◆私の居場所
天野は手伝いを申し出てくれたものの、私はそれを断ってひとり食事の準備を進めた。手持ち無沙汰な天野は仕方なくリビングのソファに腰掛けて、ニュース番組を見ていた。
ガスコンロの引き出し式のグリルなら直接火を見る必要がないので、私でも何とか調理出来そうだった。鯖が焼きあがるまでに、いつもの簡素な味噌汁をつくる。焼きあがった鯖をそれぞれの皿に盛りつけたところで、ご飯を炊いていないことに気付いた。
今からご飯が炊きあがるまで待つのもどうかと思い、どうしても必要かどうか天野に尋ねる。すると彼女は「ご飯なら私が炊いておいたぞ」と応じた。炊飯器を見ると保温状態になっていた。フタを開けて中を確かめると、確かにご飯は炊けていた。
礼を述べると天野に「アスタは考え事してると作業が手につかなくなって、何かしら忘れるからな」と素っ気なく言われてしまった。もっともなことだと自覚し、夕飯の盛り付けに戻った。
準備を終えて、リビングの座卓へとふたり分の食事を運ぶ。特に天野と話す気はなかった私は、面白味のないバラエティ番組に目を向けながら行儀悪く食事を進めていた。
ふと気付き、箸を止め、視線をテレビ画面から天野へと移す。彼女は上手く手に力が入らないのか箸をちゃんと持てず、まだ箸の持ち方を知らない幼子が匙を掴むようにグーで握っていた。以前はきちんと箸を持って食事をしていたのを目の当たりにしたことがあるので、余計に気になってしまった。
「スプーン、持ってこようか?」
そう尋ねたものの、天野は表情の変化がほぼないために実際どう思っているのか私にはうかがい知ることが出来ない。それでも、どことなく彼女が己の有り様を惨めに感じているように思えてならなかった。以前はできていたことが出来なくなってしまうというのはどんな気持ちなのだろう。それを考えると、胸の奥がざわついた。
対する天野は、何でもない事のように「気遣いは無用だよ」とそのまま食事を続行していた。その姿を見ていられなくなった私は、思わず手を出してしまった。彼女の代わりに鯖を一口大に取り分け、それを箸で摘んで彼女の口元へと運んだ。
天野は目の前に差し出された鯖をじっと見つめて口を閉ざしていたが、躊躇いがちにそれをぱくりと口にした。一口目を飲み下し「お願いしてもいいか?」と彼女は言った。私はそれを了承し、残りのご飯や焼き鯖を彼女が食べるのを手伝った。
ふたりとも全て食べ終え、洗い物も済ませてしまったところで天野に呼ばれた。何だろうかと彼女が口を開くのをじっと待つ。
「アスタはさっきの食事で、何で私に手を貸そうと思ったんだ?」
投げかけられた質問に私は口ごもってしまう。何と答えれば、彼女を惨めにせずに済むだろうかと考えを巡らせる。しかし、私が口を開くよりも先に天野が先手を打った。
「可哀相だとか、見ていられないとか思ったんだろう?」
天野自身に見透かされているとわかっていても、それを肯定することは出来なかった。彼女は、私が答える事ができないことなど始めから織り込み済みなのか応答を待つことなく話を進めた。
「アスタ、私は君のそういう気持ちに付け込んだんだよ。アスタが同情することなんて目に見えていたからね、わざと箸を用意されるような食事を頼んだんだ」
そこで彼女は一旦言葉を区切って、私の反応を待つようにこちらを見据えた。彼女は私を怒らせようとしているのだろうか?
でも、そんな感じではなかった。
提示された問題に解答を見出すことが出来なかった私は、「天野、私はどうすべきだったんだ?」と素直に答えを求めた。
「アスタは、私の過去と現在を比較して手を貸すことにしたんだろう?それは何でだ?」
解答を求めたはずなのに、更に問題を提示されてしまう。簡単に答えを求めずに自分で考えろということなのだろうか。仕方なく私は、彼女の言わんとする事を模索する。考え込んでいて気付いたが、この状況はあの雑木林の中でのやり取りと似ていた。
もしかしたらと思い、問題の焦点を天野ではなく私自身へと置き換えた。そして天野と私の状況を比較して、何となく彼女が言わんとする事がわかったような気がした。
私の表情の変化を見て取り、答えにたどり着いたと判断したらしい。
私が「失ったものを知っているからか」と言うと天野は「避けていたのはアスタの方だよ」と答えた。
彼女が言いたかったのは、クラスでの私の立ち位置についてだったらしい。
「いつからだ?」と尋ねると「転校してすぐだよ」と彼女は応じた。
「みんな、アスタのことを心配してるんだ。アスタは卑屈になってみんなの事を遠ざけてたみたいだけどな」
「宮野も知ってたのか?」
との問いに、彼女は小さく頷いた。どうやら月詩が天野に対してぎこちない反応を見せていたのは、天野ではなく私自身が原因だったらしい。
「アスタが意固地になって人を避けている原因が私に在ったから、みんなに頼んで知らないふりをしてもらってたんだ。この役目だけは、どうしても誰にも譲れないと思ったからな」
「下手をしたらお前ひとりが私から恨まれるかもしれないのにか?」
「それでもいいと思ったんだよ」
捨鉢な彼女の発言にむっとして「よくないだろ」と語調を強めていってしまう。それを受けた彼女はしばし押し黙った。
「きっと大丈夫だと思ったんだよ。……アスタは私の命の恩人だからな」
その言葉で彼女はこの話の終わりを告げた。




