十二話 三重の魔法
「先生、できました。簡単でしたね。へへへ」
「おめでとう、魔法の三つ同時発動を取得できたね、これで初歩の中級魔法使いだ。もっと喜んでいいんだよ」
「ええ、でも初歩なんですか? へへへ」
「ああ、そうだよ。本当は少しお休みを上げたいところだけど、明日から早速中級魔法の応用の練習に入ります。明日からの練習は、練習すればするだけ結果が見えるから練習しがいがあります。がんばりましょう」
「は~い」
翌日、
「これ何ですか? 二、三日前から私の練習している横で作っていましたよね」
「そうです、苦労しました。風車と呼びます。この小さい方をふーと吹いてください」
「ふーっ、あっ、回りました」
「このようにして遊ぶ玩具です。分かりますよね、風魔法の練習に使います。この小さい風車は差し上げます」
「はい、で、どうして練習になるんですか?」
大きい風車をベンチの手摺りに括り付けて、
「あの、風車を回してください、もちろん風魔法をつかって」
「はい、えいっ」姫さまは容易く風車を回した。
「いやぁ、上手になりましたね。一端の魔法使いですね」
「はい、自分でも上手くなった思います」
「では、少し離れましょう」
姫さまを引っ張ってズンズンと歩き出した。
「ここから、風車を回してください」
「先生、少し遠いです」
「さあ、どうぞ。大丈夫です」
姫さまは何回か風魔法を行使していたが全然風は届かなかった。
「姫さま、なぜ二つの魔法の同時行使を使わないのですか?」
「ああ、そうですね」と、言いながら何回か風魔法を行使するが全然風は届かなかった。
「全く同じところに二つの風魔法を同時に行使してください」
「はい」
何回か魔法を行使していると風車が少し回り始めた。
「どうですか? なんとなくコツが掴めてきましたか?」
「はい、時々ふっと上手くいく瞬間があります。もう少し練習を続けます」
時々休憩を挟みながら午前中練習を続けた。
「そろそろ終わりにしましょう。午後は他の練習をしましょう」
午後、ワイン貯蔵庫、
「先生、またワインの貯蔵庫ですか? ここ暗いから嫌いです」
「私も嫌いですよ、ここに来るとファーラさんの目つきが険しくなるから」
「そんなことありません」と、ファーラさん。
「なんで?」と、姫さま。
「姫さまが怪我する頻度が高いからだと思います」
姫さまはそっぽを向きながら、
「さあ、始めましょう」
「ちょっと心配なんです。本当に姫さま怪我しないでください。まず始めに、このお酒なんだか知ってますか?」
瓶のラベルを見ながら、
「ラグ酒って書いていますよ」
「いや、どんなお酒か知ってますか?」
姫さまは首を横に振った。
「姫さまはワインぐらい飲んだことがあ・り・ま・す・か?」
と、顔を姫さまからファーラさんに向け直して訪ねた。
「飲んだことあります」と、姫さま。
「目を回されました」と、ファーラさん。
「いつ頃の話ですか?」
「小っちゃな頃です」と、姫さま。
「三年ほど前かと」と、ファーラさん。
「少し舐めてもらおうと思っていましたが止めます。お酒は手で触るだけにしてください」
姫さまにラグ酒のランプを触らせ、ラグ酒に触れさせ、ランプに火を点けさせた。
「どうですか? 分かりましたか? 蝋燭の代わりにラグ酒で炎を作ってください」
姫さまは問題なくラグ酒の炎を手の上に灯してみせた。
ホッとした。触るだけで再現できて幸先が良かった。
「上手くいきましたね、良かったです。次に行きますよ」
メイドさんにきれいに洗った鶏の骨と擂鉢と擂粉木を姫さまの前のテーブルに揃えてもらった。
「わかりますか?」
「これくらい私でも分かります。この骨を粉々《こなこな》にするんでしょ」
「そうです。では始めてください」
「はい」姫さまは骨を全部擂鉢に入れ、擂鉢の中に親指を入れて固定し擂粉木で叩き潰そうとしていた。
「姫さま!」
「姫様!」
「姫様!」
と、私やファーラにメイドが皆で叫び止めさせた。
「違います、姫様、私が手本をお見せします」と、ファーラさん擂粉木を取り上げた。
「え、どうして?」
「見ててください!」
ファーラさんが骨を少しずつ潰しながら挽いてみせた。
「ああ、そうやるのですね」と擂粉木を受け取り擂り始めた。
怖かった、女王陛下に睨まれるのは嫌だ。
「もういいですよ」
「まだ骨がこんなに残ってますよ」
「いや、骨の粉々は少しでよいのですよ。次は銅貨をヤスリで削ります」
姫さまをメイドと侍女とファーラさんと私で囲い込み。私がヤスリを姫さまの削りやすい位置に固定し、姫さまに銅貨を持たせ、手取り足取り怪我をさせないように銅貨を削らせた。
「どうです、銅貨を削った感触は? 自分で銅貨を削った削りカスが分かりますよね」
少しご機嫌斜めの姫さまが、
「わかります」と、投げやりの答えた。
「姫さま、削りカスを作るなど些細のことです。ドンドン進めますよ。はじめに魔法を使わずに実験しましょう」
ラグ酒のランプを灯してそこに骨の粉や銅の削りカスを上からふりかけさせた。骨はオレンジ色の炎、銅は緑色の炎が現れた。
「すごい、何で色が付くの?」
