九話 二人のお姫様
初日の道中は無事に終わった。王族御用達の高級な宿に襲撃は無いと思いたい。護衛騎士がいて、宿場の兵士がいて(サイトフィートの正規兵)、宿の用心棒もいる。ここを襲撃するような兵を集められたら逃げるなど不可能だ。
これからの旅程は、明日はサイトフィートの王都を通り過ぎバタンの町に向かう。サイトフィートの王都の近くでは襲わないだろうから明日もたぶん安全だろう。危険なのは三日目の道中だろう、近くに大きな街もなく国境の町も小さいはずだ。取り敢えず注意喚起しとこう。
「ファーラさん、内密な話」
「はい、何なのですか? 昼間からおかしいですよ?」
「我々一行は明後日襲撃を受ける可能性が高い」
「まさか、王女殿下の一行ですよ」
「王族だからこそ襲撃を受ける可能性があります」
「……」
「姫さまに話したほうが良いと思いますか?」
「話さないでください。姫さまに心配をかける必要はありません。このお話はこれで終わりにしてください」
ああ、まるっきり信じてないな。
姫様お迎えの旅、二日目、
うう、みんなの目が冷たい。
「先生、魔法の練習お休みでいいんですか?」
「いいんです。ミャウと遊んでください」
すっごく良い笑顔で、
「はい」
子ミャウが居る状況で、姫さまに八時間の集中は無理だろうと思う。しかし姫さまは鈍いな、俺の昨日の戯言で皆ピリピリしてるのに子ミャウしか目に入っていない。
「シオンさん、襲撃なんか無いじゃないですか?」
「私は可能性の話をしたのです。明日の三日めが襲撃のある可能性が一番高い、次が五日めでしょう。襲撃などなければ一番良い、しかし可能性があるなら備えなければならないと思いませんか」
「そんな可能性、本当にあるのですか?」
「ああ、ある。女王陛下と伯爵がこんなに愚かだと思いませでしたよ。全く情勢が読めてない」
「シオンさん、不敬ですよ。私以外が聞いたら大変なこといなります」
「昨日隊長に同じこと言われたよ」
「国に戻ったら大変ですよ!」
「無事に戻ったら、女王陛下に説教をしないとな」
「ああ……」
サイトフィートの王都を過ぎ遠くに今日の宿があるバタンの町が見えてきた。思ったより小さな町でがっかりした。この町の規模だと夜陰に紛れて襲撃の可能性が捨てきれない。
取り敢えず町についたら酒場や宿を一通り見て回った。幸い危険そうな集団、傭兵や過度な護衛を連れた隊商等はいなかった。その足で城門に行き、閉門まで監視していた。
取り敢えずこの町の城門を打ち破ってまでの襲撃はないと思うので今晩は大丈夫だろう。
「シオンさん、襲撃を心配してた割には呑気に出歩いているのですか?」
「まあ、色々見て回らないとね」
「もう、皆さん食事も終わって部屋に戻られていますよ」
「それじゃ、私も食事をしますね」と言って食堂に向かった。
わー、護衛騎士の皆さんに無視されちまってるよ。ま、良いか。食事を取りながら明日の予定を考えていた。明日は一日大きな街のない街道を行くだけだ。最悪、姫様だけでも守らなければと考えていた。
姫様お迎えの旅、三日目、
何事もなく出発できた。姫さまは先程までミャウと遊んでいたのに今は一緒にお休みしている。念願のミャウと一緒に寝ることが叶っているのに意識がなくては喜べないだろうと思っていると、
「隊長がお呼びですよ」
御者台に登り、
「何でしょうか?」
「襲撃など無いな」
「ありませんね。無くて良いではありませんか」
「貴様があると言っただろうに」
「可能性の話を下だけです。備えあれば憂い無しと言います」
「ふざけるな、国に戻ったらきっちり責任を取ってもらうぞ」
御者台から馬車内に戻り、
「隊長からだいぶ責められていますが大丈夫ですか?」と、ファーラさん。
「全然問題ありません」
「しっ責されるのに?」
「されませんよ。怒られるのは女王陛下と伯爵です」
「あなたは能天気です」と怒って行ってしまった。
町が見えてきたと誰かが叫んだ。今日も襲撃がなかった。一日中緊張していたので肩が凝ってしょうがない。この宿場は大きい、サイトフィートの騎士と兵士が常駐しているから安全だ。
隊長に完全に無視されてしまった。体の筋を伸ばしながら宿に入り部屋に荷物を置いて食堂に出てきた。昨日までの宿は緊張して酒も飲まずにいた。しかしここは大丈夫だろうと思い、濁り酒を飲み始めた。ここも海が近い街なので干物をつまみに濁り酒を飲んでいると、
「襲撃は無いのかい、家庭教師のセンセ?」と若い騎士が絡んできた。
「君も飲むかい?」とからかうと、プイと顔を背け行ってしまった。
いくら何でも護衛の最中に酒場で酒など飲めないでしょう。
「貴様、散々我々の仕事を乱しておいて、若いのまでからかうのか?」と、隊長さんはお怒り気味。
「それが仕事でしょ。襲撃が無かったのだから喜ばないと、一緒に飲みます?」と、隊長もからかってやった。
ちょっと八つ当たりしてしまった。少しこの国の人間が呑気すぎるので苛立っていたのだ。たぶん女王陛下は蚕を手に入れることなど大したことなど無いと思っているのだろう。それともシルクの魅力に目が眩んでいるのだろうか。
シャロフィートは古王国ジョージ初代王にシルク産業を取り上げられても他の国と同じ国力を保てた。ノックフィートとスペイフィートはシルク産業を与えないと同じだけの国力が保てなかった。そして古王国が滅びノックフィートとスペイフィートの両国はシルク産業が根付かなかった。ノックフィートとスペイフィートの両国は頭一つ分、他の国より国力が低い。散々辛苦を舐めてきた両国が、シルク産業が伸びてる今、シルク産業を奪われると考えたら何をしでかすか分からない。一部の過激な人間は戦争をも辞さないと思う。
