六話 ミャウ(ねこ)の洞窟
「姫さまと食事すると美味しい物が頂けてとても楽しいです。いつもこんな美味しいものが頂けて羨ましいですよ」
「そうですか? ロクスフィートは美味しいものが無いのですか?」
「そんなこともありませんが、ロクスフィートは海から遠いので新鮮な海産物は食べられません。それにここ程、香辛料が豊富じゃないので味が単調です」
「そうなんですか、私はロクスフィートに一度行ってみたいです。それにミャウの洞窟に行けなくてちょっとがっかりしていますし」
「何ですか? そのミャウの洞窟と云うのは?」
「お母様が20年前にミャウを見つけた洞窟です。その時に死なせてしまった三匹のミャウお墓がその洞窟にあるんです。お母様は三年おきくらいで墓参りしてるんで、今年は連れて行ってもらう約束していたんですよ。でも、今年は忙しいから行けません」
「姫さま行きましょう! 私はとても行きたい」
「でも練習はどうするのですか?」
「馬車があります。馬車の中で練習すれば同じです。なにも問題ありません」
「ええー、先生どうしたんです?」
「女王陛下は、20年前にミャウを見つけたんですよね。私は20年前に産まれました。なんかあるかもしれませんか? なんかワクワクしません?」
「偶然ですよ! でも行けるなら行きたい。お母様に話してみます!」
姫さまに話したことの内、半分は噓、半分は本当だ。噓は前世の記憶が甦ったのは14年前、誕生を注目するなら受精した21年前になる。本当の目的はミャウが転移した場所をどうしても見ておきたいからだ。元の世界との繋がりが見つけられるかもしれないと期待していた。
「先生、お母様が許可してくれました。私も行けます」
「姫さま、自由な日を一日だけ作ります。他の日はいつも通りの練習です。頑張りましょう。では、今日の練習を始めます」
「はい、頑張ります」
「ファーラさん、少しよろしいですか?」
少し姫さまから離れて、
「何でしょう?」
「ああは言いましたがいつも通りでは可哀想です。それで朝起きたらすぐ練習を開始します。朝食も短くして昼間や夕方に自由時間を作りたいと思います。また時間が足りないようでしたら寝る前に練習を行います。侍女やメイドさんは大変ですがお願いします」
「はい、喜んでお手伝いします。姫さまも喜んでくれます」
「では、私も姫さまの時間管理を行いますが、ファーラさんもお願いしますね」
「はい」
ミャウの洞窟はシャロフィート王国の一番北にある。船で四日の旅程だ。馬車で行く方法もあるが、馬車は遅い。馬車は食事の度に停車する必要がある。乗車時間が短い、特に高貴な女王陛下や王女では。それに比べて船は朝の暗い内から暗くなるまで常に進んでいる。結果的に遠回りしても船旅の方が楽で速いのだ。魔法の練習にも大助かりだ。
出発の日、姫さまに少し早起きをさせ、寝ぼけ眼の姫さまに無理やり練習を開始させた。始めて船に乗る姫さまは、船に乗ったら燥いで練習にならないと思う。朝食まで三時間、馬車に乗るまで一時間、みっちり練習をした。
港で僕は寝不足を物ともせず燥いでる姫さまを見ている。船に乗る前から大丈夫かと心配になる。
乗船した、やはり船の中をうろうろして全く練習をしてくれない。しかし船酔いしないみたいでホッとしている。最悪ハンググライダーに乗せることも考えていたが、船上で練習は可能みたいだ。昼食を頂き、姫さまに一時間ほど昼寝をさせ、魔法の練習を開始した。
「姫さま頑張ってください。あと一時間練習したら甲板でお茶しますから」
「はい」
午前中のテンションが抜け、いつもの調子で練習していた。
「シオンさん、ジョーの魔法の練習はどうですか?」
「順調です。私の経験上、練習期間はある程度予測が付きます。しかし一日の練習時間はまだ分からないことだらけです。魔法を発動した回数なのか、発動している時間なのか、手を抜いた魔法で練習になるのか、発動のどの部分まで行えば有効なのか分かっていません」
「そんなあやふやなことなのですか?」
「そうです。あやふやです。一日八時間練習を行えばまず大丈夫です。これが六時間だとし良く分からないのです。これは料理によく似ています。15分焼けば完全に火が通る料理があります。10分だと生焼けです。13分だと大丈夫でしょうか? 生焼けの料理は捨てなければならない。陛下なら何分間火を通しますか? 私は15分火に通します。人の練習時間を使って実験はできませんから」
