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こうしてボクは今に至る  作者: 朱本来未
【4a】『浮遊する鏡像』
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◆他人の身体

母は、夜遅くまで祖父母と話し込んでいた。


挨拶しないままでいるわけにもいかなかったので、居間へ行きそっと会釈だけしてきた。


その瞬間だけ刺々しい言葉遣いをしていた祖父母は口を閉ざした。


ちらりと私の右肩付近へと目をやったあと、ふたりは痛々しげに顔を歪めて目を逸らした。


そして口籠るように祖父が「なっちゃん、いらっしゃい」とだけ言った。


祖母はお風呂湧いているから使っていいよと、薦めてくれた。


私は「頂きます」と一言添えて薦められるままに、早々と居間を離れて入浴することにした。


私が居間を離れると、母は勢いを増したように祖父母へ向かって尖った言葉をぶつけていた。


客間のバッグから衣類を取り出し、脱衣所へ。


服を全て脱ぎ去り、脱いだ服は祖母に洗濯の手間を取らせるわけにも行かなかったので下着類は持ち込んだビニールの袋へと詰めた。


洗面所の鏡に写る自分の裸体を見つめ、はっと短く息を吐いた。


いつ見ても自分とは思えない姿に違和感しか覚えない。


まるで自分ではない誰かの身体に乗り移ったかのような気分だった。


その気分を引きずらないようにと、あまり長い時間入浴する気もなく普段通りに烏の行水。


さすがにこの時間なので祖父母はかなり前に入浴は済ませていたようで、少しばかりお湯はぬるくなっていた。


入浴を済ませると普段とは違い寝巻き代わりに持ち込んだジャージに身を包んだ。


上がったことを知らせるため居間へ向かったが、今度は中には入らず扉越しに「お風呂頂きました」とだけ声をかけて客間へ退く。


一応祖母には聞こえていたようで「はーい」と応じていた。


客間に戻ったところでやることなど何もなく、明日に備えて早めに休むことにした。


押し入れから布団を二組引っ張り出し、母の分も一緒に敷いて準備しておいた。


そうして布団へと潜り込む前に、バッグからスマホの充電器を取り出しコンセントから電気を拝借する。


さっきまで着ていた服からスマホを回収し、通知を確認してから充電する。


特に何もメッセージは受信していなかった。


明日の衣服を枕元へと準備し、使用済みの服とビニール袋に詰めた下着類を代わりにバッグに入れた。


静まり返った部屋で耳を澄ます。


居間では母と祖父母はまだ何か話し込んでいるようだった。


何度も祖父母に気まずい思いをさせるのも申し訳ないので就寝の挨拶は控えた。


電気はどうしようかと思ったが、ナツメ球だけでも付けておけば大丈夫だろうと蛍光灯の明かりは落とした。


薄暗く橙色に染まった部屋でそっと目を閉じる。


遠退く意識から話し声は姿を消し、虫たちの鳴き声にすっと入れ替わる。


沈んでいた気分は浮き上がり、安らかにまどろみの中へと誘われていた。


翌朝の目覚めは、スッキリとしたものだった。


爽やかに冷めた空気を吸い、身体を起こす。


まだ涼しいうちに、ちょっと周囲を散歩でもしてこようと隣で眠る母を起こさぬようにこっそりと着替える。


スマホで時間を確認すると、まだ4時にもなっていなかった。


それでも夏ということもあって、窓の外はそれなりに明るい。


忍び足で玄関へと向かう。


そっと玄関の引き戸を開けようとしたが、がらがらと思いの外大きな音がなってしまった。


昨晩遅くまで母も祖父母も話し込んでいたので大丈夫だろうと、そのまま外へ出た。


まだ朝早いこともあってか蝉の鳴き声はなく、夜中に鳴いていた虫たちの静かな声だけが耳に届く。


そんな中を私は祖父母の家の前に敷き詰められた砂利を踏みしだきながら夏草にまみれた隣家の敷地の方へと向かった。


緩い風に吹かれ夏草は揺れていた。


それを横目に私は更に先へと足を運ぶことにした。


2分と経たず、波の音が混じり始める。


深い緑の草木に覆われた細い道を抜け、一気に開けた景色の向こう側には海が広がっていた。


その景色の中に、今日の待ち合わせ場所に指定された灯台が見える。


下見というわけではないけれど、私はそちらへと足を進める。


次第に虫の鳴き声はなりを潜め、代わりに波の音がそれに取って代わった。


そこへ新聞配達をするバイクなど人のつくり出す音もぽつぽつと姿を現し始めた。


程なく防波堤へとたどり着き、その先にある真っ白な灯台も間近に迫ったがそちらへは足を運ばずに眺めるだけに留めた。


海風が吹き付け、水平線の向こう側から日が昇ろうとしていた。


夜が明ける。


眩しさに目を細め、そちらから目を背ける。


朝日を背に深呼吸を二度ほど繰り返すと、思わず欠伸が出た。


充分気分転換にはなったと満足し、来た道をたどって祖父母の家へと戻った。


すぐには玄関を潜らず、庭石へと腰を下ろして虫たちの鳴き声に聞き入っていた。


そこへ早起きな蝉の鳴き声が入り込んできたので、私は庭石から腰を上げ玄関を潜った。


まだ誰も起きていないらしく、家の中はまだ静まり返っていて生活音がなかった。


その中を再び忍び足で客間へと戻り、敷きっぱなしだった布団の上へと転がり胸元で指を組む。


そうしてぼんやりと天井を見つめたまま、時が経つのを待った。

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