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こうしてボクは今に至る  作者: 朱本来未
【6】『現実は夢を騙りて』
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◇病室の少女

耳にしたばかりの情報を頼りに302号室へ足を運ぶ。病室の入口脇には真っ白なプレートが4枚あって、その内2枚にだけ手書きで名前が記されていた。当然ながらその中にアスタの名はない。いつまでも入口で立ち止まっているのも不自然なので、躊躇うことなく病室内へと入った。


入ってすぐに、さっと視線を巡らせる。右手側は入口寄りの方のベッドはカーテンが引かれ、窓側のベッドは空だった。その対面、左手側は逆に入口寄りのベッドが空だった。ボクは左手奥で談笑するふたりの少女の元へと近付いた。声をかけるよりも早く、ベッドで身体を起こしていた少女がはたとボクに気付き視線を寄越し、ふっと微笑んだ。彼女と談笑していたもうひとりの少女が、誰か来たのかとボクの方を振り向いた。とっさに言葉を紡げないボクは、ちいさく会釈した。


お見舞いに来ていた少女が小首を傾げ、入院中の少女の方へと再度顔を向けて「志帆の知り合い?」と尋ねていた。入口にあったプレートの名前を思い返し、彼女の名が『海部志帆』であるとわかった。海部さんは、首を横に振ったかと思うと「これから知り合いになるんだよ」と破顔してお見舞いに来ていた少女に答えていた。答えを受けた少女は、改めてボクの方へと向き直るとびしっと腕を上げてただ一言「じゃあ、これからよろしく!」と口にした。勢いに押されたボクは彼女を真似て腕を上げたが、晴桜ではまず見ない行為だっただけにぎこちないものとなってしまった。


直後にからっとした軽快な笑い声が室内に響き、海部さんがしっと口元で指を立てて静かにするよう示した。注意された少女は、あははと申し訳なさそうに引き攣った笑いを浮かべて髪をかき回した。


「ごめんなさい、えっと……」


名を名乗るべきところなのだろうが即座に口が動かずもどかしい。ボクは手のひらを前へと突き出して、待ってくれるようお願いした。


「ボクは、唯理。天野唯理だよ、海部さん」


心のうちで彼女のことをそう呼んでいたため、思わず名を呼んでしまった。一瞬、驚いたように大きく目を見開いていたが、すぐに名が知られていた理由に思い至ったようだった。対して、もうひとりの少女はなんでなんでと疑問符を浮かべていた。その姿を目にして、海部さんは上品に口元に手を当ててくすりと笑った。


「ちょ、笑わないでよ~。う~ん、そんなに簡単な事なの? で、答えは?」


「ユカちゃん、ちょっとは自分で考えようよ」


「いいじゃん、わかんない事はわかる人に聞いた方が早いっしょ」


「も~、しょうがないな~。ここの入口の名札に名前あったでしょ」


「あったっけ?」


「あるよ」


いくら考えても思い出せないらしい彼女は「ちょっと見てくる」と言って、病室を出て入口のプレートを確認していた。そして「あったあった、これか~」と結構な大声で感嘆していると、丁度通りかかった看護師さんに静かにするよう注意されていた。しょぼんと肩を落としながらボク達の元へと戻ってきた彼女は、すぐ側にまで来るとイタズラっぽくぺろりと舌をと出していた。


海部さんが「ユカちゃん、ここにいるのは私達だけじゃないんだから……」と哀しげに俯き加減で言う。するとユカちゃんと呼ばれていた少女は、先ほどの調子はどこへやらといった様相であわあわと慌てふためいていた。機嫌を取ろうと彼女が必死になっていると、ぷっと海部さんは吹き出した。どうやら不機嫌を装っていたらしい。そんなこれまでのやり取りを見て、なんとなく彼女たちの関係が見えた気がした。


蚊帳の外に置かれていたボクに、海部さんは「ごめんなさいなんだか騒がしくって」と気を使った。


「天野さんは、私に何か聞きたいことがあったんでしょう?」


ボクがこくりと頷くと「夏菊さんのこと?」と言い当てた。「なんでわかった?」とは問わなかった。代わりに「何か知ってる事があったら教えてくれないか?」と尋ねた。ボクに代わって蚊帳の外となったユカちゃんは、「えっ、誰?」とでも言いたげに海部さんを見ていたが軽くあしらわれていた。


「知ってる事か~。でも、言っていいのかな……」


口ごもりながら、彼女はボクの様子をうかがった。無表情なボクを見たところで、何かわかることがあるとは思えなかった。おそらく彼女はボクが明確に何を聞きたいか口にしない限り、アスタの事を教えてはくれないだろう。考える素振りの代わりに、ボクは左手人差し指の第二関節をあまがみした。


考えた末にボクは、祖母がお礼を述べにアスタの元を訪れたはずだと思い至った。それまでの経緯を話し、彼女の理解を得たところでそのときの事について尋ねた。海部さんがその場に居合わせていなかった可能性もあったが、彼女にとっては運悪く居合わせてしまったらしい。


アスタは始終祖母の事を無視し続け、何度目かの訪問の際にもう二度と顔を見せないでくれと泣きながら訴えたらしい。海部さんは、一度話を切ってボクを見た。それは祖母から聞いた話と概ね同じだった。ボクが知りたかったのはその先だ。


先を促すように身を乗り出すと、彼女はその続きをゆっくりと語りだした。祖母が去ってしまった後、アスタは布団を被り込んでふて寝していたということだった。それが祖母の最後の訪問となったらしいけど、その日はユカちゃんさんも居合わせたらしく。


急に海部さんの側から離れて、被り込んでいたアスタの布団を剥ぎ取って指を突きつけて一言。


「自分の事で気に病んで欲しくないんならそれじゃダメだろ、あほう」


とダメ出した。急な事に驚いて、しばらく硬直していたアスタは嗚咽混じりに「……わかってるよ」と返したという事だった。それを聞いて、アスタはアスタのままなんだとボクは安堵した。

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