第八話 安寧を求む
安寧が欲しい、現実の私は強く強く願います。
俺は第一戦で先鋒のシェイルベルに勝利した。
そして、アドレナリンびしょびしょ、脳内麻薬びしょびしょで狂っていたので、落ち着かせるためにも大人しく仮眠をとることにした。
「第二戦っていつ始めるんだ、ミスリル? 三十分くらい疲れをとるために仮眠したいんだが」
「えぇ、私はいつ始めてもいいんですがねぇ。ばたばたしてたでしょうから、よく寝てくださいねぇ」
「ありがとな! じゃ、三十分後に起こしてくれな!」
「はい。三十分後に、ですねぇ。では、おやすみなさい……」
仮眠をとることにしたと言っても、すぐには寝付けないので、少し考え事をした。
今日の一連の騒ぎは、三人がしたんだよな。だとしたら、どうやってそんなことができるんだ? 魔に蝕まれた人々を転送してきた、とか。
流石に魔の研究成果を使って、街人達を蝕んだりなんてしないよな。としたら、やはり転送になるか。どこから転送なんかするんだ?
色々な疑問が連鎖して湧き出てくる。考えても考えても、結果は変わらず、わからずじまいだ。だから、考えるのをやめた。
そして、眠りについた。
………ボガ
……ボガガ
…ボガガガガ
何だ? さっきから辺りがやけにうるさくなってきて完全に起きちまったぞ。これ、目を開けていいのか? 何かされそうなんだけど…… 俺はこのままじゃ埒が明かないと思い、瞼を開けた。すると、そこは戦場と化していた。
「あ、ぐっちゃん起きた〜! ぼがんっ!! よく寝れた〜?」
「おお、良正! 起きたんだな! ガキィン!! おはよう!」
「何だ、急に早起きになったか。ドゴォン!! ま、いいや」
「よしまさ、三十分ぴったりですねぇ。キュピィーン!! どうしたんですかぁ?」
「みんなして何だよっ! 会話の合間合間に恐ろしい効果音入れてくんじゃねーよ! あと、何が『ぴったりですねぇ』だよ! お前らがうっせーから起きたんだよ!」
そう、馬鹿うるさかったから起きた。ただ、それだけだ。
なんだけど、怖ぇよこいつら。溌剌にツッコんだけど怖ぇよ。
普段通りに普段通りじゃないことしてくる。笑顔で円形闘技場をぶっ壊している。
アスは地面を、フェルナンドは石壁を、シェイルベルは天井を、ミスリルは壊れた箇所を更に破壊している。
殴撃で、斬撃で、蹴撃で、光撃で破壊している。
全身の毛穴がぐグッと縮こまり、鳥肌が立つ。流石に止めさせたいし、何が何だか分からないので、話を切り出す。
「やめーい! 一旦やめーい!! 何があってこんなことしてんだ? 本当に怖いから教えて、ね?」
恐る恐る聞き出すと、シェイルベルが真面目そうにふざけながら答えた。
「あ、それならお前のアラーム代わりだな。多分」
「や、お前、それは違うじゃん! さっき『早起きになったか』とか言ってたのお前だろ? それはない。絶対嘘だ!」
「うわ、バレたわ。じゃあ、次フェルナンドで」
「ん? お、俺か? どうボケようか! えと、そうだ! 良正、これはボケだ!」
「いや、お前もないわー。『どうボケよう』とか言ったらもろバレじゃん! お前の性格上無理だ。わざとボケようとすんな。しかも、『これはボケだ』ってそれはもうわかってるわ」
「そうか…… 駄目だった。無念。じゃあ、次アス!」
「え、私がやんの? えー、これは修行の一環だよ!」
「お前もないわー。『やんの』って言ったら駄目じゃん。あと、ありそうな理由も止めて。ボケるなら振り切ってボケて。ボケ切って、お願いだから」
「無理か〜。いけそうな理由だったのに〜。じゃあ、最後ミスリルっち! お願いします!」
「これは戦いやすくするためですよぉ。以上ですねぇ」
ミスリルが何言ってるのかわからなくて、思わず絶句した。もはや意味もわからず、ボケか本当かもわからない。
「あのー、それはどっち? ボケか本当か、どっち?」
「あ、わかりづらかったですねぇ。本当ですよぉ、本当」
「そうだ。これが真実だ。わかったかくそ良正。馬鹿が……」
「お前は入ってくんな、シェイルベル! 余計ややこしくなる」
『戦いやすくするため』が本当だとしても、真面目に意味がわからない。だから、助けを乞うことにした。
「誰かもっとこう、噛み砕いて説明してくれないか?」
「じゃあ、私が説明するよ! えっとね〜、ミスリルは戦闘でぼっかんどっかんとか、びびびとかするからもういっそ壊そうってなったの! よ〜し、分かったね!」
擬音語が分かりにくいにも程がある。ミスリルとの戦闘となると言霊を放出したりするから、いっそのこと壊そうってことなんだろうけど。アス、お前には言霊があるじゃん。以心伝心とか使ってくれればいいのに。その擬音語の不可解な点もなくなって、合点がいくだろうに。
というわけで、以心伝心をこちらから行使する。
――えー、もしもし。こちら良正、アス殿は繋がってますでしょうか?
――え〜、こちらアス殿。完璧に繋がっております!
――お前が自分で『アス殿』は言うな。俺がふざけただけだ。変な乗り方するな
――お〜、これは失敬失敬。で、用件は?
――俺にはお前の擬音語がまだ良くわからない。だから、もう一回、この状態でミスリルの戦闘イメージをくれ
――お〜け〜! 確かこんな感じ、だった!
アスとの以心伝心を通して、ミスリルの戦闘イメージが流れ込んでくる。さっきの光線的なのを撃ちまくる気なのか。なら、後で壊れるより今壊せ、ってことか。ようやく全ての点が繋がって線になった。
――ご協力感謝する。では、回線を切ります。
――こちらこそ。お疲れ様でした、私!
理解できたことなので、ふっと現実の会話に入る。
「ミスリル! よーくわかったぜ! 後で壊れるより今壊せ、ってことで合ってるか?」
「えぇ、そういうことですねぇ。よしまさが理解するまでに結構時間を使いましたねぇ」
「す、すまん。ま、これで清々しい気持ちで戦える」
「良かったですねぇ。あぁ、この時間で円形闘技場の破壊も天井全てと石壁上部が終わりましたねぇ。あと、適当に地面もぐちゃぐちゃにしておきましたよぉ。では、さっそく始めましょうか。第二戦を。」
「ん? いや、ちょっと待てよ。地面は何で破壊していたんだっけ、ミスリル?」
「だからですねぇ、適当にですよぉ」
「いやいやいや、そんなわけ。適当なんて理由で壊していいものじゃないじゃん」
「いいえ、適当にですよぉ」
「………………え?」
「よ、よしまさぁ。機能停止しないでくださぃ」
「ちょ、ぐっちゃん! しっかりしてよ! もう!! 適当がどうしたのよ、適当が!」
「その通り。適当には何もおかしいことなどないではないか。今おかしいのはお前だ、良正」
「そうだぞ! 男なら適当だの何だのと気にすることはない! 今気にするべきは戦いだ! はっはっはっは!」
こいつら四人、頭がぶっ飛んでやがる。
これにはついていける気がしねぇ。
薄れた意識の中で、俺はずっとそう思っていたのだった。そして、こいつらには関わりたくないとそうも思ったのだった。
俺は、第二戦に勝つことができるのだろうか。いや、挑もうという気を起こすことができるのだろうか。もう無理な気がしてならない、そんな日没直前の俺だった。
無理でした……