七話 ミャウ(ねこ)の手掛かり
ミャウの洞窟のある村に到着し伯爵家の別邸で昼食を取っていると、
「シオンさん、シルクと桑に関係があるのですか?」と、女王陛下から尋ねられた。
声が少し大きかったので皆が一斉に口を噤み、静まり返った中、
「シルクが虫の糸から作られることはご存知ですか?」と返すと。
「存じてます」
「シルクは蚕と呼ばれる虫の糸から作られます。その蚕の餌が桑なんです。当然蚕を何千、何万と飼いますのでその餌の桑も大量に必要になります。そのための桑畑です」
「では、昔ここでもシルクが作られていたのでしょうか?」
「そう思います。ジョージが都を移した時にこの地からシルクの製法を取り上げたのかもしれませんね」
「先生、ジョージ初代国王はここが嫌いだったのでしょうか?」姫さまが悲しそうな顔で訊ねた。
「そんなことは無いと思います。ジョージは、大豪族、功が在った家臣、妻の一族から11人の大公を取りたてました。領土制定の時に、11の大公家のバランスをとるため、面積、人口、税収を調整するために境界線や産業の配置に苦心したみたいです。この地にシルクがあるとバランスが取れないと判断したのでしょう」
「なぜ、そんな事をする必要があるのですか?」
「争いを無くすためですよ。特に大豪族の不満を抑えるため腐心したのでしょう。ここシャロフィートは隣国のサイトフィートやアベラフィートと国力や兵力が略同じでしょう。それだけ不平不満を抑え争いの種が少ないと云う事です。為政者の苦労が偲ばれる政策です」
「そうですか、ホッとしました」
「シオンさん、話を戻しても構いませんか?」
「はい、すみません。シルクの生産は可能です。しかし蚕の入手は難しいでしょう。ノックフィートもスペイフィートも蚕を譲ることはないと思います。どうしてもと云うなら盗み出すしか方法はないでしょう。そんなことしたら戦争になりますよ」
「そんなことはしません。……良い方法があります。他に必要なものは?」
「作業小屋、蚕は雨風暑さ寒さをしのぐ必要があります。糸を紡ぐのは綿花で紡げる人なら可能だと思います。織機は綿花より糸が細いので目が詰まった道具が必要でしょう。後はもっと詳しい専門家に聞くしかありません」
「ありがとう」
女王陛下はなぜかニコニコしながら話を締めくくった。
村から馬車で半時間ところにミャウの洞窟がある。
「お母様、どうして洞窟に来たのですか?」
「お婆様、あなたの曾祖母ね、がホアン村に葬られた日の翌日に見つけたのよ。お婆様は晩年ホアン村の別邸でお過ごしになられ、私もここが好きだった。特に乗馬が楽しみだった、洞窟あたりも景色がよく遠乗りに最適な場所でした。お婆様が亡くなりここで乗馬ができなくなると思うと無性に遠乗りしたくなりこの洞窟に来たのです」
洞窟に到着し、
「ここで泣き声を聞きつけました。雨宿りしたこともある洞窟で護衛の騎士もいたので、大丈夫だろうと思い中に入りミャウを見つけました。小さなミャウたちは、檻に入っていました。その檻も華奢な作りで私でも壊せそうでした。付き人や護衛騎士も愛らしいミャウに危険だと言えないみたいで連れて帰ることに反対はしませんでした」
皆で洞窟の中に入り、一番奥の供養するための文字が書かれた石碑の前で、
「そうここです。ここの供養の石碑のあたりに檻が乱雑に積み上げられミャウが泣いていました」
女王陛下は熱心に祈られた後、付き人や侍女たちに交じって石碑の周りを清め始めた。
石碑を拭きながら、姫さまは女王陛下とお婆様からその時のミャウの話を熱心聞いていた。女王陛下の話では、初めは四種類の動物の子供がいると思ったそうだ。姫さまの部屋に玩具を届けた時に見たミックスしたミャウから元はアメリカンショートヘア、ロシアンブルー、ラグドールの三種類だと思う。後の一種類は耳が小さい個体がちらほら見えるのでスコティッシュフォールドだろう。
