の“真の姿”を見やがったなぁっ!! 誰にも見せずにやってきたのに、()()()以外誰にも見せずにやってきたのにぃっ!!」


 俺が呆気にとられている隙に悶絶から脱出した彼は、むきぃーーっと狩猟刀(ハンティングナイフ)のように鋭利な殺意と赫炎せきえんのように熱く燃えたぎる恨みを向けてくる。

 俺はただ弱点をねちっこく攻め続けただけなんだけどな。

 それなのに何故、彼の容姿は変わってしまったのか。

 何故、青年体から少年体へ変化してしまったのか。

 全く理解が思考が追いつかない。すると、先程からずっと惚けている俺に彼は語気強く言った。


「あの人は、俺みてぇな居場所もろくにねぇくそがきを貧民街の隅なんてこの世の吹き溜まりみてぇな、溝みてぇな世界から救ってくれた。いつも優しくて暖かい、そんな居場所をくれた。どんな俺も受け入れてくれた。なんでも教えてくれた。話を聞かせてくれた。話を聞いてくれた。いつも見守ってくれた。いつも支えてくれた。色んなことをして楽しませてくれた。喜ばせてくれた。嬉しくさせてくれた。悲しくなったら優しく頭を撫でてくれた。怖くなったら一緒にいてくれた。いいことをしたら褒めてくれた。悪いことをしたら叱ってくれた……くれた……くれた……くれた……そんな人にしか、一番大切なあの人にしか見せていなかったのにぃっ!! てめぇはぁぁあああっ!!」


 戦闘狂のさっきなんか比にならないほどに怒り狂っている。そんな中でも正確無比な猛連撃を見舞ってくる。

 もう本当に止められないかもしれないと不覚にも思ってしまった。でも、俺が腰が引けていてはでは駄目だ。俺は前にアスと固い約束を結んだんだ。「絶対に全勝してお前の教師として目の前に立ってみせる」と。

 そして、さっき俺は確かに決意したんだ。

 ミスリルには負けないって。

 アスを、みんなを守るために負けてなんかいられないって。

 俺がここで拳を握り、構えないでどうする。だから、


「ミスリルゥウウ!! 俺は何度だっててめぇを叩きのめして、最終的に絶対勝利をもぎ取ってみせるッ!! みんなを守り切ってお前もその悲しみから救ってみせるッ!!」


 俺はそう堂々と胸を張って宣言した。自らを鼓舞し高めていくために、明確な意志表示を互いにしたうえで完全なる真の戦いを始めるために宣言した。そんな様子の俺を見て彼も続ける。


「だからぁ……てめぇは俺様にゃ敵わないんだよぉっ! 耳の穴の奥の奥まで鼓膜が破れちまうほどにかっぽじりにかっぽじってよく聞いてろぉ! 俺様にはてめぇも知っての通り()()()がある。でも、その表と裏は一組じゃねぇ、二組ある。()()()()()()だ。精神面は、てめぇの知ってる方の組、普段の正気(サニティ)状態と戦闘狂状態。身体面は、てめぇの知らねぇ方の組、普段の妖精の尾(フェアリーテイル)と今のおとぎ話(フェアリーテール)状態だ。詳しく説明すっと不利になるから言わねぇが、俺は今精神と身体共に()()()。つまり、今がてめぇにとって最悪の完全なる()()姿()だぁ!! さっきならまだしも今の俺様に敵うはずねぇんだよぉっ!!」


「表と裏が二組あるんだな。やっとつじつまがあって理解できた。ありがとうな。それなら予測も立てやすい。なあ、敵に塩を送るようなことしてよかったのか? てめぇ、さては少年体になって馬鹿になったか?」


 もう攻略が厳しくなってきたなと思っていたところに、彼は情報を投下してくる。会話の通り、本当に馬鹿だと思う。

 しかし、そのおかげで表を考えて裏を導き出せれば倒せる可能性はある。というか、もう言ってくれたのでその必要も無い。


「ばばば、馬鹿なんかじゃねぇ! それくらい余裕だってことだぁ!! そのふざけたことを吐かす口をふさいだらぁっ!!」


 俺とミスリルの完全なる真の戦いが、やっと始まる。

ここまで来たからには「 」も書かないとね

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