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こうしてボクは今に至る  作者: 朱本来未
【4a】『浮遊する鏡像』
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◆祖父母の家

青峰から藤岬までは電車と違い、山を回り込まなければならない。そのため1時間半ほどの時間を要する。ただ帰省ラッシュということもあって、それ以上の時間を見込まなければならない。


家を出発してから1時間ほど経った頃、母は「ここでご飯にしよっか」と言って遠くまでテールランプの連なる道を外れた。夕食を摂るために立ち寄ったのは、キャロットハウスというファミレスだった。帰省を急ぐ人が多いためか、道は混んでいるのに駐車スペースには十分な空きがあった。


店内に入ってすぐに案内のためやってきたウェイトレスと顔を見合わせ、私は小さく声を上げた。それは相手も同じだったようで、彼女は開口一番に「いらっしゃいませ」という前に「久しぶり~」と口にしていた。


「バイト中じゃないの?」と言うと、茶目っ気を見せるように舌を出して肩を竦めて「だね」と応じた。案内されたのは、店内で一番奥まった位置にあるテーブルだった。


「注文決まったら呼んでね~」


彼女はウインクし、それだけ言い残すと行ってしまった。母は、うーんと何か考え込んでいたかと思うと「知ってる子?」と言ってきた。


「うん、そうだけど名前は知らないんだ。病院でちょっと話した程度だから」


興味があるのかないのか、母はそれきり彼女のことについて聞いてくることはなかった。


彼女がお冷を運んできたときに私たちは注文をお願いした。私はハンバーグを頼み、母は釜飯定食を頼んでいた。「ご飯とかはいいの?」と母に言われたが、ライスもパンも付けなかった。


私の頼んだメニューは10分程度で来たが、母が頼んだものが釜飯ということもあり、もう少し時間がかかりそうだった。母のメニューが届いてから一緒に食べようと思っていたが、冷めちゃうからと先に食べるよう促された。


熱々のハンバーグをちまちまとナイフとフォークを使って3分の1ほど食べ進めたあたりで、母のメニューが届いた。先程の彼女は「ご注文は以上ですね」と言って、伝票をテーブルに置かれた筒に差し込んだ。


その去り際に、伝票とは別の紙片をすっと私の前に伏せて置かれた。目だけで紙片と彼女の顔とを二度ほど往復すると、彼女はにこりと笑って無言で立ち去っていった。


何だろうかと手にしていたナイフとフォークを置き、紙片を裏返す。紙面には簡潔な『よろしく!』というメッセージ、そしてその下には電話番号が併記されていた。


そのメモ紙を二つ折りにしてポケットへと大事に仕舞いこむ。のんびりとした食事を終えて、会計の際に再び顔を合わせることとなった。会計を済ませた母へと、ちらりと目配せすると「あまり迷惑かけちゃダメよ」とひとり先に車へと戻っていった。


私自身もそんなつもりはなく、端的に彼女へと名を尋ねた。すると彼女は予めそう尋ねられることを想定でもしていたかのように新たに紙片を取り出した。それはさっきのような雑なメモ用紙ではなく、ちゃんとした名刺のようだった。


ただ、その名刺には『七咲 紫』という名前だけで他には何も記載されていなかった。名刺なんて持っていなかったので名乗ろうとすると、それを遮るように七咲さんは私のフルネームを口にした。驚く私を見て、彼女は満足気に微笑むと「じゃあね、ヒナちゃん」と言って仕事へと戻っていった。


邪魔になってしまうのでこれ以上ここにとどまる訳にはいかないと首を傾げながらも店を出る。少し待たせてしまったかと母の待つ軽自動車のところまで小走りに駆けた。


母は私の姿が見えるとエンジンをかけ、ヘッドライトを点灯した。急いで助手席へと乗り込み「ごめんなさい」とひと声かけてシートベルトを締めた。そうして出発し、再び長く連なるテールランプの列へと並んだ。


母の実家へとたどり着いたのは、21時を少し回った頃だった。広い敷地の片隅に駐車し、私たちは車から降りた。私が伸びをしていると、母は「先に行ってるわね」と車の鍵を抜いてバッグ片手に先に行ってしまった。


取り残された私は、はーっと息を吐き夜空を仰ぐ。ここら一帯は街灯が少ないためか、星がよく見えた。立場上あまり挨拶が遅くなってもいけないので、私は後部座席から着替えを詰めたバッグを取り出し祖父母の家へと向かう。


その途中、隣家の敷地へと目を向け足を止めた。そこには等間隔で打たれた木の杭と番線で柵がされているのみで、何もなくなっていて代わりに夏草が繁茂していた。急いだほうがいいのはわかっていても、すぐにはそちらから目を離すことができなかった。


風に揺れる夏草のざわめきは耳障りで不安をかきたてられる。これ以上聴いていられないと感じた私は、どうにかその場を離れて足早に祖父母の家へと避難した。


大きな声で挨拶をするものの、返事はない。居間の方から苛立たしげな母の声が聞こえてきた。おそらく祖父母と揉めているのだろう。今しばらくは居間へと近付くべきじゃないだろうと判断し、仕方なく勝手に上がり込み私は客間で待つことにした。客間へとバッグを持ち込み、先に置かれていた母の荷物の隣へと下ろした。

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