エキシビションマッチ!
円形修練場に角笛の音が響く。
「では、これにて二次試験の〈模擬戦〉を終了――」
「おい、待ちなよ」
客席のオーレンが、グレンの言葉を遮るように声を上げた。
ひらりとフェンスを越えてこちらへ向かってくる。
脇に束で置いてあった模擬刀の中から、バスタードソードを一振り掴んでリングに上がった。
「エキシビジョンマッチだ。俺が直々に『指導』してやる」
「ひゅ~。かっちょい~!」
ティルが後ろから茶々を入れる。
「おい! 何を勝手なことを……! 駄目に決まっているだろう!」
グレンが止めに行こうとするのを、いつの間に移動していたのかティルが肩を組んでなだめすかす。
「まぁまぁ~。いいじゃん、グレンちゃん。オーレン、なんかイライラしてるから、刺激すると仕事に影響しちゃうよん」
「っ……! いや、しかしだな!」
グレンがちらりと審査員席のお偉方を見る。
お偉方はそれぞれ顔を見合わせあうと、責任を押し付け合うようにこそこそと相談を始め、やがて、
「好きにさせてあげなさい」
と、投げやりな方針を打ち出してきた。
貴族の子息と言うだけで、ここまで影響力があるとは……。
そうこうしている間に、オーレンは俺の向かいに立って見下すような視線を投げつけてきていた。
こうなってしまったら、逃げるのも癪だ。
いや……日本にいた頃の俺だったら確実に逃げてたな。
そう考えて僅かに苦い顔をする。
「いいですよ、先生。やりますよ」
グレンに向かって言ってから、オーレンを睨み返した。
「おい。その代わり、俺が勝ったらあの子……クララに二度と関わるな」
「はあ……? っくっく……はっはっは!」
オーレンは俺の言葉に一瞬ポカーンとした後、堪えきれないように腹を抱えた。
「おいおい、マジかよ。勝つつもり? 低ランク冒険者の平民が? くくっ……。いいよ。万が一、お前が勝てたらそうしてやるよ。その代わり――」
オーレンが後ろの客席に目配せすると、連れの貴族の生徒たちがクララの背中を小突いてフェンスまで引っ立てた。
「お前が負けたら、アイツには貧民窟で客でも取ってもらうか」
クララの周りにいる白い制服の青年たちが、口笛と下卑た笑い声を上げる。
クララが顔面を蒼白にさせながら、俺に困惑した視線を送った。
それを安心させるように笑いかける。
「大丈夫だよ。すぐ終わらせるから」
ちらりとリングサイドのミアたちを見ると、心配するような表情は全く浮かべていない。
むしろ、『地獄へ落としてやんな』とジェスチャーで俺に示してきた。
俺はそれに苦笑しつつ、オーレンに向き直る。
「どこまでも舐めやがって……。イラつかせんじゃねーよ、ゴミども」
オーレンは怒りをあらわに俺を睨みつけていた。
『主……』
「なんだ?」
『この者の性根、私が叩き直してもよろしいでしょうか?』
ランスロットの言葉に俺が答える間もなく、
「平民の生き方ってやつを教育してやるよ。……いくぞ」
オーレンが剣を抜きざまに地を蹴った。
速い!
受験生の剣士とは比べ物にならない鋭さだ。
一瞬で間合いを詰めてきたオーレンの逆袈裟切りを、すんでのところで後ろ飛びに躱す。
目と鼻の先を剣先が掠める。
模擬刀とはいえ、この鋭さで打ち込まれたら大怪我は免れない。
「ほう。ドブネズミらしく、逃げるのは上手いみたいだな」
オーレンがゆっくりと歩いて間合いを詰めてくる。
俺は剣を構えながら、背中に流れる嫌な汗を感じた。
『主。しばし身体をお借りしますよ』
「え……? うわっ」
一瞬平衡感覚が無くなって片膝をつく。
次の瞬間、俺の身体は俺の手を離れていた。
他人の物のように俯瞰的な自分の視界が、ゆっくりと持ち上がる。
俺の身体が勝手に立ち上がったのだ。
『主。すぐにお返ししますので、しばし我慢を……』
ランスロットの心の声が聞こえてくる。
ランスロットは俺の身体で長剣の切っ先をオーレンに突きつけると、
「さぁ。貴様に〈剣〉のなんたるかを叩き込んでやろう」
俺の声でそう言った。
実際のところ、俺の意志次第で身体のコントロールは取り戻せるであろう事は感覚で分かっていたが、とりあえず俺はランスロットに全て任せることにした。
俺――いや、ランスロットが剣を中段に構える。
「……!」
オーレンの身体に緊張感が走って、歩みをピタリと止めた。
傍観している俺にも分かる。
ランスロットのリラックスした構えから発せられる、威容な圧力が。
剣気、とでも言うのだろうか。
それは一瞬で修練場全体を包み込んだ。
今まで野次を飛ばしたり騒がしくしていた貴族の生徒たちや観客たちが、ピタッと静まり返っている。
「くっ……なっ……馬鹿な…………!」
オーレンが、本能で感じているであろう恐怖を否定するように腕に力を込める。
「……ざけんなっ!」
地を蹴った。
ランスロットへと大上段の斬り下ろしが迫る。
「〈ヘヴィストライク〉!」
オーレンの剣が鈍く輝いて、斬撃に〈剣術〉スキルの技の効果が乗る。
ランスロットはそれを片手で持った剣で軽く受け止めた。
リングの石床にヒビが入るほどの衝撃、しかしランスロットがそれを受けた剣はまったくぶれない。
「……!? うおおおッ! 〈ダブルストライク〉!」
翻ったオーレンの剣が速度を大幅に加速させて、連撃を放ってきた。
普段の俺なら目で追うこともままならないスピードだろう。
しかし、ランスロット越しの俺の視力はその二つの剣閃をあくびが出るような速度で追うことが出来た。
刀身の飾り彫りの文字まで読むことが出来そうだ。
丁寧な剣さばきで、連撃が羽根のようにいなされる。
「っ……! 〈ダブルストライク〉!」
二度仕掛けても同じことだ。
ランスロットは一歩も動いてすらいない。
――ガギッ!
ランスロットの剣が、振り切ったオーレンの剣を軽く押さえる。
それだけでオーレンは剣をピクリとも動かせなくなった。
まるで師匠が小さな弟子に教えを与えるような剣さばきだ。
「くっ……むっ……!」
「どうした。その程度か? さぁ、もう一度撃って来い」
ランスロットが剣を離すと、オーレンはバックステップで距離をとった。
剣を大きく後ろに引き絞る。
「舐めやがって……! これならどうだ!? おおぉッ! 〈サーペントファング〉!!」
オーレンがその剣を大きく斬り払うと、〈剣術〉スキルによって高められた剣気の刃が空気を斬り裂きながらランスロットに襲いかかった。
しかし、ランスロットが大きく息を吸い込み――
「ハァッ!!」
雷声霹靂。
大気を震わすほどの気合の一声を上げると、〈サーペントファング〉の剣気刃が一瞬で掻き消えた。




