五話 中級魔法
女王陛下と姫さまと頂いた昼食は殊の外美味しかった。本当にこの国の食事は美味しい、帰りたくなくなる。お茶を飲みながらそんな余韻に浸ってると。
「先日、私のミャウをジョーに届けてくれたそうですね」
*ジョーはジョセフィーヌ(姫さま)の愛称
「はい、私が滞在している離宮の前の小道に佇んでいたので連れてまいりました」
「私のミャウとジョーのミャウが同じミャウだと良く分かりましたね? 私はこの子達を飼い始めて子供が生まれる二年の間、違う種類の動物だと思っていました。子供が生まれて初めて同じ動物で毛並みが違うだけだと認識したのです。あなたはなぜ同じミャウだと分かったのですか?」
「……」
「先生、ミャウを見たのは初めてと言いましたよね!」
「……夢で見ました」
「先生!」
「本当なんだ、夢で過去の自分を見るんだ」
「先生!」
「ジョー、止めなさい。輪廻転生の輪から外れると記憶が残ったまま次の生に向かう事があると聞いたことがあります。この毛の短いミャウと長いミャウの子供たちも問題はないのですね?」
「はい、ありません。それより、馬や犬と同じで近親交配の方が怖いでしょう」
「他に何かありますか?」
「20年も繫殖しているのですから大丈夫でしょう。それより姫さまのミャウは暑い時期は毛を少しカットしても良いかもしれませんね。この国は暑いですから」
「では、この話はこれで終わりにします。次にジョーの家庭教師の件に移りましょう」
「姫さまの魔法の授業についてです。今後どういたしましょうか?」
「続けてください」
「私から案は三通りの進め方があります。一つ目は初級の魔法が全てマスターできたので終了。二つ目は初級の魔法の練習を続ける。これは新しい魔法の習得でなく、習得した魔法をスムーズに的確に繊細に発動する練習です。これは姫さまが学院から戻られた放課後の一、二時間で行います。三つ目は中級の魔法の習得です。これは一日八時間以上の練習が必須で一か月半以上の日数を必要とします。当然学校はお休みして頂きます。良く考えてお答えを出していただきたい」
「母様、私は中級の魔法を習いたい!」
「シオンさん、学院と両立できないのでしょうか?」
「中級の魔法の習得は初級と違います、習得には集中した練習が長時間必要です。順調に進んでも一月以上必要です。放課後だけの練習では習得できません。本当は6の日だけ半年かけて習得するべきです。しかし今の私には時間がありません、夏休みまでに帰らないと私の授業に穴を開けてしまいますから。因みに姫さまは何年生ですか?」
「はい、6年生です」
「ええっ」うっ、妹と同じくらいと思ってた。
「先生、失礼です! 私が幾つに見えていたのですか?」
「ごめんなさい。しかし余計悪いと思います、留年確実じゃないですか」
*5年生までは足りない単位は翌年再履修で間に合う場合が多い。6年生で単位が足りないと留年。
「はい、そうですね。だけど7年生の実務実習、やることがないのでちょうど良いです」
*学院のシステム:8歳で入学、1~6年生まで普通の授業、6年で平民は卒業、貴族と騎士を目指す生徒は7、8 年生は官僚、役所、騎士団の実務研修を行う。王族男子は騎士団に女子は学院の教員の補助を行うことが多い。自領に戻る文官、自領の騎士の養成が目的の実務研修。
「いや、それ、成績不良で留年扱いになりますよ。女王陛下、不味いですよね」
「ジョーが構わないなら許可します。しっかりやりなさい」
「シオンさん、家庭教師の謝礼ですが、通常の家庭教師の報酬とプラスしてミャウの番をお贈りします。よろしいですか?」
「はい、それはとっても嬉しいです。特に番が頂けるなんて幸せです。では明日から開始しましょう」
「先生、調子いいですね」
「ははは、ごめんね」
「今日の午後はお休みにします。明日からは朝8時から夕方5時までみっちりと訓練を行います。6の日も授業を行います。一月は休みなしなので覚悟してください」