「すごいでしょ! これ魔法と関係なく誰でもできるんです。難しいことは良く解からないけど燃えると色が現れます。もうひとつこれは塩を擂鉢で細かくしたものです。これをふりかけると」
ランプに黄色い色が現れた。
「では魔法で再現させましょう」
「はい」
ほどなく姫さまはオレンジや緑、黄色の炎を灯すことに成功させた。
「もう少し練習しましょう」
三十分ほど過ぎた頃に、
「姫さま、私がやってみせますので見ていてください」
オレンジ、緑、黄色の炎を灯してみせた。
「どうですか、姫さまは何か気づきましたか?」
「はい、先生の炎は初めから色が付いてます。だけど私の炎は少し間が空いて色が付きます」
「分かっているなら問題ありません。午前の風の魔法も同じです魔法の発動のタイミングを合わせるのが重要です。コツコツと練習しましょう」
「はい」
「では、今日の練習は終わりにします」
三日ほど同じ練習を続けさせた。その翌日の四日目、
「今日からもう少し離れて風の魔法の練習をします。当然二つの風魔法の同時行使では届かない距離です。魔法の風を届かせるため今日から三つの風魔法の同時行使を練習します。これも全く同じ場所に同じタイミングで行使することが肝心ですがんばりましょう」
「はい」と、返事は良いが中々上手くいかないようだ。それでも一瞬三つの魔法が重なると風車がビュンと回るのと、半分が赤色でもう半分が黄色の風車が一瞬オレンジに変わるのが見て取れる。
まだロクスフィートの学院生はここまで教えていないので、習得が早いか遅いかわからないが取り敢えず前進しているので良しとしよう。
「姫さま、終了しましょう。午後はワイン貯蔵庫ので炎の魔法の続きを行います」
「えー、風車回すほうが楽しいです」
「駄目です。同じ魔法、異なる魔法どちらも同時に行使できるようにしてください」
「シオンさん、今日は風がないので地下ではなく、普通のお部屋で構わないと思いますが?」と、ファーラさん。
「そうです、ファーラの案に賛成します」と、姫さまが途端に元気になった。
「そうですね、ではファーラさん、良さそうな部屋を探してください」
「はい、お迎えに参ります」
「お願いします」
「先生、何唸っているのですか?」
「いや唸っているのではなく練習方法を考えているのです」
「なんで?」
「姫さまの進捗が捗々《はかばか》しくないので」
「ええーーっ、私物覚え悪いですか?」
「いや、分かりません。三重の魔法を人に教えるのが初めてなんですよ。私の学院の教え子はまだ二重までですから。もっと良い教え方があるのか、それとも?」
「それとも? って、何ですか?」
ニヘっと笑い、
「何でしょう?」
「がんばります」
ちょびっと悩んでいた、自分の時はこんなに苦労した覚えがないんだけど。どうすればよいか?
じーっと見ていた。
「先生、気が散ります。少し離れて見てください」
「あー、ごめん、ごめん」
なんとなく分かってきた。
「姫さま、こっち来てください」と、ベンチに括り付けてある風車の近くに移った。
「今まで魔法の発動は姫さまが自分のタイミングで発動してきました。そうですね」
「はい、そうです」
「私が『放て』と掛け声を掛けますから聞いたらすぐに風魔法を発動してください。良いですか?」
「はい」
「放て」
三呼吸ぐらいしてから風魔法が放たれた。分かったひとつの魔法の発動に手間取るから二つ、三つと同時発動だとタイミングが合わせられないことに。
「姫さま、姫さまが私に『放て』と掛け声をかけてください。どうぞ」
「はい? 『放て』」
私は掛け声を聞いた瞬間に風間法を発動し風車を回した。
「見て分かりましたか?」
「はい、すぐ魔法が発動してました」
「そうです。姫さまは発動までの時間が長い。だから上手に重ねることが難しいと思われます。少し同時発動から離れて素早く発動する練習に変えましょう。練習方法を考えますので、今日の練習は終わりにします」
取り敢えず食事をし、お茶を飲みながら考えていた。
定番はピンポン玉をぶつけて風魔法で避ける、がピンポン玉が入手できない。多少ゆっくりなら羽根で良いか? 羽つきの羽根にすることにした。入手するものは粘土と鳥の羽、粘土は小麦粉だから厨房で貰おう、羽は矢作りの職人から購入しようと街へ出かけることにした。
「すみません、羽を分けてください」
「何だ? あんたか、うちは矢の製造で羽は売り物じゃないんだよね」
「ケチケチしない、高く買ってるのだから我慢してよ」と、小一時間、景気や最近できた美味しいお菓子を売る店などの話をしてから帰った。
職人街から市場に入った辺りから兵士が走り回り少し物騒な雰囲気がしていた。
近くの屋台のおばちゃんに、
「何かあったの?」と、尋ねると。
「この先の大通りの新しくできたお菓子屋の前で若い女性が斬り付けられたそうだよ」
「痴情のもつれかい?」
「いや、知らない奴らしいから、通り魔でしょう」
など、話を聞しながら串焼きを買食いして帰った。
翌朝、早起きをして厨房で小麦粉粘土を作っていると、
「シオン様、何を作っていらっしゃるのですか?」と、顔見知りの侍女に訊ねられた?