「そうですか。……ジョーはいつ頃魔法が習得できますか?」
「順調に行けば帰りの船の中で習得できると思います」
「ありがとうございます」
二日目、
姫さまは甲板で魔法の練習をしている。侍女とメイドが付きっ切りで姫さまの手伝いをしている。僕は少し離れた所から姫さまの手元を見ていた。
「姫さまは精が出ますね」と、船長が話しかけてきた。
「はい、頑張ってらっしゃる」
「でも、今日は早めに終えた方が良いですよ」
「ん、なにかありますか?」
「波が少し高くなりそうです」
「何時頃から?」
「昼過ぎから。夜は早めに寝て頂けるとありがたい、特に船酔いに弱そうな人は」
「ありがとうございます、少し予定を変えます」
「ファーラさん」
「はい、なんでしょう」
「これから波が高くなりそうです。少し予定を変えます」
「はい?」
「今日は、休憩は無しにします。昼食もサンドイッチか何かで20分で済ませてください。それで4時に練習を終わりにします。今日は夕食を取ったらなるべく早く就寝しましょう」
「はい、でも、姫さまはだいぶ疲れていますので休憩を削るのは」
「申し訳ないが我慢してほしい。揺れが大きくなると今日の練習が無駄になる。揺れが酷いようだと明日は練習なしになる可能性が高い」
「はい、分かりました」
「船長、この船の船底で姫さまをお連れしても問題ないところがありますか?」
*船は下の方がより揺れが少ない、前後より真ん中がなお良い。しかし昔の船は換気が悪いので良い客室は上の方にある。
「荷室なら」
「船が揺れ始めたら4時まで魔法の練習で使いたい」
「分かりました、なるべく換気しますが臭いですよ」
「分かってる、最悪の場合です」
「ファーラさん」
「揺れ始めて練習に支障がでたら船底の荷室で続けたい」
「はい」
「そうかファーラさんは知らないか」
「何がですか?」
「船底は臭い、凄く臭い。マスクが必要なくらい。香も炊いて欲しい。最悪の場合だけで行かずに済ませたい」
「え、そんな」
「揺れ始めが早かったら諦めて今日の練習は中止します。3時を回った時にどうするか? 3時を回ってからの中止は避けたい、できるなら無理やり続けたいと思っています。いろいろ用意してください」
「はい」
僕と侍女の話を聞いていた船長が、
「家庭教師の先生、夕方まで船を揺らしたくないなら今日は入り江に入るか?」
「できるのですか?」
「ああ、できる。しかし四日夕方の到着は無理だな、5日目の午前中の到着になる。女王陛下の許可がでればその方が良い、夜も波の荒い場所で停泊するより皆楽だろう」
「分かった、女王陛下に頼もう。一緒に来てくれ」
女王陛下に頼んだところすんなりと許可してくれた、付き人や護衛騎士も反対はなかった。
「ファーラさん、今日は入り江に避難することになりました。姫さまに休憩を取りながらいつも通りの予定で過ごしますと伝えてください」
「そうですか、良かった。先ほど船底に行きましたが、とても姫さまを連れては行けません。本当に良かった」
船は入り江に入り、風が強くなったがあまり揺れなかった。姫さまの魔法の練習は滞りなく終えられた。
三日目、四日目も順調に練習が行えた。
五日目、
「先生、おはようございます」
「姫さま、おはようございます。今朝はゆっくりしてよかったのに」
「今日は練習が無いんですよ。もったいなくてゆっくり寝てられません」
「そうですか、でも余り燥がないで体を休めてくださいね」
日が高くなると目的の港が見えてきた。久しぶりに昼食は揺れない地面で食事がとれそうだ。
「姫さま、港にはお爺様やお婆様がお待ちみたいですね?」
「はい、久しぶりでお会いできるのでとても楽しみです」
「今日はゆっくり甘えて、いっぱい自慢してしてください」
「何を自慢するのですか?」
「姫さま、姫さまは魔法使いになられたのです。大いに自慢しても良いと思いますよ」
「そうでした。いっぱい自慢してきます」
船が港に着き下船が始まった。姫さまが下船すると姫さまのお爺様とお婆様が近寄り殊の外喜んでいるのが分かる。その横では女王陛下が、邪魔だから早く馬車に乗るように言ってるのが見えた。そりゃ、娘より孫娘の方が可愛いだろうと思う。