「えっ」
家庭教師、6日目、
「今日から中級の魔法の練習を開始します。今日から一週間ほどは特に大変ですが覚悟してください。よろしいですね?」
「はい、大丈夫です」
「始めに水魔法から始めます。手のひらの上に水玉を作ります。見ててください」
僕は手のひらの上に水差しで水を掛け直径2㎝程の水玉を作り上げた。
「簡単でしょ。やってみてください」
「はい」
自分で右手に水差しから水を掛けるが水玉ができる気配もない。
「手のひらに水をちょっと乗せて、少しじっとして、深呼吸して、軽く横に振ってみて」
「あっ、できました」
「良かったですね、続けて練習してください」
「はい、止めて。次は左手で同じことをしてください。始めて」
「はい」手のひらの水玉がふらふらして落ちそうだが何とかできている。
「何とかできていますね。次に移ります。大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「ここからが本番です。魔法の同時発動の練習に入ります。魔法は組み合わせでできることが大きく広がります。これを見てください」
手のひらに緑の炎を灯らせた。
「これは先日説明した通り、燃える煙を作り出す、火魔法で点火、同の粉末を作り出す、この3つの魔法を同時発動しています。また飛行魔法では一度に幾つもの風魔法を発動させています。中級魔法は魔法の同時発動そのものです。これを今から習得してもらいます。昨日もお話しましたが、長い長い時間の努力が必要です。諦めずにできますか?」
「大丈夫です。私はしつこいですから」
「では、手本を見せますね」
メイドさんに左手の手のひらに水を掛けてもらい水玉を作り、右手の手のひらにも水を掛けてもらい水玉を作った。
「どうです。見る分には簡単そうでしょう。始めてください」
「はい」
メイドさんに水を掛けてもらい水玉を作るが、片手はできるがもう片手は全くできない。それでもしつこいと言うだけのことあって二時間近く続けている。
「はい、少し休憩しましょう」
「はい。先生全然できません。どうすればいいのですか?」
「まあ、座ってお茶を飲みましょう」
「はい」
「そんなに落ち込まないでください。できなくて当然です」
「シオン様、できなくて当然とはどういうことですか?」と、ファーラが目を吊り上げて睨んでくる。
「たぶん一月近くこの状況が続きます。これも魔法の不思議なことのひとつですが、長い練習時間と練習期間が必要なんです。姫さまはこれから無駄に思えるこの練習を不屈の精神をもってやり遂げてください。信じて練習するしか方法はありません。頑張ってくださいとしか言いようがないのです」
「すみません」
「ファーラ、ありがとう。私は頑張ります。応援してくださいね」
練習を再開した。
昼食をとり午後も同じことを繰り返した。
2、3、4目も過ぎ、
姫さまは水差しの代わりの桶にぬるま湯を入れ、そこから手で水を掬い練習を続けている。
「シオン様、水魔法以外の魔法で練習できませんか?」とファーラが訊ねてきた。
「難しいですね、風魔法だと周りの人間が見えませんから。人間疲れてくると魔法が発動しているかどうかあやふやになってきます。そのまま練習して無駄な時間を作らないためにも周りの人間が見てわかる水魔法が最適なのですよ」
「土魔法はダメなのですか?」
「土魔法でやってみますか? 私の感覚だと水魔法より疲れますが……。一度やってみましょう。午後の練習までに用意します。いつも通り12時で終了して昼食を取ってください」
土魔法の用意、少し思いついたことがある。いつもは細かい砂で土魔法の練習を行っているが、自分の考えが正しければ塩や小麦粉等で再現できるはずだ。厨房で実験しよう。
厨房、
「すみません」
「どうしました。あ、離宮のお客様ですね。どのような御用でしょうか?」料理長がでてきた。
「実験で使うので塩と小麦を少しください、調理場も貸してください」
「どうぞ、こちらに」
