◆不意の同行
思わず左手で右肩を抑えて言った。
「知ってたのか?」
それに対して天野は静かに頷いた。
「あの状況で隠し通すのは無理だぞ。クラス中に知れ渡ってるのに、私の耳に一切入らないなんていうのは無茶が過ぎる。そもそもアスタはクラスの連中に口止めなんてしていなかっただろう」
確かにその通りだった。天野がクラスメイトと話をしているところを見たことはなかった。しかし、話さずとも噂話くらいは耳にする機会はいくらでもあっただろう。
「……だったらわかるだろ、なんで私がお前のこと避けてたのか」
「もちろん理解してるさ、恨まれたって仕方ないとも思ってる。だからさ、アスタ。私を恨めよ」
天野が言っている言葉の意味が理解できなかった。困惑する私をじっと見つめ、彼女は言った。
「アスタはもう少し視野を広げた方がいい」
「さっきから何を言ってるんだよ、お前は」
天野は問い詰める私を見つめるばかりで何も言わない。焦れた私は押し黙る彼女に掴みかかろうとして、ぐっと両手を握りしめてそれを堪えた。そして「もういい」とだけ吐き捨てて踵を返した。
「逃げるのか?」
そんな天野の声を無視して、彼女から離れるべく踏み出した。それきり彼女が引き止めるような言葉をかけてくることはなかった。
私は祖父母の家には戻らず、紫枝ヶ崎の駅へと足を向けた。駅にたどり着いた私は、母に【先に帰ります】とメッセージを送った。青峰までの切符を購入する。電車の時間までは、まだかなりあったが改札を抜けて駅の構内で待つことにした。
ベンチに腰を下ろし、天野が私へと言い放った言葉を思い返して反芻する。なぜ、彼女はあんな事を言ったのか私には全く理解できなかった。
天野は私なんかよりも余程辛い状況に陥っている。それがわかっているからこそ、私は彼女を恨む気などないし、恨みたいとは思わない。だからこそ彼女に関わらぬようにしていた。それなのに、なぜ彼女は私に恨めだなどと言ったのだろうかと、いくら考えてもその答えを見つけることはできなかった。
深く考え込んでいたせいか、あっという間に時が経ち、電車が到着する。とてとてと、その電車へと乗り込み発車を待った。椅子に腰を下ろす前にスマホを取り出し、着信履歴を確認すると、随分と前に母からメッセージが来ていた。黙って帰ることを決めた私に対してのお咎めはなく、逆にここまで連れてきたことを謝罪されてしまった。
出発間際の電車へと誰かが駆け込んでくる。その直後にドアは閉まり、ゆっくりと車体は動き始めた。スマホの画面に目を落としていてすぐには気付かなかったが、駆け込んできた誰かはこちらへと歩み寄って来ていた。
こんなに空いているというのにわざわざこちらへと寄ってくる意味がわからず、訝しげに顔を上げる。上げた視線の先にいたのは天野だった。天野の実家はもう藤岬にはないのだから、静森に戻ることはわかりきっていたのに、私はそれを完全に失念していた。彼女は私へと声をかけることなく、すとんと隣に腰を下ろした。
「席は他にも空いてるぞ」
無駄だとわかっていても、そう言わずにはいられなかった。天野はそれをどこ吹く風と黙って聞き流していた。そんな彼女にあてつけるように、わざとらしくため息を吐く。退かせることができないのなら自分が退くまでだと腰を上げようとしたら、強く上着の裾を引かれて立ち上がることに失敗した。
私は強く出ることもできず、どうせ30分程度なのだと自分に言い聞かせてその場に腰を落ち着ける他なかった。がたごとと眠気を誘う揺れに、いつしか隣に座っていた天野はうつらうつらとしていた。やがて彼女はまどろむと、こてんと私の左肩へと頭を預けた。彼女は眠ってしまったのだからここを離れることもできたはずなのに、私はそうしなかった。
程なくして静森の駅が近付き、眠り続ける彼女の肩をゆすった。しかし、以前そうした時のように彼女が目を覚ますことはなかった。そして電車は静森の駅を発車してしまった。いっそ彼女のことなど放置してしまえばいいのかもしれないが、私はそこまで踏み切ることはできなかった。
青峰へ着くまでに、どうにか彼女を起こして上りの電車から降ろし、ベンチへと座らせた。私は駅の構内に掲示された時刻表を確認する。すると下りの電車は2時間後までなかった。まだ17時前だが、彼女をここにひとり残していっても大丈夫だろうか。ちらりと天野へと目を向ける。彼女はねこのように丸めた手で眠たげに目元をこすり、大きく口を開けて欠伸をしていた。
そんな彼女の隣へと腰を下ろす。そして私が何を言うべきか迷っていると彼女が先に口を開いた。
「アスタの家に泊めてくれ。おばさんはまだ藤岬の実家だから、今日はアスタひとりだろ?」
寝過ごしたふりでもしたのかと思ったが、欠伸混じりの彼女の声から眠たげにしていることに嘘はなさそうだった。しかし、発言から彼女が始めから私の家に来ようとしていたことは明らかだった。断ればいいはずなのに、私はぼそりと「散らかすなよ」と返答し、彼女の宿泊を承諾していた。