自分は護衛騎士たちと馬車に乗り城を目指した。御者の話だとほんの1時間で到着するみたいだ。街道の周りは田んぼで日本に戻った感じがしていた。
城が見えてきた。そう城だ、ここにあるのは和風の平城だ。西洋に無理やり日本の城を作った無理感があるがコンセプトは城だ。堀があり、堀は石で組み上げてあった。城壁は無く城の周りに竹垣があるだけ。自分はふらふらと堀の傍に寄り繫々《しげしげ》と覗き込んでいた。
「おい、貴様何をしている?」と兵士に詰問されてしまった。
「あ、すまない。珍しいので見とれてしまった」
「何処から来た?」
「女王陛下と一緒に船で」
「可笑しな奴だな、女王陛下のお付きや騎士は皆屋敷に入られたぞ」
別の兵士が、
「一緒に来てもらえないか?」
「ああ、良いよ」
兵士は城と別の方に行くので、
「ちょっと待った、何処へ行くんだ?」
「詰め所まで来てもらう」
「それは困る、昼食にあぶれてしまう」
「そうは言っても怪しい奴を野放しにはできない」
「俺は王女殿下の家庭教師だ。女王陛下の家来に聞いてくれ。そこの若いのに走らせたら済むだろう」
「……そうだな、おまえちょっと聞いて来い」
「隊長さん、このお城は誰が作ったんだ?」
「お前、そんな事も知らないのか? このお屋敷は古王国の初代国王ジョージ・キャンベルフィート様が築き代々の伯爵さまが守ってきた由緒あるお屋敷だ」
「そうかここが初代国王ジョージの出身地か」
「違う、本当に何にも知らん奴だな。この先のミャウの洞窟のある村がジョージ様の奥方の出身地だ」
「しょうがないだろ、俺は他国の人間だ」
「隊長、こちらの方は王女殿下の家庭教師で間違いないそうです。女王陛下から食事が始められずに待っているのですぐ来るようにと仰られました」
「失礼した」「こちらの方を食堂まですぐお連れしなさい」と、部下に振った。
「すまなかった、急いで行こう」
伯爵邸、食堂、
「先生、遅いです。皆待ってます」
「すみません、兵士に不審人物と間違えられました」
「先生、ふらふらと変なところに入ったんでしょう」
「重ねて申しわけない」「私は王女殿下の魔法の家庭教師をしていますシオンと申します。以後お見知りおきを」
食事が始まった。メンバーは女王陛下と姫さま、女王の両親の伯爵夫妻、近隣の貴族たちと僕。
「そなたが孫娘の魔法の先生か。孫娘も魔法が使え、人々から侮られることが無く嬉しく思う」と、ギブス伯爵。
「それはちょっと違います。今は、姫さまはこの国一番の魔法の使い手です。この国で『始まりの王達』にもっとも近い魔法使いです」
「そなたは物を知らんな、魔法は神ノ山で得る物じゃ」
「そうですね、『始まりの王達』は神ノ山の祠で魔法を得ていたようですね」
「……知っているのか?」
「マッシモは祠以外で魔法使いになる方法に気付いていたみたいですよ」
「すまん、この話はここまでとしよう」
「姫さま、猫の洞窟の村はホアンと言う名ですか?」
「お爺様、そうなんですか?」
「ああ、今は使われないがホアンと言っていた」
「先生、ホアンは有名なんですか?」
「ああ、とても有名です。先ほど兵士の方からヌアイエング・リーの出身地と聞いてそうだと思いました」
「ヌアイエング・リー? 誰ですか、先生」
「古王国初代国王ジョージ・キャンベルフィートの奥方ですよ」
「伯爵、ここが始まりの地なのですね」
「そうだ。兵士にペラペラと喋るなと言わないとな」
「伯爵、もうひとつ質問してもよろしいですか?」
「好きにしたまえ」
「ヌアイエング・リーの一族は海からやって来たのですか?」
「君は何故そう思うのかね?」
「古代語はこの地の文字ではありません。この地の言葉とは一致しません。違う土地の文字、ヌアイエング・リーの一族が元から持っていた文字ならこの海の先の土地しか有り得ません」
「君は娘や孫娘の話より遥かに魔法について詳しそうだな。ヌアイエング・リーの一族は海からやって来たと伝えられている」
「もうひとつ、いや答えは無いと思いますから疑問を話しても良いですか?」
「かまわん」
