第七話 先鋒、シェイルベル
シェイルベルはいいキャラになるなー。きっと。
俺はシェイルベル達の挑発行為に乗り、石造りの円形闘技場へと身を投じることにした。
瞬間移動で飛んできた部屋の絨毯に足をつけ、これでもかと後方へ力強く蹴った。蹴られた絨毯は遥か後方へ飛んでいき、俺の身体は居合の構えをとりながら前方へ突き進む。すぐ横に居たアスを通り過ぎ、三人衆の前に差し掛かった。
すると、そのうちの一人――シェイルベルがへんぴな手振り付きで喋りだした。
「ふっ、その調子だ! まずはこの俺、シェイルベルからだ!」
どうやら、先鋒は体術主体のシェイルベル・ヘムズらしい。俺は三人衆への意思表示と自らの鼓舞のため、青臭い台詞を吐く。
「ああ! 望むところだッ!! ブチのめしてやる!」
そう言ってパッと瞬きを終えると、目の前の彼の姿は文字通り消え去っていた。少しの残像も残さず消え去っていた。
今までの実戦形式の授業とはまた違った異様な雰囲気が俺を包む。確かに授業でも人並み外れた、「完璧人間」たる「超人」ぶりを遺憾なく発揮していたが、それはあくまで手加減をしての動き。
分かっていた。分かっていたけど、ここまで離れていたとは。
全然力なんか出しちゃいなかった。
せっかく追いつけると思っていたところなのに。
力量の差が、戦闘力の差が、想定の範囲を優に超えるあまりに大きいもので、流石に参ってしまう。
でも、既に俺の特殊能力・強固な決意の随意領域内だ。シェイルベルには弱化が、俺には絶大な強化がかかっている。自己愛の分も含めれば優位に立てそうなものだが、
「――なんだ、少し焦りが見えるな。俺は後ろだ」
既に背後に回ったシェイルベルにどうこうできるほど、今の俺は強くない。今の俺は。
「っがふっ…… ごはぁっ……」
「ほら、素早く立て直せ。よぉっ!!」
ヒュッ。ボガボカガ……
背後から強く蹴り上げられ、空中に浮いた俺は殴打の嵐に見舞われる。なんとか急所への直撃を避けて防御していくことはできるが、一撃一撃が重みを持っている。いなせている、とは到底言えないものだった。息をする間もなく、言霊を使わせてはくれない。少しの間隙はあっても、精々ほんの少し息が整うくらいだ。
なら、いっそのこと、
「っくっ…… ぐはああぁぁぁぁぁ!!」
一撃大きい攻撃をくらう。わざとくらう。その衝撃で吹き飛ばされている間に詠唱をする。
攻撃をくらいはしたが、言霊の行使に支障がないよう胸目掛けての攻撃を、あえて身体の軸をずらすことで肩に当てさせた。
俺の身体は、高速で回転しながら吹き飛んでいく。物理的な頭フル回転である。でも、フル回転する前から詠唱するものは一つに決めている。
身体能力向上こそが、シェイルベルに勝つ唯一の方法。なら、これらしかない。
――天上天下
――唯我独尊
――一騎当千
並行詠唱。俺の特殊能力・天才があるからこそできること。つまり、俺であるからこそできること。
自己強化をなるだけかけまくってやった。これでやっと手綱を並べられたと言ったところだろう。なんとか土俵に立てはした。
ここからが、本番。
「――っぐ、へへっ。どうよ。なあ、頭使ぇやこんなこともできるんだぜ」
「まあまあ、と言ったところだな。お前ならそれぐらいやってくるだろうと思っていたからな」
「それは俺を認めてくれているってことか? なら、ありがとさん。それじゃあ、第二ラウンドといこうか!」
俺とシェイルベルは、この台詞を境に互いに加速し、接近する。
「これは楽しくなりそうだ! 二人ともやる気だな!」
「えぇ。これは見逃せませんねぇ。次は私ですしねぇ」
「え!? えぇ〜!? ってなんでこんなことになってるんだっけ?」
戦闘を楽しげに観るフェルナンドとミスリルに対し、アスは何が何だかわからなくなっているらしい。
馬鹿らしい顔に言動、いつ見ても面白い。
「そっちばかりに気をやるな! 相手は俺だっ!」
シェイルベルに諭される。悪気があったわけじゃ決してない。が、この状況が楽しくなってきて、どうしようもないのだ。
「ああ、分かってる、よッ!」
互いの顔が近々に接近した所で、俺達は攻撃を仕掛け始める。
まず、シェイルベルは右ストレートをかましてくる。
身体能力に強化がかかった俺は、向上した反射神経と俊敏性で身体を横にして避けてみせる。
そして、大きく伸ばされた右腕をガシッと両腕で固く掴み、重心を前傾にしているシェイルベルをそのまま前方へ引く。
盛大にかかった! もう、俺の勝ちだ!
