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こうしてボクは今に至る  作者: 朱本来未
【1】『悪夢は憂色透明』
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◇晴桜女学院

暑さに耐えかねた私は、自販機が設置されていた場所が駄菓子屋の正面だったのだということが救いに思えた。これはもうアイスを買うしかないだろうと思い立ち、彼女の同意を得ると、厚手のゴム風船にバニラアイスを詰めて卵形になっているものを二つ購入した。


食べ方の分からない彼女に簡単な説明をして買ったアイスを渡し、二人して行儀悪く食べ歩く。それからほどなくして、アイスを食べるのに夢中で黙り込んでいた彼女が唐突に声を上げた。


何事かと顔を向けると、彼女は顔と制服をアイスでべっとりと汚していた。


「なんだこれは。いきなり中身が全部噴出してしまったぞ」


「最初に説明しただろう。最後の方は一気にアイスが出てくるから気を付けろってさ」


彼女は手の中でべとべとになった容器をぺいっと投げ捨て、アイスがべっとり付いた手で顔を拭う。


私は仕方なく肩掛けカバンからポケットティッシュを取り出して、彼女の顔に付いたアイスを拭き取った。衣服に付いたものは自分で拭ってくれと言い渡し、手持ちのポケットティッシュを、アイスで汚れていない方の手にのっけてやった。


彼女は一通り拭い終えたが、服に付いたシミとバニラの匂いはどうにもできず、酷いありさまだった。


「匂い立つばかりの美しさとはこんな状態を言うのかもしれんな」


「単にバニラ匂いがきついだけで美しさとは全く関係ないぞ。寧ろ敬遠したくなるタイプだな。それと、道端にゴミを捨てるなよ」と注意しつつ、仕方なしに地べたに落ちたゴミを拾い上げ、ティッシュで包んで回収する。


間違った表現を恥じているのか、押し黙ったまま彼女が言葉を返す事もないまま、ひとり先を行く。


ちょっと言い方が不味かったかと、横に並ぶべく足早に後を追う。となりに並んですぐに横を歩く彼女の様子を窺うが、表情は麦藁帽子のつばに隠れていてわからなかった。


ただ、彼女は左手人差し指の第二間接をあまがみしていた。


それからの数分間の何とも言えない沈黙が続く。


やがて茹だる暑さに負けて地面とにらめっこでもするように頭を垂らしていると、不意に「見えてきたぞ」と声をかけられた。


頭をあげると、ゆらめく景色の向こうに立派な門構えが見え、高さ2メートル程の門柱には、青く錆びたプレートに浮き彫りで「晴桜女学院」と表記されていた。


学院の周囲は木々に覆われて森に飲み込まれるような様相の所為か、周囲の土地から切り離された印象を受けた。




ここ晴桜女学院は、こんな片田舎にあるにも関わらず首都に姉妹校を持ち、幼稚舎から大学院まで一貫した教育を敷く格式高い女学院であり、娘を通わせたいと願う親も少なくない。実際、晴桜の生徒は親の希望で幼い頃に入学させられ、そのままエスカレータ式に進学しているものが大半を占めている。そのためか中学や高校進学時に試験を受けて入学してくる者の数は全生徒数の一割にも満たない。それ故に長年の交流で培われた強固なコミュニティに所属する在来組と新入組との間に明確な格差を生んでいた。


そんな外部に対して阻害的な雰囲気を持つ学び舎の校門を抜けて、まず驚いたのは人の多さだった。夏休みに入っているにもかかわらず、学院には意外にも人が多く行き交っているのである。昨年度のこの季節で在れば、それも不思議な光景ではなかったのかもしれないが、今年に関して言えばその光景が異様に思えた。


昨年度末から大流行を報じられ、今も猛威を振るっている新型インフルエンザの影響で、季節外れの学級閉鎖をしたところも少なくなく、帰省する寮住まいの生徒がほとんどだろうと予想していた。


だが現実には、寮生の半数以上が学院に残っているかのような雰囲気である。私の通う学校も他聞に漏れず、夏休み中の部活動は制限され、学校は閑散としている。だから遠方から入学してくる生徒が大半を占め、ほぼ全寮制に近い状態にあるここはなおさらそうなのだろうとばかり思っていただけに、妙な違和感を覚えた。


「何をボケッとしている。昼、食べるんだろ?」


「あ、あぁ、すまない」


感情のない眠たげな半眼の彼女は、淡々とした調子で急かし、かぶっていた麦藁帽を私に押し付けると学食へと道案内を始める。その背中を追いながら、どうしても考え込んでしまう。この学校の現状に対する私の感覚がずれているんだろうか、と。


学校の敷地内を歩いていていくつか気付いたことがあった。


夏休みにも関わらず帰省せず学校内に残っている生徒のほとんどが高等部の生徒で、学食に至るまでにみかけた生徒の比率は高等部の生徒が八割程度を占めていた。


一般解放されている学食「さくら」は、高等部と大学の中間に位置している。初等部と中等部の間に「つぼみ」という学食もあるが、そちらは一般解放されておらず、夏休み中は閉鎖されているらしい。その為、学食内にはさまざまな年代の在校生が居たが、ここでも道中同様に大半を高等部の生徒が占めており、普段から高等部の生徒が使用している学食だからという理由だけでは説明できない程の不自然さがそこにはあった。


「本当に一般解放されてるのか?」


向けられる視線の多さに居心地の悪さを感じ、妙に口早になってしまう。どうにも落ちつかない。宙ぶらりんの両手をポケットに入れ、少しでも視線を避けるべく俯き加減で軽く背を丸めた。


「疲れたのか? 随分と頭が重そうだが」


求めていた答えは得られず。猫背から受ける印象を端的に告げられると、否定の言葉を発する間もなく、「それにしても私より先にばてるとは信じがたいほどの軟弱さだな。ほらっ、しっかり背筋を伸ばすのだ。印象が悪いし、こちらまで俯き加減になりそうだ」と追撃するように放たれた口撃を受けることとなった。


「この学食『さくら』は一般解放されている。単に部外者の利用者は皆無に等しいからな、珍しいのだろう。万緑叢中紅一点……と言うのは不自然だな。アスタも花だしな、種類は違うが」


更に苦言を呈されるのかと思っていたところに唐突に先ほどの疑問に答えられ、一瞬何のことかと戸惑ってしまった。


「要するに檻の中のパンダだよ、アスタ」


客寄せパンダ、とでも言いたいのだろうか?


一方的に話続ける変化の乏しい表情をした彼女の意図は読めないが、彼女は意図的に人の視線を集める為に私をここに連れて来たようだった。

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