第九話 中堅、ミスリル 序
「序」副題は気にせずにまずはそのまま読んでください。
俺は眼前の頭ぶっ飛び四人組によって機能停止まで精神的に追い込まれた。
そんなわけだが、その後身体をブンブン揺さぶられバシバシ叩かれ、殴られ、蹴られ…… 色々やられて何とか復帰した。
機能停止からは、な。
今度は身体が悲鳴をあげた。
三半規管は狂い、頬はパンパンに膨れ上がって、おたふくみたいになっている。まともに喋れやしないし、視界がぐるりぐるりと回り続けて気持ち悪いため、立ち上がれもしない。万華鏡の中に閉じ込められたみたいだ。もう最悪だよ。俺はいつまでこいつらに振り回されなければならないのだろうか。
結局、更に追加で休息をとることとなった。
身体の回復のために、ね。何故また休息をとっているのか。自分でも馬鹿らしすぎて笑えもしない。
召喚師のみんなに回復詠唱をしてもらい、精神的にも身体的にも完璧な状態を再びつくり上げた。円形闘技場の方も破壊が済み、心配なさそうだ。
今度こそ、やっと第二戦を中堅戦を開始できる。確実に当たり前のことなのに、不思議と目頭が熱くなって込み上げてくるものがある。第一戦は到着から直ぐに始められたのに、こっちは計一時間弱かかっている。手間のかかる方が、と言うやつなのだろうか。まあ、今はどうでもいい。ミスリルとの戦いを開始しなくては。
「ミスリル。こっちは準備完了している。そっちはどうだ?」
己の現状を伝え、理解してもらったうえで彼の状況を聞き出す。これで互いの準備完了が確認できれば戦いの火蓋が切って落とされる。
「えぇ。こちらも完了してますよぉ。この通り、ねぇ!!」
そう言うと、彼の全身はバチバチッと音を立てながら青白く発光し始めた。計り知れない程の帯電状態に爆竹くらいの連続性を持った衝撃音。誰もが聞き覚えのあるチクッとした痛みを伴う音。
それが、パチッならまだ良かった。でも、今発生している音は、バチッなのである。悟った瞬間、自身に何かがあったわけでもないのに、足元は当然かのように後退していた。
条件反射である。生物は、ある行動をとった時にどうなるかを数を重ねる毎に学習していく。
例えば、梅干しを食べるといった行動をとった時、酸っぱくてそれを誤魔化すためにか知らないが沢山の唾液が出た、分泌したということを何回か身をもって体感し、学習したとしよう。
すると、いつからか梅干しを見るだけでも唾液を多量に分泌するようになる。「酸っぱくて唾液が出る」という結果を知っているがために起こる、一定の条件下で反射的に起こる事象。それが、条件反射である。
つまり、俺が何を言いたいか。
今まで経験してきたものだけでも条件反射で後ずさってしまうというのに、未だかつて聞いたことのない放電時の発生音では到底敵うはずがないということだ。
過去のどの静電気よりも危険だろう、感電したらどうなるのだろうと思案したとて纏まりようのないのは自明の理。だが、考えたくなるのが人の常というもの。低回に低回を続け、余計に自分に圧がかかっていくのがわかる。
それでも止められない。「たかが静電気、されど静電気」だ。段々全身を何かに引かれ、覆われ、動けなくなっていくのを感じる。希望が見えてきたところにこれだ。
「…あ……ぁあ……ぁぁあああ……」
俺は感嘆の声が漏れるのみの生きた屍と化した。それ以外に何かできるような精神状態は失くなった。そんな俺を後目にミスリルはにやりと不敵な笑みを浮かべながら詠唱を開始する。
「――迅雷風烈」
途端に彼が纏っていた強大な静電気が雷へ昇華し、突風を帯びる。その雷と風は円形闘技場全体を包み込み、尋常ではない速度で猛進を続ける。みんなは防護壁を展開したりして対処しているが、俺は為す術なく無惨に感電する。激しい痛みが全身を襲う。何とも厄介な詠唱だ。
自分だけがこれを食らっている。
そう思いながら倒れ込んだ先で全体を見渡す。すると、そこには防護壁から外れてしまった一人の召喚師の姿があった。
「お、お助けを……ミスリル様……」
細々とした声で彼は言った。しかし、ミスリルは一向に動こうとしない。彼の方へ動き出したミスリルは何をするかと思えば、急にこう口を動かす。
「ァア? 俺様に指図するってかァ? ざけんじゃねェ…… テメェのことはテメェでどうにかしろこのクズがっ!」
ミスリルとは全然思えない、針のように刺々しく相手を寄せつけない言葉。これが噂の例のアレ、か。俺はその時、ミスリルの例のアレを実感した。只者ではないとはわかっていたが、こんな正体をよく隠せるものだ。