「この地のふらりとやって来たジョージとこの地のことを知らないリーがなぜ神ノ山を目指せたのでしょうか? その情報の出所は? そんな重要な情報を得る機会や人物がここにあったのでしょうか?」
「そうだな、不思議なことだな」
ここで話が途切れてしまった。この後は姫さまのたわいもない話とミャウの話に終始していた。
翌朝、
「ファーラさん、姫さまは寝不足ですか?」
「すみません、生まれたばかりのミャウと遊びだしてしまい寝てくれなかったのです」
「ああ、それで……。仕方ありませんね、今日も練習はお休みにします」
「大丈夫ですか?」
「ダメです。姫さまのお爺様とお婆様を考えなかった私の落ち度です。明日もお休みしますから船の中は必ず練習をしますと姫さまに伝えてください」
ミャウの洞窟に向かって移動開始だ。姫さまは女王陛下とお婆様と一緒の馬車、私は伯爵と二人切りの馬車だ。
「御者は伯爵家の家令だ、護衛も馬車から離れろと命じてある」
「ご配慮、ありがとうございます」
「この地に何しに来た?」
「ミャウの現れた場所が見たくて」
「噓をつくな!」
「噓ではありません。ミャウはこの世界の動物ではありません。もちろんご存知ですよね?」
「ああ、それがなんだ」
「私はジョージは稀人だと考えています」
「マレビト?」
「迷い人、異邦人、神の落とし子と言う意味です」
「それで」
「迷うのは人だけではありません。動物も迷います。まして檻に入った動物など尋常じゃありません?」
「なるほど、それでミャウの洞窟に来たかったのか」
「そうです、そしてジョージの足跡を見つけてその思いはますます強くなりました」
「君は知り過ぎてる、どこで知ったのかな?」
「吟遊詩人のお話や古王国の戦記に書かれてますよ」
「ああ、書かれている。しかし、その手の本は一般には出回らない。この国では王宮にしかないだろう。ホアン村の名が出ている戦記など一冊しか無い。当然写本も各国の王宮しか無い筈だ」
「それは不味かったですね」
「何処で読んだのかな?」
「それは話せません。私はロクスフィート王国のハースウェイ侯爵家に厄介になっています。どうしても知りたいのであればハースウェイ侯爵を通していただきたい」
「そうかハースウェイ侯爵に連なる者か?」
「お答えできません」
「まあ、よかろう」
「君は空を飛べるそうだな?」
「はい、姫さまに聞かれたのですね?」
「ああ、君はどこまでできる?」
「『始まりの王達』の近くまでは行っていると自負しています」
「神ノ山に行かなくても魔法使いになれるのか?」
「空を飛ぶ魔法、これは魔法自体大したことありません。魔法の力3、道具4、飛ぶ技術3の割合です。この飛ぶ技術は剣技みたいなものと考えてください。その全てを得れば割合簡単です」
「だが、すべて失われたはずだ」
「人がいれば復活できます。ドラゴンを止める、砦を焼き尽くすも原理は分かってます」
「実現はできそうなのか?」
「不明です」
「知り合いから聞いた話ですが、私とは全く関係ないところで空を飛ぶ魔法を再現したところがあるみたいです」
「それは、祠に行けると云うことか?」
「飛行魔法は万能ではありません。長距離の飛行はできません。アイジャンがダルモフィート以外の国から祠へ行く道を閉ざしました。祠に行くにはダルモフィートから行くしかありません。ダルモフィートがすんなりと行かせるか、行かせて牙をむかれない保証があるか。皆色々考えていると思います」
「君は何処からそんな話を……」
「魔法の話は終わりにしませんか? 少し聞きたいことがあるので」
「いいとも」
「ちらちらと見える林、あれは桑じゃありませんか?」
「そうだが」
「そうですよね、桑畑ですよね?」
「桑畑?」
「桑畑を知らないのですか?」
「わしも不思議に思っていた。なぜ桑なんかを植林したのか? 訳を知っておるのか?」
「そうですか、忘れられたから手入れしてないのですね。蚕と呼ばれる虫の餌ですよ」
「? 虫? 何のために?」
「シルクをご存知ですか?」
「いや、知らない」
「そのシルクを作る原料の原料みたいなものです。シルクがどんな物かは奥様か女王陛下に聞かれると私より詳しく説明してくれると思います。先に奥様か女王陛下に聞かれてから話をしましょう」
「分かった、昼食の時にでも聞こう」
それから話が途切れ車窓を見て過ごした。