始原の海神〈リヴァイアサン〉現る
その祠とやらは、海岸沿いの砂浜の奥にひっそりとあった。
ちっちゃい神社のようなシンプルな建物だ。人が住むには小さすぎるくらい。
「リヴィアは、ここに住んでるのか? 一人で?」
祠の扉から身体を突っ込んで中をガチャガチャと探っているリヴィアに尋ねる。
「えー? 違うよ。あたしが住んでるのは海。あ、あったあった!」
そういってリヴィアが取り出してきたのは、ぴっかぴかに輝く金の器だった。
「こ、これ使っていいのか……?」
「もち。別にもう何千年も使ってないし」
何千年って……。さっきから、突拍子も無い比喩を言うなこの子は。
「じゃ、ありがたく……」
俺が火をおこす焚き木を集めに森に行って戻って来ると、どこから用意したのか、器には波々と水が入っていた。
ちょっと舐めてみると、確かに真水。コレならカップヌードルが作れそうだ。
すでに空腹が限界に近づいている。
俺は急いで火を点け、お湯を沸かし、カップヌードルを作った。
三分待つ間、海を眺める。
目に入るものは、青い海と空、白い雲以外なにもない。
あまりにも美しい景色と、ゆっくりと流れる時間に、思わず涙がこぼれそうになった。
やがて、カレーのいい匂いが漂ってくる。
俺は鞄から割り箸を取り出すと、一口目をすすった。
美味い。カップヌードルカレーが、間違いなくこの世で一番美味い。
感動する俺の横で、リヴィアが興味深そうにカップヌードルを見つめていた。
「それ食べ物なの? すっごくいい匂いするね」
よだれを垂らさんばかりだ。もしかしたら、この子もお腹が空いているのかも知れない。
「……食べる?」
そう言って差し出すと、リヴィアはぎこちない箸使いで恐る恐る小さな一口を口に入れた。
「お……美味しい!! 美味しいよこれ! なに!? こんな美味しいもの、今まで食べたこと無い!!」
エラいはしゃぎようだ。
その後、俺とリヴィアは仲良く半分づつカップヌードルを食べた。
「ふう。食った食った」
「あー……夢みたいな味だった……」
トロンとした表情でリヴィアが言う。すると、何かに気がついたように俺の手を取った。
「あ! ねぇ! これって、コージがいた『とーきょー』に行けばたくさん食べられるの!?」
「ん? ああ、そりゃもちろん。死ぬほど食わせてやるよ。……もし戻れたらだけどな」
俺は、自分が恐らく『ここから見た異世界』からやってきたこと。帰る方法も何も分からないこと等をリヴィアに話した。
「なるほどね~。異世界から、かぁ」
「そう。異世界。なんでこんなことになったかねぇ……」
ぼんやり海を眺める。
「コージ、そのわりにはなんか冷静、というか冷めてると言うか。最初は慌ててたけど、もう落ち着いちゃったね」
「元からこういう性格なんだよ。理不尽な状況をぼんやり受け入れられないと、社畜なんかやってらんないぜ?」
俺が自虐的に笑うと、リヴィアは首を傾げた。
「ふーん? そういえば、確か何千年か前の時代にも同じような『異界渡り』の話を聞いた気がするなぁ。古代魔帝国時代だったかな?」
「さっきから、何千年って……。冗談だろ?」
言うと、リヴィアはキョトンとした顔をした。
「なんで? あたし、もう二万歳超えてるよ」
「冗談言うなら、もうちょっとリアリティがある方が面白いぞ?」
「えー。ホントなのにぃ」
リヴィアが頬を膨らませる。そしてすぐに目を輝かせた。
「とにかくさ! 『とーきょー』ってとこに戻れればいいんだよね!? 帰る方法、一緒に探してあげるからさ! あたしも一緒に行く!」
「はぁ!? いや、一緒に探すっつっても、まずこの島から出る方法が――」
「あたしに任せてって!」
リヴィアが、そう言って自信満々に胸を叩く。
「はあ……」
俺の何だか腑に落ちない表情に気がついたのか、リヴィアはうろんな眼差しを俺に向けた。
「もー。信じてないなー? 召喚師のクセに」
「召喚師のクセにと言われましても……。俺はさっきこの世界に来たばっかなんだよ」
「あ、そうだった。あはは。ま、何はともあれ〈契約〉しちゃおうか。まずはあたしに〈観察〉のスキルを使ってみて」
観察……。そういえば、さっき見たステータスのスキルの欄にあったな。
スキルを使ってみてって言われても、使い方が分からん。
〈観察〉……〈観察〉か……。
「うわ!」
脳内で〈観察〉と念じた瞬間、視界の中に青く光る魔法陣が浮かび上がった。
それはちょうどシューティングゲームの照準のような形をしている。
その照準をリヴィアに合わせると、照準が光とともに消えて、今度は文字列が現れた。
【? Lv:?
HP:?
マナ:?
スキル:? 】
「なんだこれ? ハテナだらけ……」
「お、出来た? そしたら、今度はあたしをカード化しようか。こっちは召喚術の一種だから詠唱が必要だよ。『マナ・カルダード』ってやつ」
「カード化って、キミを?」
「いいからいいから!」
リヴィアが急かしてくる。
リヴィアが言った呪文的なものを詠唱すればいいのか?
