三話 魔法の家庭教師
王宮の一室に通され席に着くと食事の用意が三人分用意されてる。しかしここには私と宰相しかいない。
「どなたか見えるのですか?」と訊ねると。
「ああ、学院長が来る。それより褒美は何が欲しいのか?」
「絹についての情報を頂きたい。どこの国が生産しているのか? 扱っている商会はどこか? ロクスフィート王国で入手可能か? 可能ならその方法を知りたい。できるなら後押しをして欲しい」
「なんじゃ、その絹というのは?」
「それは光沢があって薄くて高価な織物ですが」
「織物、布の事じゃな。そんな物どうするのじゃ?」
「もちろん服にします。とても女性に人気のある布ですが」
「良く分からんが、その情報が褒美で良いのか? 分かった調べさせよう。学院長は遅いな先に頂こう」
「始めなさい」と用人に告げる。
用人が部屋を出て、扉を閉める間もなく戻り「学院長がお見えになりました」と告げ。またすぐ部屋を出て行った。
学院長が入室し「遅れて申し訳ありません」と言いながら席に着いた。
「宰相、今日の授業はどうでしたか?」とさっそく聞いてくる。
「凄かった! その前に絹を知っているか?」
「絹?」
「光沢がある薄くて高価な織物じゃ」
「ああ、シルクですね」
「知っておるのか」
「もちろん知っています。それが?」
「こ奴が知りたいそうじゃ」
「シルクの生産国、取り扱っている商会、ロクスフィート王国で購入が可能か? 等の情報を頂きたい」
「分かりました、後でまとめさせて届けさせます」
「簡単に分かる事なのか?」と宰相が聞いてくる。
学院長は僕を見ながら「ええ、簡単です。それなりの地位にあればね。だけど平民じゃなかなか難しい。君はなかなか面白いところに目を付けますね」
「面白いのか?」
「殿方には興味の無い事ですが。数年前まで王家でも年に一着入手できるかどうか、と言う状況でした。それが最近ある程度の数が出回るようになった。たぶん新たな生産方法が確立されたのでしょう」
「ちなみに、如何ほどじゃ」と宰相が聞いてくれた。
「一反、一着分の布が金五枚からと聞いてます」
予想より安いがそんなものかとも思う。
「その価格なら裕福な商人が知っていると思いますが」僕が疑問を口にすると。
「生産国はノックフィート王国とスペイフィート王国です。両国が販路で競っています。だけどまだまだ平民まで出回りません、が価格は大きく下がりました。もうすぐ平民にも出回るでしょう。商会も幾つもありますがロクスフィート王家への口利きならばどこもすぐ話に乗るでしょう」
「それより、姫さまはどうでしたか?」
「風魔法を覚えられた」と宰相が口にする。
「まだ、半日ですよ!」
「いや、まだ初歩の初歩です」と現実的な評価を話す。
「なんです、それは?」
「学院長、午後の授業を見とくように」と宰相が学院長に告げる。
「私は忙しいのですが」と学院長の言葉に被せる様に、
「私も忙しい。これは命令だ。忙しいのでこれで失礼するよ。二人はお茶を飲んでゆっくりしてきなさい」と宰相が立ち去る。
「私も仕事の調整をしますので、さきに失礼します」と学院長も去ってしまった。
時間になったのでワイン貯蔵庫に向かうと姫さまがニコニコして待っていてくれた。
「復習して下さい。両手で風を掴み炎を揺らして」
「はい」
姫さまは一回で成功させた。
「とてもお上手です。頑張りましたね。では、次は風魔法らしい風魔法を練習します。
「失礼、遅れて申し訳ありません」と学院長が入ってきた。
「ご苦労様です。静かに見学してください」
私は、蠟燭付きの燭台を姫さまの前50㎝に置き、火を灯した。
「姫さま、この蠟燭の炎を吹き消してください」
「はい」
ふーっ。と軽く吹き消した。
燭台を姫さまから20㎝遠ざけ、再び火を灯した。
「今度は強く消すんだ、消すんだ、消すんだと強く念じながら吹き消してください」
「はい」
……ふーっ。と強く吹き消していた。
20㎝づつ遠ざけて繰り返させた。
不自然に炎が消えた。明らかに魔法の風によって消えた。
「姫さま、マスクして下さい」大き目のハンカチを三角形に二つ折りして、口を覆い頭の後ろで結んだ。
「この状態で強く吹き消してください」
