◆曖昧な約束
翌日、私たちはずいぶんと遅くに目を覚ました。
日は既に高く、窓の外からは気温をかさ増しさせるような蝉の鳴き声が染み渡ってくる。
布団から這いずるようにして手を伸ばし、充電器に繋いでいたスマホを手に取る。眠気で霞む目で画面を見ると、時刻は10時を少し回っていた。
時刻を確認するだけのつもりだったが、1件のメッセージを受信していた。朝から誰だろうかとメッセージを表示させると、
【ひとりで晴桜に来てくんろー】
と、結城からのメッセージだった。真意を計りかねる内容だが、日時の指定がないので、すぐに来いというわけではないのだろうと勝手に結論付ける。
月詩を見送ったら、結城にメッセージを返すことにして、一旦この件は保留した。
スマホを充電器に戻し、布団から抜け出す。その際に、月詩も目を覚ました。
彼女は眠たげに目をこすりながら、「なっちゃん、今何時?」と欠伸混じりに聞いてきた。
私は雑に「10時過ぎだよ」と答えて、衣装棚から適当な着替えを見繕った。
月詩はタオルケットに包まり、芋虫のように身体を動かしていた。
そんな彼女を尻目に、私は洗面所へと向かった。
部屋着代わりの大きめのTシャツを洗濯機に放り込み、先に歯磨きと洗顔を済ませた。
すっきりとしたところで、着替えに袖を通した。
シャツの襟元を軽く整えながら、洗面所を出て部屋へと戻る。
月詩も着替えを済ませて、しゃっきりと眠気を拭い去っていた。
そして入れ替わるようにして彼女も洗面所へ。
程なく戻ってきた彼女に尋ねる。
「朝ごはんどうする?」
「んー、もうこの時間だしやめとく」
確かに遅すぎる朝食をとるくらいなら、お昼とまとめた方が良さそうだ。
「この後どうしよっか?月詩はなにかやりたいことある?」
「やりたいことないわけじゃないけど、親から呼び戻されちゃって。お昼前には帰らなきゃいけないんだ。親戚の集まりに顔出さなきゃいけないみたいでさ」
そう言って彼女は、少し残念そうに眉根を寄せてスマホを見せた。
それを聞いて、そういえばそろそろお盆だったのだと、今更になって気付いた。
「そっか、ごめん。
月詩の予定確認しないで急に呼び出しちゃったしね」
「ううん、一度なっちゃんの家に来てみたかったから来れてよかったよ」
そう答えながら彼女は帰支度をして、ドラムバッグを肩にかけた。
玄関先で靴を履いている彼女の背中に「途中まで送るよ」と言ったが、笑顔で「大丈夫だよ」とやんわり断られた。
彼女を見送り、やることのなくなった私はリビングへ行き、テレビを点けた。
特に見たい番組があったわけではないが、ちょっとした雑多な音が欲しかったのだ。
昼までそうやってソファでぼんやりとしていると、ガチャンと玄関の開閉音が響いてきた。
「ふー、ただいまー」と手で顔を扇ぎながら母がリビングへと入ってきた。
そしてソファでだらんとしている私を見て、母は言った。
「あら、なっちゃんひとりなの?
噂のツクシちゃんに会えると思ってたのに、残念」
「家の用事があるからって、ついさっき帰ったよ」
「そうなの?」と首を傾げた直後に「あー、お盆近いものね」と母は自己完結していた。
「それじゃ、なっちゃん。
お母さんはお風呂に入ってくるから、その間にお昼ごはんの用意よろしく!」
私に向けて手のひらを突き出して、そう言い残すと母はとことこと脱衣所へと向かった。
ソファに預けていた身体を引き起こし、台所へと向かって最初に炊飯器の中を確認した。
朝食はお米にしようなんて考えはなかったので、昨晩は炊飯器をセットしていなかったから当然ながら中は空っぽだった。
とりあえず2合炊けば充分だろうとしゃかしゃかとお米を洗ってすぐに炊飯器をセットした。
昨日作ったカレーを温め直すのはご飯が炊ける少し前で充分だろう。
あとは、と冷蔵庫を開け中にしまっていたポテトサラダの入ったボールを取り出す。
残りはそれほどなく、今日のお昼で全部片付くだろう。
母は冷たいポテトサラダよりも常温に近い状態の物が好きなので、ボールを料理台の上に置いた。
あとは待つ以外何も出来る事はない。
ご飯が炊きあがるまで一時間ほどだが、母のいつもの入浴時間を考えればちょうどいいだろう。
そういえば、と今朝のメッセージのことを思い出した。
部屋へ戻ってスマホを取ってリビングへすぐさま舞い戻り、結城宛に【日時の詳細教えて】と送った。
それから一時間近く経って、お風呂から上がった母とテレビをBGMに私は昨晩のメニューと同じものをぱくぱくと口にした。
どちらのメニューも母には好評だった。
食事を終えてすぐに食器は私が洗っておくから、と言って徹夜明けの母を寝室へと追いやった。
じゃばじゃばと食器類を洗っているとスマホが鳴った。
ぱっと手についた水気を払って、手拭きを引っ掴んで手を拭きながらスマホの元へ。
今しがた受信したメッセージは【11時から18時までのどこか】という曖昧な日時指定だった。




