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こうしてボクは今に至る  作者: 朱本来未
【1】『悪夢は憂色透明』
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◇調査の依頼

暑い日差しから解放され、結城の部屋へと向かっている最中にふと気になった。天野は駅から晴桜までの道すがらで得た麦藁帽子をどこにやったのだろうか。晴桜に着いてから食堂へと向かう途中で彼女に押し付けられてから、一時的に代わりにかぶっていたのは覚えている。そこでようやく麦藁帽子をどうしたのか思い至った。警備員とのごたごたで、食堂に置き忘れてしまったのだ。自分の持ち物ではなかったため完全に忘れていたが、一応は借り物である。帰りにもう一度食堂に寄って回収してこなければならないだろう。迂闊な自分に思わず溜息がこぼれた。


私があまりにも遅いので天野は、いつもの半眼でじっとりとこちらを見ていた。「わるいわるい」とおざなりに口ずさみながら彼女の元へと急ぐ。静まり返った寮内の廊下を肩を並べて歩きながら、私が着替えている最中に麦藁帽子を回収してくるように頼んだ。彼女は不本意だと訴えるように黙したままじーっとこちらを見ていた。それを私も見つめ返していると、最終的に彼女は折れてくれたのか、諦めたように「わかった」とだけ答えた。


そんなやり取りをしているうちに結城の部屋へとたどり着く。左手でノックを2回、わずかな待ち時間の後に扉は開かれた。


「早かったじゃないかー。用はもう済んだのかい?」


「おかげさまでね」


答えながら、私はブレザーのポケットから図書室で手に入れたメッセージカードを人差し指と中指で挟んで彼女の眼前に差し出す。結城はそれを摘み取り、手首を返してカードの両面を軽く確認する。宛名の「らっこ」に心当たりがあるのか、彼女は一瞬だけ顔を曇らせた。


「ねこ、それが何かわかるか?」


「あー、まあねー。知ってるっちゃ知ってるわね。一部の生徒の間じゃ有名だからね、これ」


「そうなのか?」


「ええ、学院内で浮いてる生徒を救済って名目で集めてるのよ。浮いてる生徒ってのは言うまでもないでしょうけど」


「部外者の私には、ちょっとわかりかねるかな」


「それもそだねー。高等部からの新入組のことだよ。在来組のコミュニティから爪弾きにされて行き場所のない子たちのところにはそのカードが届くみたいなのよ。誰が送ってるのか知らないけどさ、大抵の子はそのカードの誘いに応じちゃってるみたいでね」


「いくらなんでも不用心過ぎないか?」


「不当な扱いばかり受けてて判断能力鈍ってるのかも、たぶんね。教師連中なんて、ほとんど見て見ぬふりだしさ。そんなところに、怪しくても救いの手が差し伸べられたら縋っちゃうんじゃない?」


滔々と答える彼女は、どことなく余裕がないように感じた。いつもの間延びした言葉遣いをしていないからかもしれない。カードのことを知りたがっていた天野はというと、明後日の方を向いて話を聞いているのかいないのか、会話に参加する気はなさそうだ。


「このカード、アタシが預かってもいいかな? 何か分かるかもしれないし、調べておくよ。すぐにってわけにはいかないけどさ」


「悪いね、助かるよ」


礼に対して彼女は両手を広げて小さく肩をすくめた。


「連絡先、教えてもらえる?」


彼女と連絡先を交換する際に、メッセージを受信した通知が2件ついていた。受信していたメッセージを確認しようかと思ったが、今はやめておいた。


「そういえば、ねこ」


「なにかなー?」


例のカードに絡んだ会話も下火になってきたためか、彼女は間延びした返事で応じた。


「ねこは、らっこって子のことは知ってるのか?」


空気が凍りついたような気がしたが、結城の表情には特に変化はなかった。


「さぁ、知らないねー。そのあたりのことも、調べておくよー」


なんとなく、彼女は嘘をついているように感じたが追及はしなかった。不興を買って協力をふいにされては困るのだ。実質、晴桜での情報源は彼女だけが頼りだ。


「いろいろ頼んですまないな」


「いいっていいって、アタシもこれのことずっと気になってたしねー」


と結城は手にしたままのカードをぴらぴらと振ってみせた。


「それにしても、このカードどこで見つけたのさ?」


「図書室だよ。天野が本に挟まれてたのを見つけたんだ」


「なんて本に挟まってたか覚えてる?」


「ギリシャ神話をまとめた本だったかな、パンドラの項目のところに挟まってたよ」


「ふーん、そっかー」


と彼女はその情報を噛みしめるように、顎に手を当てて天井を見上げていた。もうここでやることは一通り済ませたと思う。そう判断した私は、部屋を物色するように口を閉ざしたまま見回していた天野へと声をかけた。


「ここでやること、まだ何かあるのか?」


問いに天野は一拍の間を置き、端的に「ない」とだけ答えた。ここでの要件が片付いたようなので帰支度を進めることにして「天野、帽子」と雑に言葉を投げかける。彼女は戸惑いを見せたものの、すぐに何のことかを思い出して「そうだったな」とひとり部屋を出て行った。


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