「無理です」
「まあ、一度やってみましょう。思いっ切りどうぞ、はい!」
姫さまは息を吹いた。マスクが揺れ、炎が消えた。
「えっ、消えた!」
「お上手です。手のひらで口を覆って同じことを繰り返してください」
「消えた」
蠟燭を姫さまの手前50㎝に置き直した。
「手のひらを自分の口と炎の間のいろいろな場所に据えて、炎を吹き消してください」
姫さまは色々試しながら炎を吹き消していた。
「姫さま、姫さまは風魔法で姫さまと蠟燭の間のある一点から風を吹かせています。次に風を吹かせる一点を自分の意志で決める練習に入ります」
蠟燭と姫さまの距離を1mに置き直した。
「吹き消してください」
「はい」
「簡単に出来ましたね。次は姫さまと蠟燭の間にもう一つ蠟燭を置きます。手前の蠟燭を消さずに向こう側の蠟燭を消してください」
「はい」
返事は良かったが、なかなか上手く行かない。
「手前の蠟燭をずーっと手前に寄せてください。どうですか?」
「あ、上手く行った!」
「蠟燭を向こう側に少しずつずらし繰り返してください」
30分もやっているとコツをつかみ、向こう側の蠟燭のすぐ近くから風を吹かせている。さらに向こう側の蠟燭を姫さまから1.5mや2mの位置に変えて練習を続けさせた。
「少し早いですが今日の授業はここまでです。明日はまた違う練習を行います。今日は魔法を初めて使って疲れているので十分に休んでください。いいですね。お疲れさまでした」
家庭教師2日目、
目の前にミャウがいる。どうみてもアメリカンショートヘアだ。先日、姫さまと追いかけっこをしていたミャウはラグドールだった。なぜ気付かなかったのか、馬や犬がこの世界にいても問題ない。そんな世界だと割り切れば良い。アメリカンショートヘアやラグドールは、人為的に品種改良された愛玩種だ。元の世界から直接連れてこなければ存在しないはずだ。自然には生まれない品種だから。
近づくと僕の足に体を擦り付けてきたので抱き上げた。抱き上げたら喉をゴロゴロ鳴らして腕の中で丸くなってしまった。人見知りしない可愛い奴だ。下ろすのも何だったのでそのまま連れて行った。
授業を行う別の離宮の前で姫さまと出会い、
「おはようございます」
「おはようございます。先生、なぜ母上のミャウを抱いてるのですか?」
「離宮前の小道の真ん中に鎮座してました。近づくとすり寄って来たので抱き上げて連れてきただけです」
急にニコニコして、
「私が受け取ります」と、言って手を伸ばしてきた。
アメショーのミャウはイヤイヤをするように身をよじって姫さまの手を逃れ逃げてしまった。
「ああーっ」と、言ってミャウを見送っている。
なんとなく気まずい雰囲気になったので、
「授業を始めましょう」と、告げて離宮に入って行った。
「今日は水魔法の習得を目指します。水魔法で一番に思い付くのは何もないところから水を出す、或いは水を瞬時に消す、を思いつきます。皆さんはこの魔法をまねて習得しようとし挫折します。なぜなら初歩でなく一つ上の魔法だから。ここでは無謀な事をしないで初歩の魔法から始めます。メイドさん達準備をお願いします」
メイドさんが踏み台を幾つか並べ、たらいを置いた。
「姫さま、こちらにいらして下さい」と呼び。たらいの前に立たせた。
キョトンとしながら立つ姫さまを前屈みにさせ手をたらいの底に着けさせた。
「あと一〇センチほど高くして」とメイドさんに頼む。
メイドさん達がたらいを一度退かし其処に板を置いて嵩上げし再びたらいを置く。そのたらいに八分目まで水を注いだ。
水が落ち着いたのを見て小さな木片をパラパラと水面に散らす。
「用意ができたのでお手本を見せます。やり方は風魔法と同じ水を掴んで動かします。見てわかるように水と風を比べたら水の方が重い。風と違って動かし方が早いと掴んだ水が直ぐに外れてしまいます。コツは水を掴んだらゆっくりとゆっくりと動かす事です」と説明し。水を掴んで動かすお手本を見せ。練習を開始させた。
練習を見てると相性が良いのか、直ぐに木片が手と一緒に動くようになってる。
「はい、一旦止めて。お茶にしましょう。姫さまは両手でカップを持って手を温めてくださいね」