「っうおぉ…… とでも言うと思ったか。俺はそれほど甘っちょろくないぞ。残念だったな」
シェイルベルは余裕そうに笑みを浮かべ、こちらを見てくる。
だが、俺だってそんなもんじゃない。
「残念だったのはお前の方だぜ、シェイルベル! 俺の作戦はそれほど甘っちょろくない、ぜッ!!」
そう、俺の作戦にはまだ続きがある。
最初、シェイルベルの右ストレートを止めたところだが、これはずっと彼の動きを観察してきて予測したものだ。
言霊でも何でもない。人間観察は俺の趣味なんだ。
この一週間観察したところ、シェイルベルは何かを始める時に基本的に右から始める傾向にある。その確率、なんと脅威の八割五分だ。
食事でも右の皿から。部屋に入るのも右足から。服は右腕から。人を呼ぶ時も右側から。などなど挙げたらきりがない程だ。
だから、右だと予測できた。殴ってくるのは、俺の顔がアス達の方を向いていたから、シェイルベルなら殴るだろうと思った。
そっぽ向いたのだって立派な作戦の内だ。
そして、引っ張るところだが、あんなのじゃ動じないことくらい明白だ。なんせ相手は体術メインのシェイルベル。しかも、めちゃくちゃ頑固ときた。絶対動じない。そう思った俺は、続きを考えた。
動じないシェイルベルは、きっとこの辺で終わりだと思うだろう。なら、度肝を抜いて勝つためには、とね。その結果が、これだ。
――鼠窃狗盗
……………………
……………………
俺が言い放ったのは泥棒を意味する言葉。一体、どういう効果なのか。
「さあ、シェイルベル。お前の大事なもの、盗んでやったぜ。けけっ!」
そうさ、効果は盗み。盗んでやったのさ、シェイルベルから。
「何っ!? 一体何を盗んだって言うんだ!」
「何って? 俺が盗んだ大事なものは……」
「大事なもの、は……」
「摩擦力、だッ!」
「ま、摩擦力だとっ!?」
“摩擦力”
それは、この世に存在する全ての物体が、接触面を有する時に働く力。動いていようと止まっていようと、それは絶えず働き続ける。接触面を有する限り。
そんなわけで、この摩擦力を失うとどうなるか。
動き出した全ての物体は、慣性の法則に則り永久にその動きを続ける。曲がることもできず、ただひたすら直進し続けるだけ。
自らの動作を妨げるものから解放されるが、それと同時に他との接点をも失う。永久に孤独だ。
そこで今回のシェイルベルだが、俺は摩擦力を盗んだと言ったが、何から盗んだでしょう?
シェイルベル本体ではない。
正解は、シェイルベルの靴。
つまり、地面との接触面から摩擦力を盗んだ訳で、シェイルベルは俺が掴んでることで体勢を保てている。そこを強く引っ張るとどうなるか。そう、引っ張った方向へ一直線に突き進む。
では、戦闘へ戻る。
「あ、聞こえてたかわかんないけど、もう二つ詠唱してたから。今、地面は真っ直ぐ滑れる石床だよ。じゃあ、シェイルベル! 行ってらっしゃーい!」
「っうおぉ、うわ、うわうわうわうわぁああ!!!」
「あれぇ〜? っうおぉって言っちゃってるよ〜! ちなみに、詠唱したのは、原点回帰と一合一離だよ! 砂を石にして、無駄な所は離したよ!」
「う、うるさいな! お、おい! それよりこれは止められないのか? おい! はやく! 早く止めてくれぇー!!」
「なら、俺の勝ちだな! すぐ解除するよ。ほいっ」
ピタッ、とシェイルベルの身体が石壁の前わずか数センチでぎりぎり止まった。
「あ、ああ、あぶないじゃないか! 物凄く、こ、怖かったんだからな!」
「ごめんごめん。でも、勝負だから真剣にやったんだぜ? ……勝てたー! 俺でも勝てたー!」
「いや〜、よかったね! ぐっちゃん、かっこよかったよ〜! ほら、しゅっしゅぱぱって、ね!」
「ああ、良かったな、良正! 俺は最後だ! 覚悟しとけ!」
「次は私ですよぉ。少し時間をあけてから始めましょぉ」
「ああ、みんなありがとう! 絶対全勝してみせる! だから、もう少し待っててくれ、アス!」
「うん! 絶対勝てるよ! 気合入れてこ〜!! お〜!!」
「お、おー!!」
俺は最高の一撃を見舞っての勝利を噛み締め、安堵する。そして、アスとともに次の第二戦、第三戦へ気合いを入れた。こうして、唐突に始まった第一戦は、幕を閉じた。
よかったねー!