女王陛下の馬鹿な考えがノックフィートとスペイフィートにバレていないことを祈るだけだ。
そんなことを考えていたせいか酒がまずくちっとも酔えなかった。
姫様お迎えの旅、四日目、
ロングフィートの国境の街まで2時間、そこでスペイフィートの一行と邂逅してミャウを贈呈し、姫様を引き受けることになる。そのままこの宿場まで戻るので最低限の人員で向かっている。昼食はロングフィートの領主の館で頂くことになっているので料理人と殆どのメイド、一部の侍女はお留守番だ。
そのため一行は二台の馬車と十二名の護衛騎士となる。そして国境の街からはスペイフィートの馬車三台と護衛騎士八名が加わる予定だ。これだけの騎士がいれば襲撃がないと考え始めていた。
「姫さま、今日はミャウたちとお別れです。スペイフィートの前ではみっともない真似はしないでください」と、ファーラに窘められていた。
「そ、そんなことないです」
「ミャウと別れるとき泣いたりしないでください、姫さまのミャウじゃないのですから」
「だ、大丈夫です。泣いたりいたしません」
姫さまと侍女の会話を聞いてニヤニヤしていたら姫さまに睨まれてしまった。もうすぐ国境の街に着くのに本当に姫さまは大丈夫かと心配になっていた。姫さまは涙にもろそうだし、ミャウのこととなると見境が無いし。
ロクスフィートの国境の街に到着した。まだスペイフィートの一行は到着していないので、我々はご領主の屋敷で待たせてもらうことになった。侍女たちの意見通りに姫さまはミャウと別々にさせられ、ちょっとご機嫌斜めだ。
「姫さま、子ミャウは贈り物です。王都に戻れば四匹の子ミャウが待っています。子ミャウの名前でも考えながらスペイフィートの姫様を待ちましょう」
「そうですね、この度のご褒美に名前をつけさせてもらいましょう」
「そうだ、私が離宮前で見つけた女王陛下のミャウの名前はなんですか?」
「ベイリーちゃんです。いつも離宮あたりの見回りをしていますよ」
「ベイリーちゃんですか、良い名前ですね。他のミャウはあまり出歩かないのですか?」
「お母様はミャウが外に出ないようにしています。ベイリーちゃんだけですお母様の目を搔い潜って逃走するミャウは」
「でも大人しくてすぐ抱っこされますよね」
「以前は私も抱っこさせてくれたのに、今はすぐ逃げるんです」
「……」コメントを差し控えた。
「そうだ夢の中ではシャルルはどんなミャウなんですか?」
「シャルルちゃんは大人しくて抱っこを嫌がらないお人形みたいなミャウですよ」
「やっぱりそうなんだ、みんなもシャルルを見てそう言います」
「そうだ、次飼うときは男の子にした方が良いと思います」
「なんでですか? 男の子のミャウはちょっと乱暴です」
「人間と同じで男の子の方が甘えん坊って聞きました」
「え、そうなんですか。甘えてくれるミャウも良いですね」
「次もモコモコにするのですか?」
「悩んでいます。耳のちっちゃなミャウも可愛いですよね」
「姫さま、スペイフィートの皆様が到着なさいました」と侍女が知らせに来た。
部屋で待っているとこの町の領主でこの屋敷の主人がスペイフィートの姫様を案内してきた。
「初めまして、スペイフィートの第二王女のシャーリーズ・スペイフィートと申します。よろしくお願いします」
「初めまして、ジョセフィーヌ・シャロフィートと申します。ルイの妹です。シャロフィート王国にいらしていただき大変嬉しく存じます。本日は兄と母が夏風邪で体調が思わしくないため私が参りました。ご不便をお掛けしないよう努力いたしますのでご容赦ください」
「そうでしたか。女王陛下とルイ様にはお大事にというところですが、今からご一緒に向かいますから少し変ですよね」
「そうですね、わたくしと一緒に直接伝えましょう」
「はい、ありがとうございます」
「おふたりのお姫様、ご挨拶がおすみでしたら昼食を用意いたしました。そちらでお話の続きをなさってください」と、この町のご領主が告げる。
なんたってスペイフィートの姫様の母上の女王陛下は、自国の国王のお姫様だから精一杯もてなすほかないだろう。
「はい、参りましょう。お姫さまも」とスペイフィートの姫様が話した。
「はい、ありがとうございます。それから私のことはジョーとお呼びください」
*ジョーはジョセフィーヌの愛称
「ふふ、私のことはシャーリーと呼んでね」
*シャーリーはシャーリーズの愛称
お二人は和やかに談笑しながら昼食を終えた、
「シャーリーズ姫様、ジョセフィーヌ様が馬車をご一緒にと申しております」
ジョー姫さまは何という顔で私を見ながら、
「そうしましょう」とジョー姫様は話を合わせてくれた。
「ええ、でも」
「繭でしょうか? 女王陛下から承っております。ご心配ありません」
「ええと、あなたは?」
「これは、失礼を。私はジョー姫様の家庭教師をしております、シオンと申します。お見知りおきを」
「では、運ばせますね」
「はい、大丈夫です」
うちの姫さまは物欲しそうな顔でスペイフィートの馬車を見ていた。
「どうされました?」
うちの姫さまはその問いに気が付かず、
「ミャウに未練があるみたいです」と、助け舟を出した。
「ふふ、そうですか」
「では、馬車にどうぞ」
「姫さまもお早く」
皆が乗り込み一行はシャロフィート王国へと戻り始めた。