「次は手を動かさないで水だけ動かす練習をします。まだもう少し休憩しますからお茶を飲みながらお手本を見ててください」
水から木片の欠片を取り除き、そこに小さな木片を一つ浮かべた。水が落ち着いたら、たらいの中央に手を沈め木片を静かに動かし始めた。始めは円を描き、次に∞字に動かした。手を水から出すと。
「水が冷たいですね。姫さま、たらいにお湯を足して温くしましょうか?」と姫さまと侍女を見た。
侍女が姫さまに耳打ちしお湯を足しますと告げ。メイドに指示していた。
温くした水で姫さまが練習していると、相性が良いのかめきめきと上達した。十分足らずで∞字まで熟すので左手に変えさせた。
左手も楽々と熟すのでまだ時間が半分残っているが今日の午前の授業を終了した。
「姫さま、たいへんよくできました。少し早いですが午前の授業を終了します。魔法の上達にはバランスが大事です。風魔法、水魔法、土魔法、火魔法、どれもが同じ様に上達するのが望ましいのです。一つの魔法が突出すると繊細な制御が難しくなります。授業以外の練習は私の指示した練習方法のみで練習してください。バランスが崩れると習得が大変困難になる魔法があります。くれぐれも勝手な練習は慎んでください。午後は風魔法の続きをワイン貯蔵庫で行います。ご苦労様でした」と告げ。午前の授業を終了した。
時間が空いたので実験道具の材料確保に厨房に向かった。第一希望はクルミだけど厨房にあるかな? ……あった団栗の大きいのが名前はグルンと言って美味しいらしい。まず桶に水を張ってグルンを五つ放り込んだ。……予想を裏切り沈んだ。水から上げたグルンに錐で穴を開け、中の実を少し穿り出し小枝を少し太い爪楊枝に削り其れで蓋をする。何度か調整し水に浮かばず沈まずの状態にする。これが水魔法の練習に使う小道具だ。あとは、当日使う前に微調整すれば大丈夫だろう。
午後、ワイン貯蔵庫、
「午後の魔法の練習は昨日の続きの風魔法です。用意をします、少しお待ちください」
姫さまから1m離して20㎝間隔で3本蠟燭を縦に並べた。
「昨日の復習から始めます。姫さま、この3本の蠟燭の炎を吹き消してください。どうぞ」
「はい」
姫さまは、ふーっとして容易すく吹き消した。
「今日の課題は3本の蠟燭の真ん中を吹き消します。初めに私がお手本を見せます。蠟燭の近くで見ていてください」
僕は真ん中の蠟燭の炎に横から風を当て吹き消した。
「どうですか? 分かりました?」
「はい、横から風を当てていました」
「そうです、風魔法の3つの基本、強弱、位置、方向のうち、方向の操作をマスターしてください。それではやってみましょう」
なかなか難しいみたいだ。一応横方向から風が吹くようになったが2本同時に消えたり、1本も消えなかったり方向が上手く定まらないみたいだ。途中長めの休憩を入れ午後の従業を終わりにした。
「どうです、難しいでしょう。魔法を覚えることと、操作の上達はまったく違います。操作の上達は気長に練習する以外方法がありません。焦らず頑張りましょう。今日はここまでにします。明日はまた違う魔法を覚えてもらいます。ゆっくり休んでください」
授業が終わり部屋に戻る途中、滞在している離宮への小道の真ん中で鎮座しこちらを見上げるミャウと目が合った。姫さまのラグドールだ。朝はアメリカンショートヘア、午後はラグドール、猫好きとして、今日はラッキーぐらいの軽い気持ちで姫様のミャウを思わず抱き上げた。このミャウも人懐っこく僕の腕の中ですぐに丸くなる。何気にそのまま部屋まで連れ帰り長椅子にミャウを降ろす。姫さまのミャウは物怖じせず長椅子の真ん中で僕に尻を向けて寝るではないか。無警戒に寝ているミャウの時々ピクピクと動くしっぽをつつきながら眺めていたら、僕も転寝をしてしまった。
ノックの音に目を覚まし「はい、どうぞ」と声をかけるとメイドさんがドアを開け「お食事の用意が整いました」と告げる。僕の隣に目をやると一瞬目をむいて逃げるように戻って行った。
ほんの数分後には、僕の前にミャウを抱いた泣きべそのお姫さまと侍女と数人のメイドが僕を睨んでるではないか。
「皆さん、そんなに睨まないでも」と言うと。
「姫さまは授業の後ずっとシャルルを探していたのですよ!」