詠唱て。我ながら、ちょっと恥ずかしいんだが。
「あー……。〈マナ・カルダード〉!」
すると、開いてあったリヴィアのステータスの上に被さるように表示が浮かんだ。
【カード化出来ません】
「おい。出来ないって言われたぞ」
俺が言うと、リヴィアが「あ、そっか」と手を叩いた。
「〈擬装〉状態じゃ無理なのか。そいじゃあ、本当の姿を見せちゃいますかね」
「なんのこっちゃ……あ、おい!」
俺の疑問に答える事もなく、リヴィアは砂浜を走るとそのまま海の中に突っ込んでいった。
「入水自殺かよ……!? 唐突過ぎない!?」
俺が慌てて後を追いかけようとした瞬間――
突如、海が逆巻くように荒れ狂い始めた。どこからともなく現れた嵐雲が空を覆い、稲光が海を打ち据える。
「な、なんだなんだ!?」
腰を抜かして砂浜にへたり込んだ。
――ドゴゴゴゴゴゴゴ。
海が割れた。
いや、割れたように見えたのだ。
とてつもない大きさの何かが海中から姿を表した。
「……龍……?」
開いたまま塞がらない口の中に、塩っ辛い海の飛沫がガンガン入ってくる。
海中から姿を表したのは、巨大……あまりにも巨大な海龍だった。
空に飛び上がり海上をうねるように飛翔すると、俺の前でとぐろを巻くように滞空した。
その巨体から、滝のように海水を滴らせている。
「あわ、あわわわわ…………」
眼の前の信じられない光景に全身がガタガタ震える。
「リ、リヴィア……なのか……?」
俺を見下ろす海龍が重低音の吐息を漏らし、口を開いた。
『いかにも。我こそは始原の海神〈リヴァイアサン〉。無より生まれ、すべての生命を無に返す者』
「いかにもって、口調から何から変わってますけど……」
『些末な事』
「そうか、リヴァイアサン……別名〈リヴィアタン〉! さっき聞いた時の発音が〈リヴィアタン〉に近かったから、〈リヴィア〉って名前だと思ったのか……!」
リヴァイアサンなら俺でも知ってるほどの怪物――いや、神獣だ。
何千年だの何万年だの言ってたのも、それなら頷ける。
『さぁ……我が力、貴様のものとするがいい』
低く空から響くような声でリヴァイアサンが言う。
俺は『ごくり』とツバを飲み込むと、もう一度〈観察〉のスキルを使った。
照準が出て光が弾ける。
【リヴァイアサン 〈神獣〉
Lv:38,000
HP:689,000,000/689,000,000
マナ:70,000,000/70,000,000
AP:1,200/1,200
攻:2,300,000 防:2,800,000
種族:海神
スキル:硬化 飛行 水流操作 水中呼吸
全属性魔法 全属性大魔法 気象属性極大魔法
擬装 自然回復 悟り
状態異常:忘却】
ちょ、ちょっと待て。レベル三万超えって……。
他のステータスもなんかとんでもないことになってるし、極大魔法てなに? 怖い。
これを、俺の物にするの!?
『何をしている。早くしろ』
リヴァイアサンが俺を急かす。
「……えーい、ままよ!」
俺は手を伸ばすと、さっきの呪文をやけくそ気味に叫んだ。
「〈マナ・カルダード〉!!」
【契約完了。カード化】
直後、強い光がリヴァイアサン全体を包む。
光がやがて収まると、そこにはあの巨大な海神の姿は無く、一枚の青碧に輝くカードだけが浮かんでいた。
ふわふわと俺のもとに移動して来たカードを、恐る恐る掴む。
「これが……召喚術……?」
カードの表側には、荒れ狂う海神の神々しい姿が写実的に描かれている。
裏側には複雑な紋様が縁取りのように描かれ、その中に先ほどのリヴァイアサンのステータスと【コスト:150】という文字が表記されていた。
『これでオッケーだよ! これからよろしくね、召喚師のコージさん』
頭の中に直接声が聞こえる。
「リヴィア……! あ、いや、リヴァイアサン……様? ……様は変か?」
『あっはっは。リヴィアでいいよ! 気に入っちゃった、その名前』
「っていうか、人格変わりすぎだろ!」
『あー。いやぁ、なんかあの姿のときは何となく『神様だぜ~? 偉いんだぜ~?』ってなっちゃうんだよねぇ……』
どんな悩みだそれは。
「これ、呼び出す時はどうすればいいんだ?」
『カードの名前を呼んで投げればいいんだよ』
なるほど。カードの名前、ね。
よし。どうせなら、思いっきり中二っぽくいくか。
「いでよ、海神【リヴァイアサン】!」
と唱えて空中にカードを放る。
すると、海原を揺るがす咆哮を上げながら、眼の前にリヴァイアサンが顕現した。
自分の〈AP〉が【250/400】に減少したことが、直接脳内に伝わってくる。
『上出来だ。では参ろう、主よ。我が背中に乗るが良い』
リヴァイアサンが神様モードでそう言って頭を垂れた。
「じゃ、じゃあ、失礼して……」
神様の頭に足を乗せるなんて、めっちゃ失礼な感じするけど……。
俺は鼻先を登り、頭頂部の角の間を通って首元まで行くと、宝石のように蒼く美しいたてがみを握りしめて座った。
何だかいい匂いがする。
『ここから近いのは〈グランクレフ〉大陸だな。数千年ぶりだ。人間の街はどうなっているやら……。主よ、しかと掴まっておるように』
リヴァイアサンはそう言うと、海を貫くような猛スピードで海上を進み始めた。
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