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こうしてボクは今に至る  作者: 朱本来未
【3.】『ふたりだけの正夢』
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◆温かい背中

話はそれで終わったらしく、数分の沈黙の後に月詩は「もう、寝よっか」と言った。


「そうだね」と同意して、客用の布団を部屋へと運び込み、ローテーブルを壁際に寄せた。


布団を床に敷き、就寝の準備が整う頃には、月詩は口元を手で覆って控えめに欠伸をしていた。


時刻はまもなく日付をまたぐ頃合いだった。


どちらともなく「おやすみ」と言い、電灯からぶら下がる紐を引いてナツメ球だけを点灯させ、蛍光灯の明かりは落とした。


「月詩は真っ暗じゃないと眠れなかったりする?」


その問いかけに対して返ってきたのは、静かな寝息だった。


もしかしたら彼女は普段もっと早い時間に眠っているのかもしれない。


私はひとり眠れぬまま、薄暗い天井に目を向け、ぼんやりと考え込んでいた。


月詩の話を聞き終えて、まだわからない事がひとつ残っていた。


彼女自身についてではなく、天野の噂についてだった。


月詩が聞いた噂話というのは、天野が記憶喪失になったとかそういう話なのだろう。


あの映画を見た後に彼女が天野を必要以上に意識する事柄と言ったら、それくらいしか私には思いつけなかった。


しかし、月詩は天野に関する噂話の詳細を話さなかった。


それは信憑性が薄く、確証のない話だったからだろう。


ふと、そういえばと夏休み前に天野の言った「探しものを手伝ってくれ」といていたことを思い出す。


あんな事を私以外の誰かにも言っていたのだとすると、そんな噂が流れてもしかたがないのかもしれないとため息を吐いた。


でも、これはあくまで私の想像でしかない。


こんなことなんて考えてもしかたがないと、頭の中から追い出した。


天井を見続けることにうんざりし、寝返りをうって眠り込んでいる月詩の方へと顔を向けた。


彼女の寝顔は苦痛に歪んでいた。


悩んでいた事を打ち明けたくらいでは、己の内にあるわだかまりを払拭するには至らなかったのだろう。


それもそのはず。


私は彼女の話を聞いただけで、何も言ってあげられなかったのだ。


かと言って眠っている相手に言葉を投げかけたところで意味はないだろう。


どうすればいいのか悩み、結局答えは見つからず、私は布団から抜け出して眠る月詩の側に腰を下ろした。


そして幼い頃なかなか寝付けずにいた私に対して母がしてくれたように、そっと月詩の頭をなでた。


余り効果などないように思えたが、しばらくすると彼女の額に刻まれていた皺は次第に姿を消した。


程なく健やかな寝顔となった月詩を見て安堵した私は、もう大丈夫だろうと立とうとして何かに阻止された。


見れば私のTシャツの裾を、ぎゅっと月詩が握っていた。


慎重にその手を外そうとしたが、簡単に外れそうもなかった。


観念した私は布団に戻ることを諦め、その場から腕を伸ばしてベッドからタオルケットを手繰り寄せた。


でも、枕にはどうやっても手が届きそうもなかった。


枕もなしにフローリングで眠るのはさすがにきついので、月詩の眠る敷布団の端を間借りした。


少し月詩に頭が近すぎるかとも思ったが、他に対処の取りようがなかった。


頭だけは敷布団でどうにかなっているが、他の部分は冷たく硬いフローリングの上なので寝心地は最悪だった。


それでも何とか眠ってしまおうと目をつぶるものの、どうにもならなかった。


眠れないまま朝を迎えることになるかもしれないと思っていたところに、「なっちゃん、ごめん」とささやき声がした。


はっと目を開けると、月詩が身体を起こしてこちらを見下ろしていた。


「ごめん、起こしちゃったかな」


彼女は首を横に振って、若干躊躇うように呼吸を数回はさんでからゆっくりと口を開いた。


「今晩は、一緒に寝てもらってもいいかな?

何だか夢見が悪くて」


真上からナツメ球の明かりに照らされているため、月詩の顔には陰が落ちていて表情はわからない。

それでも、彼女の声が不安を含んでいるのははっきりとわかった。

私は「いいよ」と端的に答えた。

月詩は「ありがと」と短くそう応じた。


それじゃ、と寝床の支度をし直すべくベッドから自分の寝る敷布団を下ろそうと立ち上がる。すると、またぎゅっと月詩にTシャツの裾を掴まれた。

「どうしたの?」と尋ねようとしてやめた。


立ち上がったことで、私を見上げる月詩の顔がナツメ球の灯りではっきりと照らし出された。

彼女は河川敷で見せたすがるような表情をしていた。


それを目にして何となく昨日からの彼女の行動の意図に気付いてしまったが、私は気づかないふりを押し通すことにした。


「寝相悪いかもしれないけど、我慢してね」


「……うん」


私の顔をじっと見つめていた彼女から返答があるまで少し間があった。

そうして彼女が使っていた布団へと招き入れられた。


夏ということもあって、これだけ距離が近いとお互いの体温で妙に暑かった。

さすがに向かい合って眠るのは気恥ずかしく、私は彼女に背を向けて眠ることにした。

彼女はというと、そっと私の背中に両手を添えていた。


そして小声で「なっちゃん、気付いてた?」との彼女の言葉は私の考えが正しかったことを裏付けたが「何の事?」と軽く流した。

昨日から今日に至るまでのほぼ全ての彼女の行動が演技だったとしても、その大本にあるのは私への好意には変わりはないのだから。


しばしの沈黙の後に「ごめんね」と呟いた月詩に「うん」とだけ応じた。


そのうち、こつんと軽く何かが押し当てられたかと思うと背後から寝息が聞こえ始めた。

暑い暑いと思いつつも、誰かがすぐ側にいるという安心感からか私は程なく睡魔が押し寄せてきた。

月詩が今度はいい夢が見れるようにと願いながら、私も深く目を閉じた。

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