「なぜここに姫さまのシャルルが居るのですか?」と皆で詰め寄る。
「戻る途中そこにいたから、抱き上げても逃げないし、長椅子に降ろしたらすぐ寝るし」
言い訳をしてる自分を見るみんなの目が怖くて、
「すいません。間違えました。ごめんなさい。許してください」と平謝りしてると、
「シャルル、なんで私から逃げて先生の所に行くの?」とシャルルにも怒ってる。
「姫さまはミャウをかまい過ぎるのでは?」
「そんな事ありません。いつも気に掛けてるし優しく抱っこしてるし」と膨れて反論してくる。
「ミャウが遊びたい時はいつも遊んであげる。自分の用事を後にしてでも遊んであげる。ミャウが構って欲しくない時はそっとしとく。ミャウの気持ちが一番。ミャウの自由にしてあげないとミャウが嫌がるよ。難しいけど大事な事だよ」と諭す。
「わかっています。もちろんシャルルの自由にさせてます」と怒りながら帰って行った。
家庭教師3日目、
「今日は土魔法を習得しましょう。姫さま、なぜ魔法の習得は風魔法、水魔法、土魔法の順に練習を行うか分かりますか?」
「きっと風魔法が一番簡単で次が水魔法、一番難しいのが土魔法じゃないですか」
「正しいと言えますが正しくないとも言えます。風魔法も水魔法も土魔法も難易度は同じです。何が違うかというと同じ力を込めた時の移動距離と速さに違いがでます。何が違うか分かりますか?」
「重さですか?」
「そうです。風魔法は大きく動くし速さも速い、比べて土魔法は小さくしか動かず速さも鈍い。なぜ風魔法を一番最初に習うのか? 魔法の発動が未熟で小さい力しか出せなくても効果が分かりやすいからです。風魔法、水魔法を習得した姫さまなら理解できると思いますが、魔法の習得と魔法の強弱に全く関係がありません。土魔法の習得も風魔法や水魔法と同じなので気を楽にして始めましょう」
「始めにお手本を見せますね」
手のひらを上に向けて小さじ一杯分の砂を乗せた。その小さな砂山を右側にムムムと崩し更に下に向かってムムムと更に崩した。
「どうです、簡単そうでしょ。では姫さまも始めてください」
「はい」と姫さまは緊張してないように見える。良し、上手くいきそうだ。
10分ほど手のひらと、ににらめっこしていた姫さまはパッと顔を上げ、
「動きました!」と声を上げてる。
「おめでとうございます。姫さま。もう少し自分の自由に動かせるように練習しましょう」
「はい」と機嫌良く残りの時間練習していた。
僕は授業を終えると街に出た。向かった先は武器屋。鳥の羽根が入手できないか訊ね、近くの矢職人を紹介してもらう。矢職人の元で羽根を少々と長くて細めの軸を1本購入し王宮に戻った。
部屋に戻り部屋付きのメイドさんに鮮やかな色の端切れを欲しいと頼んだ。端切れと羽根、矢の軸、紐で猫じゃらしを作製した。
午後は水魔法の制御の練習を行った。しかし暖かい国とはいえ水に直接触れてる水魔法の練習は辛い、もう少し上達すれば直接水に触れなくても練習できるがまだまだ遠い。水にお湯を足して練習していたが半分の時間で切り上げることにした。僕は、侍女の目つきが段々と険しくなるのに耐えられなかったんだ。
「姫さま、今日は早いですけど終わりにします。明日は火魔法に挑戦します。蠟燭を使うのでまたワイン貯蔵庫で授業を行います。頑張りましょう」
「それから、昨日のミャウの件のお詫びにミャウの玩具を作りましたので後ほどお届けします。よろしいですか?」
「はい、先生、楽しみにしてます」
侍女に何時伺いましょうかと聞くと、夕食後に迎えに行きますと答えたてくれた。
夕食後呼びに来たので付いて行くと姫さまは部屋で長椅子にシャルルを抱いてちょこんと座っている。
姫さまの向かいに座り謝罪し玩具を手渡し「ミャウの玩具です。目の前で二・三回振ってください」
姫さまがシャルルを床に降ろし目の前で玩具を振るとシャルルの目が釘付けで顔を玩具と一緒に振っている。
「あら、面白いですね」と言った瞬間にシャルルが釣れた。
シャルルは玩具を咥え棒を振り回し転げ回っている。姫さまも素早く立ち上がり玩具の棒を掴むとシャルルと一緒に遊び始めた。
姫さまが喜んで遊ぶ姿を少し見てから、侍女に戻りますと告げその場を後にした。