自分は、ねこ達の冥福を祈ったその後は丹念に洞窟を見て回った。しかし地面は奇麗に掃き清められ痕跡など何一つ残っていない。壁も変わったところは見られなかった。
ひとり先に洞窟を出て周囲を見て回った。外も変わったところは見つけられなかった。
先ほどの女王陛下の『檻が乱雑に積み上げられ』と言われた言葉が気になってしょうがない。女王陛下とお婆様の話をつなぎ合わせると、見つけた猫は生後1か月くらいの販売に最適な子猫みたいだ。大事な売り物を乱暴に扱う業者などいないだろう。人が乱暴に扱ったのなければ、転移の時に乱暴に扱われた。転移の時の地面の高さが違っていたため乱雑に積みあがってしまった。そう考えた俺は洞窟横の斜面を登り始めた。お墓の真上を見たくなったのだ。
一回死ぬかと思った、慣れないことはしない方が良い。それでも諦めずに急斜面を這って登った。お墓の真上辺りはちょっと開けていそうだ。そこに辿り着いた俺は立ちすくんだ。そこは拉げ朽ちた檻が沢山転がっていた。たぶん十数個はあると思う。ここで沢山の子猫が死んだと思うと悲しかった。もう死骸は朽ち果て何の痕跡もなく、辛い光景は見ずに済んだ。近くの壊れたゲージの取っ手からプラスチックの握りの部分を取って魔法でプラスチックを再現させた。その握りの部分をゲージに戻し、手を合わせ子猫達の冥福を祈り静かに斜面を降り始めた。
「先生、何処に行ってたんですか? 皆先に行きましたよ。早く帰りましょう」と姫さまに怒られてしまった。
「ごめん、色々見て回ったんだ。急ぎましょう」と、言って急いで歩き出した。
別邸に戻った後の夕食後、伯爵から酒に付き合えと誘われた。
「何を見つけたんだ?」
「何も見つけられません、と言っても信じてくれそうもないですね」
「で、」
「洞窟横の斜面を登り、石碑の真上辺りで沢山の檻の残骸を見つけました」
「何だ、それは?」
「見つけてもらえなかった沢山のミャウの痕跡です」
「あのミャウだけじゃなかったと言うのか?」
「運の良かったミャウは女王陛下に拾われ、運のなかったミャウは朽ちてしまった。可哀想ですね。……ジョージの痕跡は見つけられませんでした。ミャウは20年前、ジョージは400年前、やみくもに探しても見つからないですよね。私には見つける運はなかったみたいです」
「そうか、檻の残骸は片付けた方が良いな」
「伯爵は行かない方が宜しいかと。私は足を滑らせて死ぬところでした」
「死ななかったのじゃ、まだまだ運はあるぞ」
「ははは、そうですね運はあったのですね」
「そうじゃ。話は変わるが君は古代語が読めるのだね?」
「はい、魔法の研究には必要なので……」
「幾つか貸してやろう」
「宜しいのですか? 国の宝ですよね」
「国王陛下の許可を取ってからな、我が国は古代語を読める者は多い。しかし魔法に精通している者が他国より少ない。いやいないと言っても良いだろう、学院長を見れば分かるだろ。あれの専門は施政じゃ、確か魔法はからっきしの筈じゃ」
「伯爵様はお詳しいのですね」
「当たり前だ、先代の学長は儂じゃ」
「それは失礼いたしました」
「貸すからには分かったことは全て報告しろ、良いな?」
「もちろんです」
「軽いな」
「そうですか?」
「まあ良い」
「ありがとうございます」
翌日は伯爵家の別邸から港近くのお城に戻るために費やされた。今日も姫さまの練習はお預けで私は頭を抱えている。
お城に戻る道中、女王陛下と伯爵夫妻は3人で馬車に乗り込み人を近づけないで密談中、私は姫さま侍女達と馬車でお喋りをしている。このメンバーなら魔法の練習を行えば良かったと悔やんでいる。
「姫さま、明日の船中は魔法の練習をみっちり行います。今日は早めに寝て体調を整えてください」