塩は普通の塩だ、岩塩じゃなかった。この塩を鍋に入れじっくりと炒った。これでサラサラの塩が手に入った。十分冷ました塩を手のひらの載せ、土魔法で球を作った。思ったより簡単だが水魔法より難度が高い。次に小麦で同様に球を作った。問題なくできたが魔法をといた瞬間に問題が発生した。球が崩れない、この小麦が湿っているせいだと思う。小麦粉は練習に使えない。
「姫さま、午後の練習を始めます。始めに土魔法を試します。水魔法と同じです。私の手本を見てください」
メイドさんに両手のひらに各々小さじ一杯の塩を乗せてもらい、先ず左手の手のひらの塩で球を作り、次に右手の手のひらの上の塩で球を作った。
「どうです、やってることは水と全く同じです。では、やってみてください」
「はい」
メイドさんが姫さまの両手のひらに々小さじ一杯の塩を乗せ、球を作り始めた。右手、左手の片方の球の作成は問題なく作り上げていた。
「どうですか? 水魔法と比べて難しいと感じますか?」
「はい、すこし水魔法より難しいです」
「手を濡らす水魔法と少し難しい土魔法、どちらで練習しましょうか?」
「土魔法が良いです。水魔法だと手が荒れるので遠慮したいです」
「そうですか、土魔法にしましょう。塩以外にも何か良い粉末を探してみますね。では、続けてください」
数日後、
姫さまの練習を終えたその後に少し暗くなった街を急いでいた。
目的の店は既に閉まっていた、元の世界の夜遅くまで開いている店が懐かしい。
店の戸をドンドンと叩きながら、
「おい、開けてくれ」
出てきた店主は、
「もう、今日はお終いだ。明日来てくれ」
「分かったから明日、城まで来てくれ」
「城って、王様のお城か?」
「そうだ、離宮に滞在してるシオンのところまで来て欲しい」
「俺が何のために?」
「作って欲しいものがある。店主、家具職人か建具職人を連れて一緒に来てくれ?」
「ああ、あんた、先日火打ち石を金槌にした人じゃないか。あんた、お城で何やってるんだ?」
「お城で姫さまの家庭教師をやってるんだが」
「先生か。どんな事させるんだ」
「チェスト位の置物みたいな物、面倒な事を指示通り熟す職人が希望だ。駄賃は弾むよ」
「分かった。何時に行けば良いか?」
「悪いが12時ちょうどに来てくれ。授業が詰まってその時間しか空いていないんだ」
「了解、家具職人連れてゆくよ」
「ありがとうな」
翌日、離宮のシオンの部屋、
「今日はありがとう、早速だけど」と簡単な図を渡し。
「この図のように棚が互い違いになるように組み上げて欲しい。板の角は全て取って怪我をしないように、縦の柱は麻縄でぐるぐるに隙間なくきっちり巻いてくれ」
「こんなもの何に使うんだ?」
「ミャウが使う。第三王女に贈る」と言うと絶句している。
代金は凄く高かった。王女に贈るは余計だったと後悔している。どのくらいで出来上がるか聞くと三日ででき上がると答え、四日後に届けると言われた。金を渡し離宮のシオン宛に届けてくれと頼んだ。
予定通り四日後の授業後に離宮に戻るとミャウタワーが部屋の真ん中に鎮座していた。メイドさんに侍女を呼んでもらい、侍女にミャウの玩具の贈り物第二弾だと告げ姫さまの都合を確認してもらった。
メイドさんがニコニコしながら「すぐが良いと仰ってます」と伝えてきた。
その大きな贈り物を抱えてメイドさんと姫さまのお部屋に向かう。
姫さまの部屋に着くと、
「姫さまこれが贈り物です。これはミャウタワーと呼びミャウが気に入ると棚の上で遊んだりお昼寝したりします。取り合えず二、三日お部屋に置いてください」と頼み。ミャウタワーを設置してから戻った。
翌日の授業後、ミャウタワーとの話題が無かったので侍女に話を聞くと、
「姫さまはミャウタワーの一番上で寝そべってるシャルルと長いこと睨めっこをしてました」
「その後は?」
「いつもと同じようにシャルルと遊んでました」
ま、可もなく不可もなくかな、気にするのを止め離宮の自室に戻った。