「今日の魔法の練習に使う道具だよ」
「食べ物じゃないのですか?」
「違うよ、食べても美味しくないと思うよ」
「ああ、そうですか」と、言うと足早に去っていった。食べたかったのかな?
「姫さま、今日は芝生の庭で魔法の練習をします。芝生の庭に移りましょう。昨日は休まれましたか?」
「はい、美味しいものを食べました」
「なんとなく、質問と回答が噛み合ってない気がするけどいいでしょう」
「城下で流行っているミルクトーストを食べたんですよ」
「ごほん、ごほん、ミルクトーストが流行っているのですか?」
「そうなんです、大通りの新しくできたお店に行ってきたのです」
「そうですか、大通りの新しいお店?」
なんかあったようなと考えているうちに芝生の庭に到着し、
「今日はこの羽根を風魔法で避けてもらいます。一個投げます、見てくださいね」
直径三センチの小麦粉粘土の玉に羽を三枚つけた羽根を姫さまの上に投げた。姫さまはクルクルと回りながら落ちる羽根を見ながら、
「あ、クルクル回って落ちてくる」と、無邪気に喜んでいた。
「この羽根を風魔法で弾いてください。いや、先にお手本を見せましょう」
「ファーラさん、この羽根を上に投げてください」
「はい、先ほどシオンさんが投げたみたいにします」と、言って私の頭上に投げてくれた。
落ちてくる羽根を風魔法で弾いてみせた。
「こんな感じで風魔法を使ってください」
「はい」と、いつもと同じ元気な返事だ。
しかし魔法の方は返事と違いからっきしだった。五個の羽根を投げたがひとつも掠りもしなかった。続いて『投げるよ』の掛け声と十分な間を開けて投げても駄目だった。
「おかしいな? なんでタイミングを合わせられないの?」
「シオンさん、姫さまは運動が少し苦手なのです。そんな言い方は失礼です」と、ファーラさんに言われてしまった。
「姫さまもそう思ってるのですか?」
「はい……」
「おかしいですね。姫さまの学院の成績を拝見したけど優秀でしたよ?」
「えっ、先生成績を見たのですか? 失礼じゃないですか?」と、姫さまが怒っている。
「私は先生ですよ! 生徒の成績を見て何か問題あります?」
「う~、ありません」と、まだ怒っているみたいだ。
「そんなことはどうでも良いことです。姫さまは魔法を体を使って発動させているのですか?」
「……違うと思います。頭で考えて発動していると思います」
「そこ、考えることですか? 頭の中で考える、念じる、思う、何でもいいですけど頭の中で完結していますよね」
「……はい」
「だから、体を雁字搦めに縛られて猿ぐつわをされても魔法は発動できます。理解していますか?」
「はい、もちろん」
「魔法は体術や運動のタイミングで発動するものではなく、音楽の伴奏に合わせて歌ったり演奏するのに近いと思いますが、姫さまはそう感じていませんか?」
「ああ、そう感じるときもあります。そんな感じもします」
「じゃあ、なんでタイミングが合わせられないのですか?」
「なんででしょう? でも合わせられる気がしてきました」
「では、また投げますね。はい」
まだちょっと怪しいけど羽根に風を当てていた。
「私は姫さまが魔法を覚えられなかった原因が理解できたと思います」
「先生、私も魔法を根本的に間違えていた気がしています」
「まあ、姫さま時間がある時にゆっくり考えてください」
「はい、そうします。今は練習をがんばります」
なんとかなりそうだ。姫さまに頑張ってもらい練習時間を伸ばし、午前に羽根を使ったタイミングと色付き炎の魔法、午後も羽根を使ったタイミングと二重の風魔法を練習させた。五日ほどで色付きの炎と二重の魔法がものになってきた。