ミスリルの例のアレとは彼の真の姿、戦闘狂のことである。話によると、普段の優しく角のないミスリルは戦闘になると、特に本気でとなると真の姿、戦闘狂を顕現するとのこと。その様子はシェイルベルが言うには、
「あれをどうにか対処できるかは、俺とフェルナンドの二人がかりでもどうなるか分からない。道徳心など欠片もなく、戦闘に対する思いだけになるからな。残酷なまでの暴力、飛び交う怒号に暴言。他国からはよく二つ名で呼ばれている」
らしく、フェルナンドが言うには、
「国内の何者より戦闘力として高いのは、戦闘狂を顕現したミスリルだな!」
ということらしい。その二つ名は「堕天使」や「戦闘狂」といったところだ。これらは、彼の真の姿の一端に過ぎない。
だけど、そうだろうけど。胸がぎゅっと締め付けられて痛む。人を、しかも自分の部下をそこまでできる気が知れない。いつものお前はどこに行ったんだよ。誰にでも優しくて少し変わってるくらいのお前はどうしたんだよ。
「ケケケッ! 何奴も此奴もやわ過ぎる、弱過ぎる。相手にならねェ、つまらねェ!! もっともっとこの俺様を楽しませてくれよォ!! ケケケッ、ケケケケッ……」
「――ミスリルゥウウ!! てめぇは、てめぇはぁああッ!!」
俺は胸中のこの想いをミスリルに伝えようと、必死で肺に酸素を取り込み腹から大きく発声する。
すると、彼はこちらに気味悪く首をぐるりと回し、爬虫類が獲物を見るかようにギョロッと目を剥き、超速で向かってくる。
えげつなく速い。いくら戦闘狂状態の大幅強化があるからと言っても速すぎる。何か、何か他に要因があるはずだ。俺はミスリルの至る所を観察しようとする。が、速すぎて目で追うことが出来ない。くっ、一体どこに。
「テメェは何をこの一瞬で変えようって言うんだァ! 無理なんだよォ! 今の俺様はもう既に誰にも止められなくなっちまってんだよォ! ケケケケッ!! ほらよォ!」
ミスリルはすぐさま殴りと蹴りの洗練されたマリアージュを食らわせ、俺に全く暇を与えない。
考えようにも集中し過ぎると殺られる。
これが堕天使の二面性と戦闘狂の執着の恐怖。敵に回すとここまで厄介になるが、味方となると救いになるよな。
でも、ここで俺が倒さないとシェイルベルとフェルナンドでも無理かもなんだよな……アスがいるじゃないか!
いや、アスの力をここで借りては教師としての沽券に関わる。何としても俺が、ここで、倒さねば!
この時、俺の強固な決意の効果が発動した。
正確には、既に「アスとの約束を守る」という決意のもとに発動していたのだが、それより巨大で明確な「ここでミスリルを自分だけで倒して止め、みんなを守る」という決意が成立したために更に強力で絶大な弱化をミスリルに、強化を俺に付与することができた。そのため、追加発動の意で発動なのだ。もはや覚醒みたいなものだ。
「一瞬で変えようなんて思ってない。この世には本当に一瞬で変わってしまうものなんて存在しないからな。だから、俺はこの戦い全てを賭けてお前を止めるんだ!」
「ケケケッ……笑わせてくれるなァ! やれるもんならやってみろォ!!」
強固な決意ができたおかげで、何とか自己強化三点セットの並行詠唱もでき、身体能力ではほぼ互角まで持ち込めたので、繰り出される攻撃をいなし避けたりしながら思考を続けた。
その中でこれまでのことを分析していると、ふとルシファーについて思い出した。
確か堕天前と後では、強さだけでなく異能も違ったような。となると、今ミスリルはいつもと違った特殊能力を持っているのではないか。そんな分析結果に至った。
だとしたら、魔法の詠唱をしてもいないのに、一度の言霊行使で激しい雷と風を発生させると同時に加速効果は何故だ。段々と核心に迫っていっている気がする。さっき詠唱していたのは、「迅雷風烈」だった。この意味は……
「テメェ……いつまでこんなことしてるつもりだァ? 無駄だとわかんねぇのかァ!」
「わかんねぇな! でも、おかげでわかったことがあるぜ! てめぇは一つの語から二つの効果を発動できるってことだ!」
迅雷風烈
この語の意味の一つは激しい雷と風。そして、もう一つは、行動が素早い様子。
つまり、一度しか言霊を行使していないミスリルが、この二つを同時に成せるのは同時に発動できる特殊能力がなければ無理なのだ。俺のこの発言に彼は少し焦りを見せながらこう言う。
「テ、テメェがそれをわかったってどうこうできやしねぇだろォ! そのわかったこととやらは何になるってんだよォ!!」
よし、勝った。この瞬間、俺の敗北の予感は勝利へと脅威の転換を遂げた。
かいていて
らくではなくて
はかなくて
このさきずっと
すきになっちゃう
らむだえーおー