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こうしてボクは今に至る  作者: 朱本来未
【1】『悪夢は憂色透明』
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◆幸福の手紙

天野は紙片を見つめ、裏表を確認すると無言で私に差し出した。受け取ったものは名刺サイズの洒落たメッセージカードだった。表面の冒頭には『幸福の手紙、お送りします。』と記されている。その後に続くメッセージの内容は推して知るべしである。不幸の手紙と似たものを感じ、気色悪さに眉を寄せた。裏面を見ると、宛名は『らっこへ』となっていた。フルネームではなく愛称で記されている辺り、不気味さは一層増していた。


「これが探していたもの?」


「そんなわけないだろう」


毎回のように応答が遅れる彼女だが、今回ばかりは即答した。それだけ明確に返答できるのなら、何を探しているのか明かしてほしいものだ。そう思っていると、彼女はさらに言葉を続けた。


「これは手がかりのひとつさ。私が探しているものは、これの先にあるのさ」


わずかに明かされた捜し物の内容は、出来れば避けたいと予想していた内のひとつだった。どうやらこの気味の悪い手紙の差出人を見つけ出したいらしい。気乗りしない内容に、露骨に溜息を吐いてみせる。しかし、天野は私の無言での抗議など微塵も気に留めていない様子だった。私は手にしていたメッセージカードを彼女の鼻先に押し付け、強引に距離を取った。目をぱちぱちとさせていた彼女は、それを鼻先で摘み取るようにして手に取った。


「で、これで何かヒントが得られたのか? 宛名が愛称だと、まともに探せないんじゃないかと思うが」


押し返されたメッセージカードを弄びながら、彼女はそれが挟まっていた本を私に渡した。

その分厚く古めかしい本の表題は『ギリシャ神話』。これが何か関係があるのだろうか?

そう思いつつ、天野と同じようにページを繰った。

何度か繰り返すと、違和感のあるページがあった。おそらく例のカードが挟まれていた場所だろう。

長時間カードが挟まれていたことで、本に癖が付いていた。

そのページを開き、内容を確認すると、らっこ宛のカードに導かれたページにはパンドラの神話が記載されていた。

余りにもわざとらしい誘導に、関わるべきではないという直感がした。


「天野、これ以上これに首を突っ込むのはまずいんじゃないかな」


警告の意味も込めて言ってみたが、彼女は意思を揺らがせることなく、真っ直ぐに私の目を見つめていた。

彼女にとってどうしても譲れないものがあるようだ。

説得を諦め、なるべく危険の少ない方向に誘導するしかないだろう。


「とりあえず、このらっこってのが誰かわからない限り、どうしようもないね。ひとまず戻って、ねこに聞いてみようか。あいつ、学院内のことには詳しいみたいだし」


今後の方針を提案しながら、本を元の位置へと戻す。

天野はそれには答えず、また例の癖を見せた。

左手の人差し指、その第二関節を甘噛みして床へと視線を落としている。


「それ、癖なのか?」


何気なくそう問うと、彼女はゆっくりと顔を上げて眠たげな目をこちらへと向け、そして時間をかけて一度瞬きをした。

彼女はまぶたを押し上げる際に、食い込ませていた歯を指から離した。


「別に意味はないよ」


と答えると、彼女は折り畳んでいた左手の人差し指を伸ばして鼻の頭をちょんちょんと軽く弾いた。

人の癖なんて指摘したところで意味はないと、その話題は早々に切り捨てた。

憂鬱な案件を抱え込み、若干肩を落としつつ図書室を後にする。

ちゃんと彼女は付いてきているだろうかと後ろを振り返る。

天野は唯一の手がかりであるカードに目を落としたまま、それを両手で弄びつつのろのろと後に続いていた。

このまま彼女に持たせておくと、何かに躓いて転んでしまうかもしれない。

そう思いカードを彼女から取り上げ、ブレザーのポケットへと忍ばせた。

空調の効いた図書室から寮への道すがらは苦悶だった。

既に15時を回って、少し日が西に傾いた日差しは衰えることなど知らないと主張するように益々栄えて感じた。

さっきは天野が先行していたために、この日差しの中を駆けることができたが今はそういうわけにもいかない。

のそのそと足を進める彼女を置き去りにするわけにもいかず、焼け付く日差しの中をペースを合わせて歩いた。

そのせいだけではないが、度重なる強い日差しを受けて火傷の痕が熱を持ち始めた。

汗腺は焼け潰れているため、汗をかくこともできずどうしても熱がこもってしまう。

そうした熱のせいか、皮膚が引きつって感じる。

もう限界が近いと感じた私は、左手を差し出して天野の右手首を掴んで引いた。

彼女が転んでしまわない程度に足早に寮を目指す。

ようやく寮へとたどり着いた頃、ふっと日差しが途絶えた。

毒突きたくなるようなタイミングで日は陰っていた。

私を苛んでいた太陽はというと巨大な入道雲の向こうへと姿を隠していた。

きっ、と太陽のあった方角を睨みつける。


「痛いじゃないか、アスタ」


苛立ちで手にも変に力が入っていたらしい。

私は「ごめん」と謝りつつ、掴んでいた彼女の手首から手を外した。

そして両開きの扉を開いて、天野を先に寮内へと促した。

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