「先生、どうも私を子ども扱いしているみたいですが、そのような心配は全くありません。少し失礼だと思います」
「そうですね、失礼しました。話は変わりますが伯爵さまのお屋敷には何匹くらいミャウがいるのですか?」
「23匹です。そのうち9匹が先月生まれた赤ちゃんミャウなんです。すっごく可愛いですよ」
「え、一度に9匹も生まれたの?」
「いいえ違います、2匹のママさんミャウから生まれたんです。三日違いですって、だから皆大変なんです」
「いいな、一番かわいい時じゃないですか」
「それに伯爵の家来のお家にもミャウは一杯いるみたいです。子供ができると希望する人にあげていますから」
「姫さま、女王様や伯爵様はミャウを売ったりしないのですか?」
「そんなことしません。王族、貴族の矜持に反します」
「でも欲しい人が王族や伯爵さまに伝手があるとは限らないだろ。あと例えば家来のところで生まれた子ミャウが本当に大事にされるところに貰われるとは限らないし、本当に欲しくて大事にしてくれる人には売っても構ないと思わない?」
「う~ん、でもまだミャウの数は少ないし、欲しいと言ってくる人多いんです」
「そうだね、でも増える早さはどんどん早くなるよ」
「そうですね、私なんかシャルルだけで手いっぱいだし」
「それは、構い過ぎじゃない? そうだ、シャルルは一緒に寝てくれる?」
「え、一緒に寝てくれるミャウがいるのですか?」
「ああ、そうかここじゃ無理だね」
「え、何で? 何が悪いのですか?]
「この国、暑いから。もっと寒い国なら冬の間は一緒に寝てくますよ、きっと」
「私、寒い国にお嫁に行きます!」
「そんなことで嫁ぎ先決めちゃ不味いでしょ?」
「大丈夫です。お兄様の結婚は決定してます。私は何処に嫁いでも何も問題ありません」
「ほー、あの王子様ご結婚が決まってるんだ」
「そうなんです。とても可愛らしいと評判のお姫さまです。私の二人のお姉さまは嫁いでしまわれたので、年の近いお姉さまができるのは嬉しいです。そういえば先生はご結婚の予定ありますか?」
「ないですね、兄としては先に妹を嫁にやらないといけませんから」
「先生の妹さんお幾つなんですか?」
「10歳です、学院の2年生です。ミャウを連れて帰ったら喜ぶと思います。私も兄として面目が立ちます。だから私のためにも姫さまに優秀な魔法使いになってください」
「先生はミャウが好きじゃないんですか?」
「そんなことはありません、大好きです。私もモコモコが大好きです。女王陛下には悪いですけど先日の女王陛下のミャウよりシャルルちゃんの方が好きですよ」
「そうですね、モコモコが可愛いですよね」
「そうだ、シャルルの毛を刈ってあげればと言ったのに刈っていないですね」
「だって私はモコモコしたシャルルが好きなんです」
「姫さまはモコモコが好きかもしれないが、シャルルはもう少し涼しい方が好きかもしれないよ。それに毛を刈ってあげれば抱っこを許してくれるかも?」
「そうですか? 抱っこさせてくれますか? う~ん、モコモコか抱っこか悩ましいです」
「暑い日、シャルルちゃんは風通しの良い板張りの廊下とかでペタンと寝てない?」
「良く分かりますね。あっ、暑いから板張りで寝てるんだ。そうか、メイド達がお掃除の時にミャウタワーを動かすんです、ミャウタワーを窓の前に置くといっつも上で寝てるんです。そうか風通しの良いとこで寝てるんだ。シャルル、頭良い!」
「そんな時に構うと逃げるでしょ」
「え、どうしてわかるんですか?」
「シャルルはこう思ってますよ。折角涼しい所を見つけて寝てるのに、姫さまに抱っこされると暑苦しい!」
「ええ、……そうかも知れないです。気を付けます」
お城に到着し昼食をとると姫さまはお婆様のミャウのいるお部屋に一目散で行ったみたいだ。
自分はお城の周りを観察しながら見て回っていた。